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第43話 信頼を力に変えて【シーニュ視点】

──数日前。


 アルエットが大司教のコルモランたちに連行され、すぐにエルシーを中心に緊急会議が行われた。議題は当然、『アルエットの救出』についてだった。


 神託の違和感の正体を暴くための、ロンディネの加護『変身』を利用した作戦は一時保留となった。理由としては、解明したところでアルエット救出には直結しないこと、作戦には時間を要することが挙げられた。アルエットの処刑はすでに三日後と告知されており、悠長に構えている暇などなかった。


「アルエットがいるのは、恐らく教会の重犯罪人用の地下牢……それも最下層ですわね」


 トランチェレスティナ中央教会には、犯罪者を収容する地下牢が存在している。ロンディネの言う通り、死刑囚となったアルエットはその罪の重さから、高確率で地下牢の最下層に投獄されることになるだろう。


「最下層か……バレずに脱出させるのはかなり厳しいだろうね」


 サイラスは絶望感を滲ませ、深く静かにため息をつく。地下牢そのものの警備も厳しいが、最も罪の重い者を投獄する最下層の警備は常に厳戒態勢だ。それも今は死刑囚が一時的に投獄されている。その警備の厳しさは平時以上だろう。


 アルエットの救出と言葉にするのは簡単だが、常に監視がつき、連れ出す隙などないに等しいというのが現状だった。


「あのさぁ……まだそんなとこに頭使ってんの? あんな監視ガチガチの地下、退路もないし条件最悪って考えなくてもわかるだろ。やっぱサイラスって脳筋だよな」


 フィンチは苛立(いらだ)ったように舌打ちし、じっとりとサイラスを睨みつける。彼の思考だけは、すでに救出方法よりも先に進んでいるようだった。


「まったくフィンチは……そこまで言うなら、何か策があるのかい?」

「あるに決まってる。策もないのにバカにしてたらサイラス以下だし。警備の厳しさ、退路の確保、舞台の条件、作戦参加者の能力、全部考慮したとき、成功する可能性がある瞬間は一つ。アルエットが処刑台に乗せられてるときしかないだろ」


 サイラスに促され、フィンチは悪態をつきながら自身が最も最適と考えたタイミングを答える。フィンチは頭の回転が早く、機転も利く。名実共に“稀代の天才魔術士”でもある彼は、一人の騎士として頼もしく、こうして作戦立案の要になることも多い。


「処刑台にいるときですか……具体的にどのようにするかは思いついていますか?」


 真剣に尋ねるエルシーの眼差しに、フィンチは得意気で強気な微笑みを見せた。彼はまだ十六歳の少年だが、基本的に思考そのものは大人びている。ただ精神的にはまだ幼く未熟なところもあり、こういうわかりやすく調子に乗りやすいところも、ある意味年相応と言えるのだろう。


 けれど調子に乗ったことを理由に、足元を掬われるところはまだ見たことがない。慎重で、狡猾で、隙を見せない強かさを兼ね備えているからこそ、特に誰もその態度を咎めたりはしていなかった。


「まず立地が僕たちに有利ってのはわかる? 地下牢だと侵入も脱出も一カ所、警戒が一点集中になる。けど処刑は屋外。平時は全方向に警備の目を向けるだろ? つまり警戒が面……分散するわけ。その中でも特に警戒の薄い上空から奇襲をかけて、救出後は即時撤退。それ以外勝ち筋ないだろ」


 フィンチの言う通り、屋外を戦場に選ぶ方が理に適っている。それに加え処刑時は外部襲撃だけでなく、罪人の逃走や民衆の暴走など様々な事態に備えて警戒が散る。


 その中でも特に対空への対応は魔術や遠距離武器のみとなり、追うともなれば風術を扱える者に限定され、大幅に相手戦力を絞ることができる。上空への対応が弱点になりがちだということは、以前から度々議題になっていたことでもあった。


「なら、時間との勝負になりますわね。ですが、人の数だけで言えば、処刑時は神官に聖騎士だけでなく、野次馬の民衆までいるんですもの。さぞ賑やかになりますわよ?」


 人の目の数だけなら、処刑時は地下牢の警備の比ではないほどに多い。けれどそれは、戦う力をほとんど持たないただの人間の集まりでしかないのだ。


 ロンディネは不備や懸念事項によく気がつく。それは本当に不安があると感じて発言するときもあれば、今回のようにどういう意図なのかわかっていてあえて質問形式で口にし、話させることで情報共有を促すことも多い。


