第24話 苦境をぶち抜く心意気
作戦決行から三日目、今日が水源となっている泉への調査と浄化の最終日だ。アルエットはこれまでと同じように、エルシーを含んだシーニュとロンディネを中心とした隊の中で行動していた。
前日に比べて、道中魔物に遭遇することも多かったが、シーニュとロンディネを中心に騎士たちが片っ端から片付けてくれていた。ロンディネが戦うところをアルエットは初めて見たが、圧巻の一言に尽きる。
ハサミを二つに分けたような形の双剣を手に、雷術と風術を組み合わせ、目にも留まらぬ速さで鮮やかに敵を捌く。蝶のように舞い、蜂のように刺すとはまさに彼女のためにある言葉なのではないかと思うほどだった。
「ロンディネって……強いんだね。いや、そりゃ隊長やってるんだから当たり前なんだけどさ……」
「近衛騎士隊長の中で最も近距離戦闘に秀でているのはロンディネだ」
「え、サイラスじゃないの!?」
戦闘後の周辺確認を済ませ、涼しい顔で帰って来るロンディネとシーニュを交互に見つめる。エルシーも否定してこないあたり本当なのだろう。
「サイラスが弱いのではなく、彼の扱う草術と光術は補助向きというだけの話ですわよ? あたくしの風術と雷術が近距離攻撃に転用しやすいだけですの」
「ロンディネが珍しく謙遜してますね。剣を振るいながらあれだけ目まぐるしく細やかに魔術を織り込むのは、かなりの練度と才能が必要なんですよ」
「やっぱそうだよねぇ……」
魔力や魔術というものを全く扱えないアルエットですら、すんなりとエルシーの言葉を飲み込める。風術による加速、跳躍、飛翔を難なく扱いながら、雷術で行動を鈍らせたり怯ませたりを組み合わせ、確実に仕留めていた。速度で畳み掛けているだけのように見えて、繊細な立ち回りであることは素人のアルエットでも理解できた。
水源を目指して大きな森を迂回し、山道を登っていった先に、目的の水源が見えてくる。そこそこの規模の泉の静謐な雰囲気の中に、一際異彩を放つ黒っぽい塊が三つ。水に浸かって半壊しているそれは、紛うことなき魔物の死体であった。
「わぁぁ……これは酷い……」
腐敗臭は全くないものの魔物の体は崩れ、屍肉や内臓が泥のように泉の中の水へと溶け出している。川の水量に比べれば、この程度微々たるものかもしれない。そう頭ではわかっていても、『魔物の死体水』を飲用していた嫌悪感にぐしゃりと尊厳が握り潰されたような心地になった。
「あら、綺麗に溶けてますわね」
「うぐぅぅ……近くで見ると、よりしんどい……」
「肉片が混じって見えるよりは飲みやすくてよ?」
「ロンディネ図太すぎでしょ……」
エルシーと神官たちが魔物の処理と浄化準備を進めている間、アルエットたち聖騎士は護衛という名の見学に徹するしかない。軽い雑談を交わしながら見守っていると、準備が終わったのか魔物の死体の処理を開始した。
魔物の死体の下に法陣が現れると、光の鎖のようなものが魔物を拘束するようにグルグルと巻き付いていく。その鎖が眩く輝いたかと思うと、魔物の体ごと光の粒子となって砕けた。
そこからエルシーを中央に神官たちが前後左右に配置し、速やかに場の浄化が行われていく。祈りを捧げるように組まれた手が淡く光り、やがて上空へと放たれる。光が流星のように降り注ぎ、地面に当たるとその表面に光の波紋が広がっていく。全てが降り注いだあと、一拍遅れて淀みを押し流すようにブワッと強い風が吹き抜けた。
それまでは気づかなかったが、風が吹いたあとの泉の景色は来たときよりも色鮮やかで明るく見え、空気も心なしか軽く感じられた。呼吸がしやすく、本来の泉の姿が取り戻されたという印象だった。
* * *
こうして水源となっている泉の浄化が終了し、数日経過観察にセーレバラに滞在した。報告されていたような穢れの復活もなく正常な状態が維持され、住民たちの瘴気中毒症も快方に向かっていった。
ほとんどの者が完治し、一時避難していた住民が帰ってくるようになった頃、任務を終了して王都トランチェレスティナへと帰還することが決まった。このタイミングで決まったのは、もうすぐ始祖エーテルの降臨を祝う『星誕祭』と呼ばれる祝日が近づいていることも大きな理由の一つだった。
