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【完結】『絶対正義』の聖女は救われたい  作者: まな板のいわし
第6章 祝福の花びら、散る想い
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第25話 花散りて祈る星々の讃歌【エルシー視点】

 年に一度巡ってくる、始祖エーテルが降臨したとされる日。その日から一週間を『星誕祭(せいたんさい)』と呼んで、盛大にお祝いする。エーテル教の中でも指折りの大きな祝祭の一つだ。


 神樹の広場で祝いの言葉を告げ、そこから魔動式の天井のない客車に乗り、ぐるりと王都内を巡るパレードが行われる。聖女になってから数年の間は慣れなかったエルシーも今年で十二回目となり、さすがに緊張のようなものは抱かなくなっていた。


「アルエット。そのへらへらしたみっともない顔、とっとと引き締めろよな」

「うぅ、だってなんか……緊張するなーって思ったらにやけちゃって……へへ……」

「へへ……じゃないっての。どうにかしろよ……」


 フィンチは悪態をつきながら眉間にシワを寄せ、深いため息をついた。それに対してアルエットは、初めてのパレードに緊張と好奇心で浮かれているのか、頬が緩んだような笑みを浮かべている。照れが混じったような笑みは確かに聖騎士然とした凛々しい微笑みには程遠いが、親しみの湧く柔らかな笑顔だとエルシーは思った。


「あら、シーニュ。今年の『星誕祭』の朝食も“苦虫”を召し上がってきましたのね。あなたの顔を見ると、パレードではなく葬儀にでも参列するような気持ちになりますわ」

「すまない。久しく表情筋は使っていないからな」


 シーニュは今年もロンディネに叱られている。彼は入隊した頃からあまり表情が顔に出ず、厳かな祭儀はともかく、こうした祝賀行事の際には少々浮くことがある。


「うーん……この二人を足して二で割ったらちょうど良さそうなんだけどね……」

「足しも割りもできないゴミだから困ってんだろ。まぁ、アルエットは今年初だし許すにしてもさ、シーニュはもう何回やってきてると思ってんだよ。エルシー様に恥かかすつもりなら、今年こそ客車の飾り代わりに吊るすぞ」


 サイラスの意見はもっともなのだが、フィンチの言う通り二人は足しも割りもできない。けれどそんな表情も、二人らしさだ。この気の抜けた言い合いをしている穏やかな時間を、エルシーは愛おしく思った。


「わたくしは二人のそういう顔も好きですよ。さぁ、時間です。そろそろ参りましょうか」


 エルシーが声をかけると、全員の視線がハッと集まる。それぞれがそれぞれの“らしさ”のある表情で微笑み、姿勢を正して敬礼した。そうして、神樹の広場に停泊している魔動式の客車の上へ、全員で登壇した。



「──賜った神託により、フィオリアの南西の地に平和がもたらされました。この善き日に、彼の地の瘴気(しょうき)災害が収束したことを宣言できる喜びを、わたくしは噛みしめております。どうかわたくしと共に祈ってください。始祖エーテルの降臨を祝し、全ての人々に幸福で穏やかな日々が訪れんことを……」


 演説を終えると、集まった人々から割れんばかりの拍手と歓声が噴き上がる。この空気を震わせるような圧と熱気だけは、何度体感しても慣れてくる感じがしない。『絶対正義』の熱に浮かされた強烈な感情が、眼差しと声に乗ってこの身に押し潰していくようで、息苦しくなる瞬間でもあった。


 広場の人々が誘導されて道が開かれると、魔動式の客車がゆっくりと動き始める。人々の「エルシー様」と呼ぶ声に、笑顔で手を振って応えた。賑やかな歓声の中、隣のアルエットのコソッと呟く声が聞こえる。


「魔動式って言うから『無効化』で動かなかったらどうしようって思ってたけど、よかった……」

「当たり前だろ。客車全体に魔術かけて動かしてるわけじゃなくて、あくまでも動力として使ってるだけなんだし。てかさぁ……あんた、田舎からここまで何に乗ってきたわけ? 列車は魔動力だろ」

「言われてみれば……さすがフィンチ先輩っ!」


 アルエットは視線を沿道に向けて、へらりと緩く微笑んでいた。それに対し、フィンチは相変わらずの辛辣さでアルエットに答えていた。けれどその顔は綺麗に整えられた微笑みを浮かべている。普段からは想像もつかない姿を、フィンチは年に一度この日だけ晒すのだ。


「俺は客車よりも、その横を馬に乗って歩いてたときがちょうどよかったなぁ」

「同感だ。笑顔を作る必要がなかった」

「あらあら、作れてませんわよ?」


 サイラスはいつもの気さくな雰囲気の笑みで、シーニュはいつもの無表情を貫いている。ロンディネは、この中で一番こうした振る舞いに慣れているかもしれない。たおやかな笑みに品を滲ませ、少し見惚れてしまいそうな雰囲気があった。何度もこうしたことを繰り返してきても、エルシーでさえ身につかない風格でもあった。


 抜けるような空の青を、真っ白な雲がゆったりと形を変えながら流れる。草術と風術を合わせた花の鞠が天高く打ち上げられ、ふわりと弾けた。ほどけるように零れた花びらが、そよ風に乗ってひらひらと舞い散っていく。眩く照りつける日差しは汗ばむような暑さを引き連れ、沿道に集まってくれた人々の笑顔を明るく照らしていた。