「処刑時なら民衆を盾に使えると考えたのか。俺は悪くないように思う」


 フィンチは、聖女であるエルシーや性格が穏やかなサイラスと違い、こういう冷静で冷徹な物の見方をする。ともすれば薄情で残忍とも言われかねないが、何かを選び取るために何かを捨てることを選べる決断力を持っているということでもあった。


「ふふ……そういうのことでしたのね。作戦の趣味は悪いですが、あたくしも賛同いたしますわ」


 フィンチとロンディネは意思が強く、よくぶつかっては嫌味の応酬をしている。けれどフィンチのこういうやり方に、ロンディネは意外と批判的ではない。お嬢様とはいえ、商人の家系の実利主義気質がある。不要な甘さを捨て、粛々と効率と効果、損得の最大値を求める考え方が肌に合っているのかもしれない。


「は? どう考えても処刑を見物に来るヤツらの方が悪趣味だろ」

「それは一理ありますわね」

「とにかく、悪趣味な民衆は盾にする。で、勝手に聖騎士の勢いが削がれる。準備いらずで得しかないだろ?」


 フィンチのあまりにも“フィンチらしい”作戦に、エルシーとサイラスはなんとも言えない苦い表情を浮かべて閉口した。フィンチもそれに気づいてはいるのだろうが、あえて無視しているようだった。文句があるなら、これよりも良い案を出せとでも言っているかのように。


「問題は、これをどうやってより確実なものにするかだろ? 無駄なこと考えてないで、ない知恵はそこに絞れよな」


 フィンチが発破をかけると、二人とも表情が戻る。アルエットの処刑まで三日しかなく、手段を選んでいる暇などないと思い至ったようだった。


「アルエット救出は飛ぶためにも風術が必須だし、フィンチと……シーニュかな」

「サイラスが的外れなこと言わなくてホッとしたよ。『攻撃反射』とかいう壁は、置物にしとくだけでも役立って腐らないからね。下手に撃つとどこに跳ね返って被害が出るかわかんないから、牽制にもなるし」

「騎士団長を“壁”とか“置物”扱いする心意気は認めるよ……」


 フィンチの発言にサイラスは顔を引きつらせているが、シーニュ自身壁扱いには慣れている。一人だけで戦場に投入され、戦闘兵器のように扱われることには思うところがあるが、誰かを救うためなら喜んで盾にも、壁にも、置物にもなろう。


「ロンディネもいいかい? 逆賊とか言われると実家の商売に響くだろうし、表には立たない方が無難だと思ってシーニュを提案したけど」

「あら、サイラスはお優しいですわね。あたくしの実家のことまで考えてくださるなんて」


 サイラスは作戦を立案するときに、個人の事情をでき得る範囲で考慮しようとするところがある。それは彼の穏やかで優しい性格の証左であり、甘さでもあった。


 けれどその優しさに、シーニュ自身が誰より助けられていた。聖騎士団に入団したものの、事故を起こして辞任した経歴と、感情を抑えた対応からシーニュに近づく者は誰もいなかった。


 そんな中、声をかけてくれたのがサイラスであり、気づけばかけがえのない友人になっていた。戦闘兵器としての価値しか見出だせず、人と繋がることを諦めかけていたシーニュにとって、気さくで優しいサイラスは心の救いでもあった。


「サイラスこそ、処刑の場での『感情視認』は問題ありませんの?」

「正直何が視えるか怖いとこはあるけど、アルエットに比べたらそんなの大したことないよ」


 サイラスは穏やかに笑って、軽く首を振った。その眼差しに、迷いは一切ない。


「ロンディネを残せば打てる手が増えるな。成功率を上げるためにも、ロンディネとサイラスは、ロンディネの『変身』の加護で執行人と入れ替わっておいてほしい」

「作戦は変わってしまいましたけれど、あたくしの出番ですわね。任せてくださいまし」

「なら、俺の方で当日の執行人の担当を事前に調べておくよ。執行人の記憶の事後処理も任せておいて」


 ロンディネは自信たっぷりに微笑み、サイラスは力強い瞳で小さく(うなず)く。二人とも信頼に足る人物であり、上手くやるだろう。


 ロンディネの『変身』の加護は変装とは違い、姿形を自由自在に変えられ、対象の声を知っていれば声すらも変えられる。


 また、本人だけでなく、相手に触れることによって任意の姿に変身させることができる。一定距離離れてしまうと相手にかけた『変身』は解けてしまうようだが、今回は十分圏内だ。


