第5話 力を求められる場所
結局その日は長旅の疲れも考慮され、体力回復に専念することになった。そして翌日の今日、アルエットは支給された制服に袖を通し、聖騎士団の一員となった。これから聖女近衛騎士の隊長三人と会うため、シーニュに案内されながら会議室へと向かった。
部屋に通されると、すでに三人の騎士が着席して待っていた。男性が二人に、女性が一人。全員若く、大体アルエットと同じくらいの年齢に見える。
聖女近衛騎士の隊長は公平を期するため、各国から平等に一人ずつ選出されると聞いたことがある。パッと見ではわからないが、各国の代表として選ばれているだけあって、相応の実力を持った優秀な人たちなのだろう。『無効化』の一点突破で、なんとなく近衛騎士団入りしてしまって少し申し訳なくなってくる。
「昨日軽く話はしたと思うが、俺の補佐兼エルシー様の従者として今日から着任した。彼女は選定基準が少々特殊だから、未熟なところも多くある。皆、協力的な態度で接するように。さぁ、君から挨拶を」
「えっと……私は、アルエット・カルミア・スティーリア。右も左もわからない田舎者だけど、全力は尽くすつもり。これからよろしく!」
隣にいるシーニュに促され、アルエットは自己紹介してから軽く頭を下げる。少しでも好印象を持ってもらえるよう明るく元気に、笑顔を心がけた。ここで不信感や悪印象を持たれては、今後に差し障る。できる範囲で最善の対応を選んでおきたい。
「皆からも自己紹介を」
「じゃ、俺から」
そう言って小さく手を挙げたのは、昨日エルシーの部屋で会ったサイラスだった。
「昨日会ったときに伝えた通り、名前はサイラス。フィオリア王国代表の近衛騎士隊長なんだ。俺はみんなに比べてこれといった特技はないんだけど……改めてこれからよろしく、アルエット」
柔らかい声と温かな雰囲気は、花の国とも称され、神に祝福されたフィオリア王国の印象とよく合っている。
特技はないと言うが、近衛騎士隊長という地位まで登り詰めているのだから、それが謙遜でしかないことはわかる。彼の穏やかで謙虚な人柄や、新人であるアルエットへの優しい気遣いまでもが言葉選びに滲んでいた。
「はじめまして、あたくしはロンディネ・ルノンキュール・シルヴィと申しますわ。アレーニア王国の代表で、エルシー様のお世話係も兼任しておりますの」
ロンディネが深い紺色の髪をそっと耳にかけると、耳元のピアスの赤い石が小さく揺れる。スッと流された巻き毛の長い髪の奥に、白いインナーカラーが見えた。熟れたりんごのように赤い瞳は強い光を秘め、縫いつけるようにアルエットを捉える。
育ちの良さそうな格式高い雰囲気は、今までに会ったことのないタイプだ。アルエットはどう接していいのかわからず、微かな緊張を覚える。
「そんなに緊張なさらないで? わからないことがあれば、遠慮なく聞いてくれて構いませんわ」
「じゃあ、そのときは遠慮なく頼らせてもらおうかな……」
「えぇ、どうぞ」
静かに笑みを浮かべた口元は品が良く、けれど決して嫌味のないしなやかさがある。大して年齢差があるわけでもないのに、アルエットにはない“余裕”というものをひしひしと感じていた。
でもなんか……思ってたより、上手くやっていけそうかも。
『無効化』から得る利点のおかげで歓迎してくれるシーニュとエルシー。穏やかで人の良さそうなサイラスと、大人の余裕で迎え入れてくれるロンディネ。
よくわからない期待を背負わされて、ずっと「私で大丈夫なのか」と心配だったが、この環境でなら少しずつ慣れて、果たすべき役目もこなせるようになれるかも……そんな淡い希望を抱きかけたときだった。
「僕は自己紹介なんかしないからな」
その声の人物は、自己紹介をしていない最後の一人の隊長だった。中性的な顔立ちをしていて、子供と呼ぶには大きく、大人と呼ぶには幼い外見だ。丁寧に整えられた鮮やかなワインレッドの髪に、澄んだ深い川のようなエメラルドブルーの瞳。その目が氷のような冷ややかさを帯び、睨みつけるように鋭くなった。
「シーニュの事情は理解してるつもり。けどさぁ、僕はそいつみたいな実績も何も無い人間が、いきなり近衛騎士になることに賛同できないんだよね」
キッパリと言い切る声は鋭く、批難と嫌悪、絶対に認めないという気持ちが鞭で打たれるようにビシビシと伝わってくる。
そもそもの主張も別に言いがかりというわけではなく真っ当だ。いくら『無効化』が希少で有益といえど、どこの馬の骨とも知れない田舎者を採用したシーニュの判断の方が、どちらかと言えば気が狂っている。
「だよねー、私もずっとそう思ってる。君と気が合いそうな気がしてきて嬉しいよ」
「はぁ? 何言ってんのコイツ。普通そんな結論になる? 頭沸いてんのか」
「フィンチ、アルエットのことは、全て俺の判断への意見として受け取る。感情的な理由以外の意見があるなら聞こう」
庇ってくれたのかは正直わからないが、アルエットの代わりにシーニュが矢面に立った。フィンチと呼ばれた少年は、不愉快そうにフンと鼻を鳴らし、腕組みしたままドカッと不満そうに椅子の背にもたれかかった。
