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第34話 不完全な神託【フィンチ視点】

「桶やジョウロ、なんでもいいからあるだけ集めてここに持ってきてくれ!」


 派遣されたシュネーノルディアの騎士を、シーニュの父親でもあるアーヴェントロート辺境伯が地上で指揮している。フィンチは敷布にシーニュを乗せ、上空からその様子を観察していた。聖騎士の指揮はシーニュが担い、上空から指示を出している。


 聖騎士たちも忙しなく動き、シュネーノルディアの騎士や村の住民たちと協力して持ち出していた桶やジョウロ、大きい容器などを一箇所に集めていく。他にも飛行用の敷布の準備など、作戦決行に向けて着々と準備が進められていた。


 そんな中、一人、生活用水を貯める貯水槽の方向からアルエットが槍を担いで走って戻ってくる。


「用水路と貯水槽の花、全部取り払ったよ! 水門開けて!」


 アルエットがこちらを見上げて手を振り、任務完了を告げる。フィンチは魔力で炎を上空に打ち上げ、火花を炸裂させて合図を送った。待機している聖騎士と村人が水門を開くと、川からの水が用水路に流れ込んでいく。


「アルエット、貯水槽で待機を。水が入ってきたら、無効化の付与を開始してくれ」

「了解!」


 シーニュの指示に従い、アルエットは貯水槽の方へと駆け出していった。


「アルエットが準備に入る。風術隊は敷布を持って貯水槽近くで待機。ジョウロは上空から、地上からは桶で対応する。敷布には、住民を乗せないように」


 シーニュが的確に指示し、聖騎士たちは容器を手にして貯水槽へ向けて進む。貯水槽にはすでに水が貯まり始めており、アルエットがその水に無効化を付与することで、対厄災の花の除草剤である『無効化水』へと変わる。もちろん能力の限界値次第では失敗に終わるため、アルエットはこの作戦の要であり、全てがかかっていると言っても過言ではない状態だった。


 容器を手にした騎士たちは貯水槽から水を汲み、ジョウロを手にした者は敷布に乗って、風術で空中へと上昇し、それぞれ配置につく。敷布に術を使う者と、直接水を撒く者を分けたのは安全性への考慮からだった。


 たった一つ……水滴一粒の油断で死に直結しかねないという危険性から、地上にいる聖騎士たちに比べ、敷布に乗っている者たちは一様に表情が固く、緊張している。


「おい、墜落なんてヘマして、僕の顔に泥塗ったらどうなるかわかってんだろうな?」


 フィンチは敷布の上に立つと、敷布に乗っている部下たちに声をかけた。ジョウロを持った彼らの視線が一斉にこちらへと向く。


「ど、どうなるのでありますか、フィンチ隊長!」

「罰として、一生恩着せがましく詰り倒して辱めてやる!」

「ということは、助けてくれるということでありますか!? さすが、フィンチ隊長〜!」

「助けてやるから心配すんな、って言ってくださいよ〜。相変わらず素直じゃないですね、隊長は」

「バカなの!? あんたらが僕の言葉を素直に受け取れよ! 他力本願なヤツは全員死んどけ!」


 これほど言葉に裏表がなくハッキリ物申してる人間など、ほとんど存在しないだろう。なんなら世界で一番素直なのは、この『フィンチ・アスター・ネーヴェ』で間違いないと自負しているほどだ。だというのに、部下たちの態度は締まりきらない。そのアホっぽさに、フィンチは小さく嘆息した。


 無効化水に触れれば、魔術は無効化される。それは当然、ジョウロ周りについた水滴に触れても起こり得る。細心の注意を払おうと限界はあり、そんな小さな失敗一つで敷布は墜落、大惨事だ。


 術者たちにはできるだけ高度を上げないようにと伝えてあり、散布する者たちにも危険性はキツく注意しておいた。あとは部下を信じ、上手くやってくれることを祈るしかない。


「散布開始!」


 準備が整ったことを確認してから、シーニュは号令を出した。直後、騎士たちによって無効化水の散布が始まる。本当は無効化水を雨のように降らせることが出来れば手っ取り早いのだが、魔術を無効化してしまう特性上、それは不可能だ。


 『無効化』がどのように厄災の花に影響を与えているのかを解明し、術式を構築するところまで持っていけたら良かったのだが、さすがに時間が足りなすぎる。古典的で、決して効率が良いとは言えないが、人海戦術を採用するしかなかった。