「救出のタイミングだが、執行寸前まで待つ。執行直前の最も警備が手薄になったところを狙う」


 通例なら、執行時、神官や騎士は罪人から距離を置いて後方に布陣する立ち位置になる。つまりアルエットの周辺には執行人だけが残り、一瞬の空白が生じる。さらにアルエットの最も近くにいる人間……執行人を味方にすり替えておくことで、徹底的に不確定要素は取り除く。


 それでも万が一のときは、自身が処刑台に残り囮になるつもりだ。何をされても死ねないシーニュにとって、これ以上ない役割でもあった。


「処刑台に上がるだけでなく、そんなにギリギリなんですか……? なんの罪も犯してないアルエットを民衆の怒りに触れさせるなんて……」


 それまで口を閉ざしていたエルシーが、不安げな表情で声を震わせた。誰よりも集団から向けられる感情の恐怖を味わっているからこそ、負の感情のど真ん中にたった一人放り出されるアルエットの心を心配しているようだった。


「それに……冤罪で殺される恐怖に晒し続けることになると理解して言ってるんですか?」

「エルシー様のお気持ちは理解できますけど、こればかりは仕方ありませんわ。ただでさえ危険な作戦ですもの。どうしても確実に助ける方法が最優先になってしまいますわね。失敗して、二人をアルエットと心中させるわけには参りませんもの」


 ロンディネがエルシーの隣に並び、彼女の背中を優しくさする。ここにいる誰もが、酷なことをアルエットに強いることになると考えている。けれど、それがどんなに残酷であろうと、耐えてもらうしかない。それ以外に方法がないのだから。


「……感情的になりすぎました……ごめんなさい。ですがもし……アルエットがここに来なければ、こんなことにならずに済んでいたのでしょうか……」

「エルシー、むしろアルエットはここに来て良かったよ。人となりを知らなかったら、思い込みで話も聞かずに処刑してたかもしれない。その方がよほど恐ろしくはないかい?」


 固く握りしめられていたエルシーの手の震えが、サイラスの声かけで止まる。シーニュ自身もサイラスと同じ考えを持っていた。アルエットを信頼しているからこそ、三人は『絶対正義』の影響を免れ、神託に対抗しようとしている。


 けれどアルエットへの信頼がなかったとしたら。神官や聖騎士たちのように神託を信じていた可能性は高い。


「そうですね。皆がアルエットを信じ、神託に抗ってくれることに感謝します」


 エルシーは責任感が強く、痛みに敏感な人だ。誰かの涙が、苦悩が、時に彼女を苦しめてきた。その姿は理想の聖女のようでいて、聖女になるにはあまりにも繊細で優しすぎると感じていた。


「僕とシーニュは作戦後は逆賊扱いになる。エルシー様はサイラス一人で死守しろよ」

「わかった。エルシーのことは俺に任せてほしい」

「ロンディネは作戦後抜け出して俺たちと一旦合流してもらう。神託が下りるようになったら、ロンディネはエルシー様と入れ替わって例の作戦を試してくれ」


 その後、細かい打ち合わせや最終確認をし、作戦決行の処刑日をじっと黙って待っていた。全員が、アルエットは死なせないと強い意思を胸に抱いて──



 * * *



「ほ、ほぉ……」

「何その頭悪そうな鳴き声」

「私を助けるために、ここまで計画してくれてたのかぁ……って鳴き声」


 アルエットは目を丸くしながら、何度も(しばたた)かせる。信じられないと言わんばかりに驚いているようだった。


 助けに行き、手を差し伸べたときも、期待や希望の色が見られなかった。それは助けに来てくれると期待していなかったということであり、もう死ぬだけだと諦めていたということでもあった。


「ふふ、そうですわよ。エルシー様はさすがに参加させられませんでしたけれど、誰よりもあなたの無事を願っていましたわ」

「そっか、エルシーも……」


 ロンディネが柔らかく微笑みかけると、アルエットはふわりと嬉しそうにはにかんでいた。それはどこか青白く血の気の引いた肌に、血色が戻っていくような温かみのある笑みだった。


「何日も気を張り詰めていて疲れただろう。君は早く寝ておいた方がいい」


 アルエットに寝るように促すと、おとなしく横になった。相当疲労が溜まっていたのか、あっという間に寝息を立て始める。


 どうか今だけでも、心安らげるひとときになってくれていたら……


 そのあどけなく見える穏やかな寝顔に、処刑台に上がっていた姿を思い出す。アルエットの笑顔、怒り、涙、空虚な瞳──これまで見てきた姿が脳裏に浮かび、胸の奥が切なく締めつけられた。

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