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第33話 血と涙は絶望を殺す【フィンチ視点】

 フィンチは厄災の花をアルエットに任せ、天幕の方へと全速力で敷布を飛ばした。上空からシーニュの姿を見つけて飛び降りる。着地直前風術で衝撃を和らげて降り立った。


「シーニュ、報告。昨日アルエットが千切ったとこ、なんでかわかんないけど厄災の花の草勢が落ちてる。あとこれ」


 フィンチは短く状況を伝えてから、白くなった厄災の花を包んでいたハンカチごとシーニュに手渡す。説明せずとも、すぐに厄災の花の残骸だと理解したのが反応から伝わってくる。いつも無表情で感情変化が顔にも声にもほとんど出ない彼が、こんなにもわかりやすく目を丸くしているのだから。


「アルエットが触るとなぜかそうなるんだよね。千切ったとこの草勢が落ちてることと何か関係があるんじゃないかって僕は睨んでる」

「『無効化』の力が厄災の花に影響している、と?」

「まぁ、それ以外にないしね。理由はこれから調べるとこ」


 炎で焼き払う以外に厄災の花の草勢を弱める方法があるなんて、思ってもみなかった。


 厄災の花には炎で対応するのが常識であり、過去にそうしてきた歴史もある。植物だから炎に弱いという先入観と、実際の効果も伴っていたせいで“この方法が最善であり唯一”だと信じ込んでいた。


 炎がよく効くのは植物だからじゃない……何か別の理由がある。

『無効化』を手がかりに、必ず真実を掴んでやる。


「今アルエットに昨日の地点まで草刈りやらせてるし、このまま僕があいつを借りるから」

「それは構わないが……まさか厄災の花を刈らせるために傷心のアルエットを叩き起こしたのか? 慈悲もないな……」

「おい、僕のこと血も涙もない人間だって思ったな? アルエットが勝手に来たに決まってんだろ」

「すまない、冗談のつもりだった」


 などとシーニュは言っているが、最初から最後まで真顔で、声色も淡々としている。アルエットを心配して大真面目に指摘してきたのか、単なる冗談のつもりなのか、表情、声、言葉選び、どれを取っても判別に苦しむ。冗談と言われるまで冗談だとわからないのが、シーニュの冗談の特徴だ。


「あんたの冗談はいっつもわかりにくいんだよ……下手くそが。慣れないことしてスベる典型例って感じ」

「ふむ……精進する」

「しなくていいよ、センスないから」


 フィンチは敷布の上に乗り、風術で浮かせる。「後は任せるから」と一言残し、そのまま高度を上げながら厄災の花の方へと全速力で飛ばした。


 フィンチ自身も以前、ネブラクシア王国のネロックの『滅びの神託』の任務についたことがある。あれは聖騎士になり、近衛騎士隊長として隊を率い始めたばかりの頃だった。


 フィンチの隊はフィンチを筆頭に魔術に秀でた者が所属している。炎で厄災の花を……町を焼き払う役目を担ったのが他でもないフィンチ隊だった。炎で厄災の花を枯らし、エルシーの聖属性の力をもって浄化する。そうして世界の危機から救われ、被害は町の半分程度で抑えることができた。


 けれどその後、行き場を失った人々は路頭に迷い、かつて孤児だった頃の自分を重ね見た。金も、帰るところも、食べるものもなく、ひもじい思いをしていたあの頃のことを。


 間違いなく正しいことをしたはずだった。ただどれだけ正しい行いをしても、救いきれず零れ落ちる人間はいる。聖女エルシーの騎士として、“完璧な救済”を実現できなかったことが心残りになっていた。そしてその屈辱を晴らす機会が、こんなにも早く巡ってきた。


 エルシー様は僕の実力に期待して声をかけて、聖女近衛騎士として登用してくれたんだ。

 稀代の天才魔術士って言われてきた力……ここで発揮できなかったら、ただの無能のクズだな。


 敷布に乗って飛んでいると、眼下にアルエットの姿が見える。指示通りに槍で道を作ってくれていたようだ。これで降り立ってじっくり観察ができる。


「フィンチ先輩! 道、こんな感じで良かったかな?」

「おつかれ、アルエット。でもあんたにはまだつき合ってもらうから、ついてきて」


 アルエットは勘や感覚が鋭いところがある。戦闘能力や知識量は正直お話にならないが、そこだけはフィンチも信頼していた。


 何より厄災の花を枯らした当事者であり、この草勢の落ちた現場にいた人物だ。フィンチにはない視点や記憶の中に手がかりがあるかもしれない。連れて行かなければ損というものだ。