 厄災の花に水がかかると、アルエットが直接触れたときと同様に、白くなって崩れていく。厄災の花が枯れていく瞬間を目の当たりにし、一気に歓声が湧き上がった。


「厄災の花が枯れてる! もっと水を撒けー!」


 誰かがそう叫ぶと、声に呼応したように次から次へと水が撒かれていく。貯水槽周辺から徐々に範囲を拡げていく。


 水への無効化の付与が無事成功し、作戦が想定通りに回り始めている。それはフィンチの仮説が肯定された瞬間でもあった。


 血のついた手袋の残骸に宿る『無効化』が効果を出したことを手がかりに導き出したのが“水”という方法だった。血と同じく液体で、無効化を付与することで似たような効果を期待できる。さらに、地中に染み込みやすい性質上、最も効率良く、そして実害を限りなく抑えて根を枯らすことができる可能性があることから理想的だと考えた。


 この作戦で、本当に上手くいくかもしれない……


 静かな胸の高鳴りに、祈るような思いと緊張が重なる。ようやく成功が現実味を帯びたことで、フィンチの中に高揚感が込み上げていた。


 神託による思し召しであり、世界を守るための正義を執行しているのに、エルシーは炎で町を焼き払うことに心を痛めていた。きっと今回の、土地ごと救済する作戦方法を喜んでくれるだろう。


 シーニュは『絶対正義』による心労を彼女は抱え続けていると言っていた。今回のことが少しでも彼女への恩返しになれば、とフィンチは思った。


 あとは厄災の花を完全に除去する術式を構築するためにも、この現象を解明する。アルエットに頼りきったやり方では、また炎による除去に戻る日が来てしまう。それを避けるため、未来にこの希望を繋ぐ方法を考え出すことが、フィンチに残された役目だった。



 * * *



 作戦決行の翌日の昼頃、後続のエルシーたちがロートヴィル村へと到着した。その頃にはすでに厄災の花の除去がほぼ完了しており、家屋を残したまま厄災の花だけ消失している光景は、エルシーたちを大いに驚かせた。そして間もなくエルシーによる浄化が行われ、ロートヴィルの厄災は収束を迎えた。


「──そうだったんですね。フィンチ、アルエット、本当にお疲れさまでした」


 状況と作戦内容を報告すると、エルシーは小さく安堵のため息を零しながら、蜂蜜のように深く澄んだ黄金色の瞳に疲労を滲ませて微笑む。想像していた通り、焼き払わずに解決したことを喜んでもらえたことで、フィンチは少し照れ臭くも誇らしい気持ちになっていた。


「フィンチ、『無効化』がなぜ厄災の花に効果を示したのかは解明できたのか?」


 シーニュの問いに、フィンチは(うなず)いて肯定した。確たる証拠を提示できるわけではないが、力の特性や厄災の花の反応などを細かく検証した結果、ほぼ間違いないと言っていいところまでは辿り着いている。


「結論から言うと、『無効化』の魔力分解が魔力供給を遮断して枯らしたってのが真相だね」


 フィンチは厄災の花を小さな炎で燃やしてみたが、アルエットが触れたときのような反応は示さなかった。つまり『無効化』と違い、炎そのものには厄災の花を枯らす効果がないとわかった。


 『無効化』の特徴は、魔力や加護の力の分解。アルエットから時折発生する虹色の霧は、力が砕けて消失したときに起こる反応だろう。厄災の花に触れても虹色の霧に変わらなかったということは、厄災の花自体が魔力でできているわけではないという何よりの証明になる。


 アルエットが触れたときに起きていたのは、厄災の花の中を流れる魔力を分解し、供給までもを遮断した。人間に例えるなら、大量出血している状態に近い。魔力の供給を断たれたことで枯死した部分から草勢も落ちた。そう考えるのが一番自然だろう。


「厄災の花は魔力を吸収して成長するということですか?」

「うん、十中八九そうだろうね。これは今まで炎で焼いてきたことから証明できるし」


 炎は聖属性を含む九つの属性の中で、最も魔力消費効率が悪い。つまり、同量の魔力を消費して他属性と炎属性を使用したとき、炎属性の威力は小さくなる。炎術での大きな術式にはそれだけ大量の魔力を消費しなくてはならない。


