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第51話 『絶対正義』の解体

 アルエットの宣言を聞いたメサンジュは、込み上げる笑いをこらえるように喉を鳴らした。心底おかしなものを見たと言わんばかりの目でこちらを一瞥(いちべつ)すると、視線が逸れた。


「威勢だけはよろしいようで。結界に閉じ込められていて何ができるのでしょうね」


 メサンジュはエルシーの隣から離れ、こちらへ向かって歩き出す。彼の視線はまっすぐに……シーニュへ向けられていた。


「さて、エルシーは機嫌を損ねてしまっているようですし、先に君の封印から始めましょうか。やはり、人類が対処しきれない魔物は封印で対応するという定石に従うべきだったのかもしれません。少し欲をかきました」

「『無効化』を利用して俺を消そうとしていたことはわかっていた」

「えぇ、アルエット殿を庇ったところをまとめて処理するつもりでしたが、目算を誤りました」


 メサンジュはシーニュの元へ辿り着くと、封印の準備をしているのか周囲に魔力で紋様のようなものを描き始める。封印が完成する前になんとしてもこの結界を打破しなくては。アルエットはシーニュから目を離し、エルシーへと視線を向けた。


「ねぇ、エルシーはどうしたいの? メサンジュと組んでみんなを導いて、聖女としての役目を全うしたいの? それとも私たちと一緒に帰って、元の生活に戻りたいの? 私はエルシーの気持ちが聞きたい!」


 アルエットは、エルシーの本心に全てを賭けることにした。この賭けに負ければ、ここで死ぬことになる。自分が死ぬのは別にいい。けれど、みんなを死なせたくはなかった。


「ちなみに私は、一緒に帰りたいって思ってる! エルシーがいないと寂しいじゃん!」


 自分のありったけの本心をエルシーへとぶつける。正直あの虚ろな水色の瞳の奥に届いているのかはわからない。けれど結界の向こう側にいて、世界樹の実に触れている──エルシーだけが逆転への唯一の切り札なのだと、フィンチのおかげで気づいた。


「自身がバケモノであることを自覚し、甘んじて封印を受け入れることです」

「すでに自覚はしている。だが、封印されるわけにはいかない」


 シーニュはバケモノなんかではない。そんなものより余程繊細で弱々しくて、「殺してくれ」とド平民のアルエットに縋ってくる馬鹿野郎だ。一生根に持ってやると決めている。


 メサンジュが描く紋様は、シーニュを包む半球状の結界の半分ほどに達している。あれがぐるりと一周してしまったら、いよいよ封印されてしまうのだろうか。


「エルシー様、反射のことを伝えられず、申し訳なかった。君を絶望させて、立ち直らせる自信がなかった……俺の弱さだ」


 シーニュは自身が封印されかかっているにも関わらず、焦り一つ見せずエルシーを静かに見つめていた。それはもうここで終わることを覚悟しているかのように穏やかで、切なくて、懺悔の形を取った遺言のようだった。


 サイラスが小さく「そうか……」と呟いた声が微かに耳を掠める。彼にも、アルエットのやろうとしていることが伝わったようだ。その眼差しは強く、確かな熱を秘めてエルシーへと向けられていた。


「エルシー、俺とみんなで支えるからって話したよね。理想の聖女にはしてあげられないかもしれないけど……これからは、あなたの重荷を俺にも分けてほしい。エルシーの中では、俺は頼りない泣き虫のままなんだろうけど、信じて」


 まっすぐで穏やかな、サイラスらしい言葉選びだった。ここで終わるかもしれないのだから、想いを告げてしまえばよかったのにとも思ったが、それを選ばないのも彼の選択だ。


 もしかしたら、サイラスが誰よりもエルシーが帰ってくることを信じているのかもしれない。だから今まで通りの、エルシーが大切にしていた場所へ帰してあげたいと、自分を抑えたのだろう。


「エルシー様、今度はあたくしもお茶会に誘っていただけないかしら? あたくしのお気に入りの茶葉から珍しい異国の茶菓子まで、我がシルヴィ商会がなんでも取り寄せて差し上げましてよ?」