目上であり年上でもあるシーニュに一切怯むことなく、堂々と対峙している。その姿が、彼がいかに自信家で肝の座った人物なのかを雄弁に語っていた。
「感情だけで、この僕が物を言うわけないだろ。シーニュは一度冷静に考えるべきだね。『無効化』だかなんだか知らないけど、こんなド素人の田舎者がいきなり騎士団長補佐だよ? 部下たちが納得するわけないし、統率が面倒になるだけ。勘弁してくれって感じ」
わかる……まったくもってその通りだと、アルエットは思わずウンウンと頷いてしまった。言葉は少々悪いが。
「あら、じゃあついでに、あたくしからも言わせてもらおうかしら」
ロンディネは制服の内ポケットから取り出した扇子を広げ、口元だけを隠す。瞳だけしか見られず、彼女の口元が見えないことで感情が読み取れない。
ロンディネがフィンチに賛同し、ここで反対派が増えると思っていなかった。快く受け入れてくれてあんなにも頼もしく思っていたのに、今は手強いお姉さんに見える。
「と言っても、反対というほどではないのですけれど。戦いの経験もない子を任務に同行させるのは不安、というだけですの。アルエットだけでなく、皆を危険に晒す可能性……シーニュなら理解してますわよね。あたくしはまぁ、別に良くってよ? けれど、エルシー様にそれが及ぶのを、見過ごすわけには参りませんわね」
その言葉を聞いて、アルエットは一つの確信を得ていた。
この人たちは……私が気に食わないんじゃない。
フィンチの意見も、ロンディネの意見も、当事者であるアルエットが聞いても納得できるだけのきちんとした理屈があった。これだけ筋が通った意見なら、採用は見送られるかもしれない。
──村に……帰してもらえるかな?
そんな淡い期待を胸に抱きかけて、思考を打ち払う。そんなわけがない。
アルエットが採用されたのにはシーニュの暴走だけではなく、もっと深い理由がある。エルシーだって、対等な友人になれる人間が増えて喜んでくれていた。その思いを裏切れない。きっとそれは、シーニュも同じだ。
だから、この二人がどれだけ理路整然と理屈を並べたところで採用は覆らない。これはもう決定事項なのだと、シーニュは押し切るだろう。
このままいけば、これから自分は逆風の中で過ごしていくことになる。ならば、自身の環境くらい自分で勝ち取らなければ──そう決意し、椅子から立ち上がる。その瞬間、全員の視線が一斉にアルエットに集中した。
「私に実績があれば、納得するの?」
アルエットは、一番不満を露わにしているフィンチをまっすぐに見据えた。彼は鼻でせせら笑いながら、挑発するような目でこちらを静かに見据える。
ここで怯んでたら、私はこれから先……ずっと崖っぷちだ。
「当然だろ。納得できる理由があるなら、だけどな。気に入らないからってだけで否定するようなおこちゃまと、僕を一緒にすんなよな」
それにしても「すごい……これが聖女をお守りする近衛騎士の一人……!」とはならない威厳のなさと口の悪さだ。フィンチは出会いからずっとこの調子だが、いつもこんな感じなのだろうか。
言っちゃ悪いが、話してるときの雰囲気はその辺にいそうな反抗期真っ盛りの子供という感想しか出ない。見た目よりも精神面は若干幼いようで、小生意気に言葉を捲し立てるところは村にいた子供を彷彿とさせて生温かい気持ちになった。
「私の生まれは、シュネーノルディア王国のオヴィス村。『オヴィス村の悲劇』の唯一の生き残り。そのあと『グラキエス防衛戦』でも囮として働いて、生き残った」
私は実績として、『オヴィス村の悲劇』を使うことにした。自身の能力の証明のためとはいえ、死んでいったみんなを利用するようで心苦しく、胸の内でひっそりと謝った。
「確かに戦闘経験はないし、武器も魔術も使えない。けど、戦場は……肌で感じて経験してきた。私は加護の『無効化』で、魔竜の炎や魔術砲撃を正面から受けても死なない。君たちが一瞬で全滅しても、私だけは生き残る自信がある。この力を使えば、エルシー様だけは守れる、はず」
「ふーん。で、それ、口だけじゃないってどう証明すんの?」
ささやくような小さな声で、どこか試すようにフィンチは呟く。彼は指先でくるくると毛先を遊ばせながら、小さく何かを口ずさんだ。その息遣いが、微かに耳に届く。
アルエットは『無効化』体質のせいで、魔力感知能力まで欠落している。けれど、魔術が発動する直前には必ず“空気”が変わるのだ。言葉では言い表しにくいが、温度や流れ……気配のようなものが明らかに変わる。
最早野生の勘と放牧で鍛えられた動体視力での判断だったが、とっさにシーニュの前に腕を広げたのと同時に、フィンチから水球が放たれる。
水球がアルエットに当たった瞬間──まるで陽光を浴びた霧雨のように虹色の光を放ちながら霧散する。薄く烟る視界の向こう、フィンチの鮮烈なエメラルドブルーの瞳を、アルエットはまっすぐに見据えた。