「すごい……花の雨だね!」


 空を仰ぎ見るアルエットの肩に、花びらが触れる。その瞬間、虹の霧となって光に淡く消えていった。


 あの虹の光を、わたくしは見たことがある。


 十年前、『オヴィス村の悲劇』のあと、グラキエスの北壁で魔竜を討伐した。そのときに囮にされた小さな子供。あの子と同じ虹の光を放つアルエットを見たとき、エルシーは初めてあの子がアルエットであることを知った。


 聖女エルシーが目指すべき姿として、今もまぶたの裏に焼きついている光景。けれどそのことを、アルエットには伝えなかった。夜のお茶会や普段の交流を経て、アルエットの素朴さと素の姿を知ったからだ。


 あの勇姿に憧れて、模範たる聖女像を重ねたと伝えても、アルエットは困ってしまうでしょうね。

 皆が思い描く『理想の聖女』をわたくしに重ね、崇められることに、わたくし自身が困惑しているのと同じように。


 アルエットに花びらが触れては、虹の霧となって砕けていく。彼女はその光景を、少しだけ寂しそうな眼差しで追っていた。


 花と笑い声に満ちた大通りを進んでいく。そうしてゆっくりと時間をかけて街を一周し、神樹広場へと戻るとパレードは終了した。



 * * *



 夜の王国主催の式典を終えて、ようやくエルシーは公務から解放された。教会へと帰り、アルエットたちと会話を交わしながら中庭を歩いていたときだった。


 空気を震わせる大きな破裂音と共に、中庭が鮮やかな光に一瞬だけ照らし出される。次から次へと音が鳴り響いては、様々な色の光が中庭を染めた。『星誕祭』の花火が上がり始めたのだろう。


「びっくりしたー……何あれ?」

「『星誕祭』を祝う花火ですよ」

「あれが花火!? 初めて見た!」


 中庭の空に大輪の花が咲いては散っていく。アルエットは初めて見る花火を、目を零れんばかりに大きく見開いて眺めている。雨の色を滲ませたような淡い青の瞳が、水面のようにその光を映していた。


「ガキみたいなはしゃぎ方……アルエットってホントに成人?」

「成人とか関係なく、綺麗なもんは綺麗なんだからしょうがないでしょー?」

「えぇ、感性に素直なことは良いことですわ。少なくともフィンチのようにスレているよりは、可愛げがあって好ましいのではなくて?」


 チクリとやり返されたフィンチは、好戦的な瞳でロンディネを見据え、ニヤリと口角を上げる。


「ロンディネは一々嫌味を混ぜないと喋れないんだね。かわいそー」

「ふふ、そっくりそのままお返しいたしますわ」


 エルシーにとってはもうすっかりお馴染みの光景であり、相変わらず二人の嫌味の応酬は止まらない。花火ではなく、ここでバチバチと火花が散っている。そんな二人の間に、サイラスの苦笑が割って入った。


「俺からすれば、二人とも嫌味っぽいけどね」

「サイラス、何か(おっしゃ)いまして?」

「もういっぺん言ってみろ、脳筋。あんたも空に打ち上げてやる」


 サイラスは率直すぎて、言い合いを止められるときと火に油を注ぐときの半々だが、今日は火に油を注いだ日だった。こうなるとエルシー自身か、シーニュが何かを言って場を落ち着かせるのだが、シーニュは無言で空に上がる花火を眺めていた。


 ここのところ……セーレバラの任務以降、シーニュは心なしか元気がなく気落ちしているように見える。口数は元々多い方ではないが、さらに少なく、こうして雑談に参加しようともしない。その理由はわからないが、少なくともこうして一人でじっと花火を眺めているのは、少し珍しい光景だとエルシーは感じていた。


「毎年こんな景色をみんなで一緒に見てたんだね……いいなぁ〜」


 アルエットの何気ない一言が、たわいない言い争いに終止符を打つ。羨望とときめきを混ぜたように潤んだ目が、エルシーたちの方へと向いていた。


「来年もまた、一緒に見たらいいじゃないですか」

「えー? もう来年の話?」


 アルエットの言葉に、小さなすり傷に触れるような痛みが胸の奥に生まれた。それは、来年も一緒に見ようという誘いを遠回しに断られたと感じたからだろうか。彼女の口ぶりは、まるでもう来年の今日はここにいないと言いたげで、その痛みは、良かれと思って差し出したものをやんわりと拒まれるような寂しさに似ていた。


「……でも、そうだね。またみんなで、見られたらいいよね」


 アルエットの朗らかな笑顔が、チクリと痛んだ心の柔らかいところを優しく撫でる。沈黙しかけた場の空気も軽くなり、それぞれの視線が打ち上がる花火へと向けられていく。その中でただ一人、サイラスだけはアルエットを見つめたままだった。


 サイラスは……アルエットのことが好きなんですね。


 心の中で、ぽつりと呟いた言葉が、ずしりと重みを増して沈んでいく。アルエットへと向けられた彼の切なげな……優しすぎる眼差しから、エルシーは目を逸らした。けれど一度見てしまったものを、なかったことにはできない。


 開いては散っていく一瞬の輝きが、エルシーの心の影を深く長く……そして色濃く浮かび上がらせていく。誰かを想い、そしてそれが叶わない未来が現実味を帯びること。それがこんなにも心を陰らせるものなのだと、エルシーは初めて知った。

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