 ロンディネは扇子を小気味よく閉じると、風術を解除して地面に降り立った。姿勢良く優雅に立ちながら、エルシーへ自信たっぷりに微笑みかけている。情ではなく利に訴えるところが、お嬢様とはいえしっかりと受け継がれた商売人気質が出ていた。


「なんだよこの流れ……僕もなんか言えって? 言わなくてももう十分だろ……」


 フィンチならきっと、エルシーに声かけている理由に気づいているはずだが、それでも照れ臭さが勝つのか珍しく気まずそうな顔をしていた。


「いいえ、まだまだ足りませんわ。それともエルシー様に話したいことがありませんの? まぁー! 薄情ですわね〜?」

「はぁ!? さりげなく販促かましたヤツにだけは言われたくないんだけど!!」


 ロンディネの言葉に蹴飛ばされるようにして背中を押されたフィンチが、半ばやけくそ気味に口を開く。いつも鋭く射抜くように相手を見据えるフィンチが、今回ばかりは明後日の方向へと視線が逸れていた。


「え、エルシー様。その、僕はあんたには感謝してるからな。脳筋ばっかで頭痛くなるけどさ、あんたが声をかけてくれたから、僕は近衛騎士って居場所をもらえたんだ。だから……僕がここにいられるよう、これからも庇ってくれないと困るから! 態度が悪いって聖騎士団追い出されたら、あんたを一生恨んでやる! 恨まれたくないならとっとと帰ってこいよな!」


 喋る必要があるのかと言いながら、なんだかんだ一番いろいろと喋ったのはフィンチだった。小憎たらしいはずなのに、任務や仲間のことに一生懸命で、どこか憎めない。言葉も悪くて、減らず口ばかりで、けれど不器用で捻くれたまっすぐさが滲んでいた。


「フィンチ先輩って、こんなときでも素直じゃないんだ?」

「本当にね。逆に安心するよ」

「おいっ! ちゃんと耳ついてんのか、脳筋コンビ! どっからどう聞いても、全部丸っと素直だったろ!」

「あら、素直で可愛らしい反応ですこと」

「あんたら……よくもこの天才魔術士様に、クソガキを見るような生温い目を向けやがったな……!」

「微笑ましく見守る目の間違いでは?」


 こんなにも追い詰められているのに、まるで屋敷内でみんなで集まって談笑しているときと同じ和やかな空気が流れている。教会に来たばかりの頃は慣れなくて、居心地の悪さもあったはずなのに、いつの間にか愛おしい時間になっていた。


 ほら、エルシーもこの中にいたんだよ?

 覚えてるなら帰ってきてよ……!


 同じように大切な時間だと感じてくれていたと信じたい願いが、心の中で叫ぶ。けれどその願いも虚しく、エルシーはなんの反応も示さない。


「お別れは済みましたか?」


 反応したのはメサンジュだけだった。『思念共鳴』に打ち勝てなかっただけなのか、本当にメサンジュと共に歩みたいと思っているのか、わからない。


「エルシー、それが君の答えなの?」


 これがきっと最後の問いかけになる。もうシーニュの封印が……完成してしまう。刻限が確実に、音もなく背後に迫っていた。


「わた……くしは……」


 か細く、木々のささめきにすら掻き消されそうな声。微かに動いた唇から、エルシーの声が漏れる。ずっと開きっぱなしになっていた瞳が一度だけ(まばた)きをした。


「……許され、るなら……皆の、ところへ……帰り、たい……」


 開かれた瞳の左側だけが、黄金色に戻っていく。表情はまだなく、虚ろな瞳のままだ。だが確実にこちらへと帰ってこようとしているエルシーの意思を感じられた。


 虚ろな黄金色の瞳から、銀の流星のように涙が零れ落ちていく。その瞬間──結界が消失した。


 シーニュは弾かれたように封印の紋様の中から抜け出し、メサンジュへと斬りかかる。その斬撃をメサンジュは光術の盾で受け止めていた。


「神官だと思って見くびらないことです」


 メサンジュは光術で剣を創り出して構える。五対一、圧倒的な劣勢にも関わらずメサンジュはほとんど笑みを崩していない。それがどうにも薄気味悪かった。


 メサンジュはエルシーの方へと向かって走り、後退していく。彼を狙ったフィンチの風術による突風によってメサンジュは吹き飛んだ。


「……っ、ぅ……!」


 悲鳴を上げたのはメサンジュではなく、エルシーの方だった。まだ体はほとんど動かせないのか、座ったまま世界樹の実に両手を添えている。けれどその顔が痛みに耐えるように苦悶に満ちていた。