 町を焼き払うほどの大きな炎術は使用者の魔力ではなく、周囲に漂う魔力すらも吸収して燃え上がる。その特性を逆手に取り、厄災の花への魔力供給を炎術で奪うことで枯らしていたのが真相だったのだろう。最初に炎で焼くことを考案した人物が、『魔力供給を断つために炎術を選んだ』のか『単純に花だから弱点属性の炎で焼こう』と考えたのかは定かではないが。


「僕が今回のことを報告書にまとめるから、エルシー様からネブラクシア魔法学院に、術式の研究開発依頼を出してくれる?」

「えぇ、もちろんです。フィンチの惜しみない努力に感謝します」

「……こんなの、僕にかかれば大したことないよ。そもそもアルエットがいなかったら、今回もロートヴィルを燃やしただろうしね」

「やっぱそうなってたんだよね!? フィンチ先輩が気づいてくれて良かったー!」


 アルエットのへにゃへにゃとした間抜けな笑みに、ふっと空気が緩む。無事に解決したことに、フィンチもようやく少しだけ気を緩めかけたときだった。


「喜んでいるところ、水を差すようで申し訳ないのですけど、神託で告げられた『炎による浄化』を無視したのは……本当によろしくて?」


 ロンディネ、この女とは本当に気が合わない。空気を読まず、ズケズケと嫌味ったらしく物申してくる。「よろしくて?」じゃない、素直に「不安です」と言えば良いものを、まるで「選んだのはあなたで、あたくしはどうなっても知りませんわよ」と予防線を張る物言いが嫌になる。


 もちろんロンディネとは入団してからずっと付き合いがあり、そんな無責任な人間でないことくらいはもう十分に理解している。だからこそ、これだから金持ちの喋り方は一々癇に障る、と思わざるを得ない。


「じゃあしばらくは僕と僕の隊で残って経過観察する。はい、これでいいだろ?」

「あなたが見張っていてくださるなら、少しは安心ですわね」


 ロンディネの言うことは正論だ。浅はかなのが自分の方だったとわかるから……少し耳が痛い。炎より最善の策を取ったつもりではいるが、神託を無視した結果がどのような形で返ってくるのかは正直未知数だ。


 エルシーに労われ、正しいことをしたと思えた。けれど神託を無視したと言われた途端、正義に背いたような罪悪感と薄気味悪い感覚に囚われた。


「私、ちょっと思ったんだけどさ……シーニュが教えてくれた神樹の伝承とか、世界が瘴気で滅びそうになったときに始祖エーテルが浄化して世界中には草花や木々であふれたって伝承もそうだけど、これって厄災の花のことだったのかなって」

「面白い発想だね。厄災の花への魔力が枯渇するほどの魔力を消費して花を咲かせ、大地を蝕む根すら咲かせた草花の根で根絶させたとも考えられる。そしたら、炎に拘らなくてもいいような気がしてくるね。始祖エーテルだって、炎で対応したわけじゃないんだから」


 ぽつりと皆に問いかけるアルエットの言葉と、サイラスが言葉を引き継いで語る伝承との因果の予想に、ゾクリと背筋が震えた。正直伝承にはあまり興味がなかったが、こうして現実の現象と紐づいて見えるとまた違って見えてくる。


「そうそう。何より、ロートヴィルがこうして存続できたんだよ。私はそれだけですっごく嬉しい……ううん、嬉しいなんてもんじゃないよ。ありがとう、フィンチ先輩!」


 アルエットが目を輝かせて、こちらを向いた。ロートヴィル村に到着したばかりのときに見せていた“この世の終わりを見たような顔”とは大違いだ。神託を無視し、奇妙な罪悪感でもやもやしていた胸の内が、彼女のまっすぐな「ありがとう」によって晴れていった。


 にしても、これは面白い知見が得られたかも。

 アルエットとサイラスには感謝してやってもいいな。


 始祖エーテルの神託は『炎による浄化』を推奨した。しかしそれでは大地は厄災の花の根によって穢れたまま残り、完璧な救済には程遠い。


 しかし今回、無効化と水を組み合わせることによってほぼ完璧な救済の原型とも呼べるものができた。そして始祖エーテルの伝承が本当に草花による厄災の花の処理と浄化を示していたとすれば、一つの奇妙な疑問が浮かび上がる。


──なぜ、始祖エーテルは『完璧な浄化』の方法を神託にし、エルシーに伝えなかったのか、と。

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