 アルエットが作ってくれた道を歩き、草勢が落ちていた場所へと辿り着く。フィンチは片膝をついてしゃがみ込む。地面は剥き出しになった土が見えており、指先で摘んで観察してみたが特に変わったところはない。


「あ、手袋の残骸が落ちてる」

「それ見せて」


 アルエットがしゃがみ、小さな布の切れ端のようなものを手のひらに乗せた。厄災の花を引き千切ったときにできたであろう手のひらの傷はしっかりと塞がっているものの、まだ赤く生々しい傷痕が残っている。


「ちょっと僕に貸して」

「何するの?」

「加護で残骸宿る記憶を視る」

「フィンチ先輩の加護ってそういう能力だったんだ……」


 アルエットから裂けた布を借り、フィンチは目を閉じる。自分の中に宿る加護『追憶』の力で、アルエットの記憶を辿ろうとした。


 この力は物に宿る記憶や残留思念を読み取り、追体験することができる。人相手でも、心からの信頼と承諾があれば、同じことができる。『無効化』の力が残留していなければ、『追憶』の力も働くはずだ。


 手袋の残骸に宿る記憶や残留思念を視ると、アルエットが見ていたであろう光景がまぶたの裏に広がる。視界いっぱいの厄災の花を一心不乱に掴んでは千切っている。手のひらの皮膚や肉が蔓の棘で裂け、焼けるような痛みを感じて『追憶』を遮断した。


(いて)ぇー……あんたよくそんなズタズタになるまでやれたな……」

「夢中であんまり気にならなかった」

「マジでイカれてんな、あんた」


 あれだけ激しく引き千切っていたのなら、彼女の証言通りそのときに破れて落ちたもので間違いないだろう。白い布だったはずのそれは、血が染み込んで酸化し、褐色に染まっていた。


 ……血?


「ねぇ、その槍でここの地面掘ってくれない?」

「槍で!? 刃が傷むしサイラスに叱られ……いや、叱られてもいいよね。それでロートヴィルが救えるなら」


 アルエットはひとりごとをぶつぶつ呟きながら勝手に一人で不安を解決して地面を掘り始めた。


 アルエットの『無効化』は、基本的にアルエットに直接触れたものに効果を示す。加護の力は魔力とは違い体系化されておらず、様々なパターンが存在する。中には涙や血にまで癒しの力が宿るといった例もある。アルエットの『無効化』も、血や涙といった内部からの分泌物にまで宿っていてもおかしくはない。


 地面に落ちた手袋に付着した血が厄災の花に触れて長く作用し、そこから枯れていった結果草勢が落ちたと考えられる。そしてその考えが合っているなら恐らく、この地面の下には“根”がないはずだ。


「どう? もうちょっと掘る?」

「いや、もう十分かな」


 範囲は広くないが、そこそこ深くまで掘ってくれている。乾いた地表の土よりも湿った、黒っぽい土がしっかりと見えていた。


 フィンチは掘り返された土をほぐしながら丁寧に目を凝らして確認していく。けれど太い根どころか、枝分かれした細い根すらそこには残っていなかった。炎では決して取り払うことのできなかった根を、アルエットの力は取り払ったのだ。


「まさかとは思ったけど……ホントに根がないじゃん……」

「ってことはつまり、土地がダメにならないってこと?」

「そう。あんたの『無効化』が、こんな冴えた能力だとは思わなかった」


 なぜ『無効化』が厄災の花に効果を示すのかはわからない。けれど草勢を落とし、白く砕け、道まで拓けた時点で有効であることだけは確実だった。


 血が長く残留して効果を示すなら、有効かつ実害が限りなく少ないのは──


「作戦思いついたから、シーニュのとこ帰るよ。厄災の花の対処は早い方が良い。急ぐから、あんたも乗って」

「わ、わかった!」


 厄災の花の中から抜け、アルエットを敷布に乗せてから、再度シーニュの元へと戻る。


 もしこの作戦が上手くいけば、ロートヴィル村を救うことができる。焼き払うよりもずっと完璧な方法を確立できる可能性に、鼓動が高鳴っていた。

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