「私を殺せば、エルシーの精神も死にますよ……まだ、半分は私と深く繋がっているのです。もうただの思念共鳴の域は超えているのですから……」


 メサンジュが笑みを崩さなかった理由がようやくわかった。エルシーが傷付くとわかれば手出しができないと踏んでいたからだ。


「ですけど、五対一では分が悪いですわよ? それも近衛騎士の精鋭揃いですもの。あなたに勝ち目はありませんわ」

「もし投降するなら今のうちだよ。拒否するなら、もう容赦する気はない」


 エルシーを人質に取られていても、人数の利はこちらにある。ロンディネはそこを突いて、なんとか勝利を手繰り寄せようとしていた。サイラスは投降を勧めながらも、メサンジュから直接手を下されないようにエルシーの周囲に簡易結界を張り、彼女の盾になるように立った。


「ご冗談を。五対二です。私は、エルシーと共に死んでも良いのですよ?」


 メサンジュは光の剣を自身の首筋にあてがう。下手なことをすればエルシー諸共死んでやるという意思を視覚でわかりやすく示していた。そんな、ジリジリとひりつくような空気を裂くように、フィンチの高笑いが響く。


「やれるもんならやってみなよ! あんたには絶対無理だろうけどさぁ?」

「ご高名な魔術士殿は、心中という言葉をご存知ないようで」

「そんくらい知ってるけど? この僕をバカにしてるわけ?」


 フィンチはメサンジュの挑発に乗るように進み出る。左手を腰のやや後ろに当て、人差し指を腰の中央に向けて伸ばした。


「僕は欲深い人間を見て育ったから、人を見る目には自信があるんだよね。あんたは、全部手に入れなきゃ気が済まないって目ぇしてるから、死んだりしないだろ」

「あぁ、そもそも君がアルエットを攻撃し、俺に庇わせればより確実だったはずだ。死の危険性と天秤にかけて日和見を選んだのは明白だろう。死ぬ気はない」


 シーニュはメサンジュの動きに警戒してか、僅かにメサンジュに近づいたフィンチを守るように彼の少し前に出て、彼を制すように右手を出した。


 すると、フィンチが腰に当てていた左手の角度を若干下へ向け、お尻の上のあたりを指差すように人差し指を向けていた。それはアルエットの投げナイフが収納されたポーチのある場所だった。


 何をしろと言われているのかがわかり、アルエットは右手を腰に添えるようなフリをしながら静かに投げナイフを一枚だけ手にした。そのナイフに『無効化』の力を付与する。


「で、投降する気はないわけ?」

「するくらいなら、死を選びますよ」


 その言葉を聞いた瞬間──メサンジュの足元が泥の沼へと変貌し、彼は一気に膝辺りまで沈み込んだ。フィンチが水術と地術を合わせて生成し、動きを止めてくれていた。


「まさか、この天才魔術士様を、攻撃しか能のない脳筋と一緒にしてたわけじゃないよな?」


 同時に、フィンチとシーニュはまるで道を開けるようにアルエットの前から退き、投げナイフの射線が開く。


「君……もう、“喋るな”!!」


 アルエットは泥によって膝を固定された足を狙ってナイフを投擲する。回転しながら飛ぶ刃は、狙い通りメサンジュの左の太ももへと刺さった。


「エルシーの瞳が戻った……!」


 サイラスの声を聞き、目にも留まらぬ(はや)さで泥の中へと踏み込んだシーニュとロンディネの剣がメサンジュの体を貫く。それを確認したフィンチが泥の魔術を解除した。


 二人の剣が同時に引き抜かれると、神殿の白い床に血飛沫(ちしぶき)が飛び散る。メサンジュはそのまま崩れるように倒れ込むと、喉の奥からとめどなくあふれる血に溺れていく。


 焦点の合わない瞳が、何かを探して彷徨う。そして言葉は紅い泡となって弾け、血の中へと沈み──やがて沈黙した。

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