王都へ向かう馬車の中、エルシーは難しい顔をして報告書に目を通していた。その表情には、理由があった。
あれはセーレバラを経つ前日、エルシーとシーニュ、近衛騎士隊長たちだけで集まったときのことだった。その場にはアルエットも呼ばれ、これは招集をかけたフィンチ自身の指名でもあった。フィンチは彼がまとめたと覚しき報告書を数枚テーブルに広げてから口を開いた。
「確たる証拠はないし、単なる偶然かもしれない。けど僕は、これは瘴気災害というよりは人為的に仕組まれたものじゃないかって睨んでる」
どの魔物も泉の中に浸かるように死んでいたこと。同時多発的に同じことが別々の場所で発生したこと。魔物の死体には魔術攻撃を受けたと覚しき痕跡が僅かに残っていたこと。魔物の死体から瘴気が発生することは常識だが、そのまま放置されていたこと。
「ほとんど状況証拠だけど、あまりにも違和感多すぎると思わない? こんな偶然ある? ってさ。死体のあった泉を回っていろいろ調べてはみたけど、これが限界。残念ながら真相は究明できそうにないけど、こういうことを起こす人間がいて、野放しになってるかもしれないってことは頭に入れといて」
全てが円満に解決しようとしていた。そこに投じられたフィンチの一石。ただの災害ではなく、人の手によって引き起こされたもの。
もしそれが本当なら、犯人はなぜこんなことをしようとしたのだろう。こんな不特定多数の人間を死に追いやるようなやり方で、何を成し遂げようとしたのだろう。想像もつかない境地にいるであろう人間に、胸の奥が締めつけられていくような痛みと怒りを覚えた。
「アルエットは、どう思いますか? セーレバラの瘴気災害が、人為的なものだというフィンチの考えについて」
エルシーに問われ、アルエットは改めて考え直す。今問われているのは、怒りとか悲しみのような、感情の話ではない。人為的なものかどうか、どう判断すべきか、セーレバラの件を順を追って思い出していった。
けれど“偶然にしてはできすぎている”ということ以外、何も思い浮かぶことはない。その違和感一点だけで人為的なものと断言するには弱く、かといって杞憂だと言うには無責任すぎた。
「ごめん、あまり賢いことは言えそうにないかも。勘みたいなものだけど、それでもいい?」
「ええ、もちろんです。今はより広く、たくさんの意見を聞いてみたいので、どんなことでも遠慮せずに話してください」
エルシーの静かに耳を傾けてくれる姿勢のおかげで、話してみてもいいかもしれないと勇気が出る。さすが聖女として多くの人の声に耳を傾けてきただけの経験値がある、と感心してしまった。
「もし人為的なもので犯人がいるとするなら、この人は必ずまた何かする可能性が高いと思う。何か目的はあるんだろうけど、やり口は私怨とかじゃない。だから子供のイタズラみたいに、味をしめてまたやる……そんな気がする」
「そうですね……大きな事件を引き起こし、衆目を集める。混乱自体を楽しむ。そういう人であればきっとまた似たような、大勢を巻き込むようなことを引き起こすのかもしれませんね」
エルシーは小さくため息をつくと、窓の外へと目を向けた。憂いに満ちた横顔に、チクリと胸が痛む。
聖女としての責任を抱える彼女に、不安を煽るようなことを言ってしまったかもしれない。もっと実になって、解決や不安解消の糸口になるようなことが言えれば良かったのだが、残念ながらアルエットにはそこまでの知恵がなかった。
「エルシー。今できるのは、もうすぐある『星誕祭』を無事に成功させることだよ」
あのフィンチが調べてもお手上げだったのだ。現状から犯人を見つけるのは難しい。であれば、できることに注力して最善を尽くすのが、今できる限界だろう。そしてその行動が、次の犯行の被害を少しでも最小限に抑えるものになると信じていくしかない。
「アルエットの言う通りですね。もちろん犯人がいるなら捕まえられることに越したことはないですが、それが難しいならやれることをやるしかありません」
エルシーの、昼下がりの午後のような黄金色の瞳に芯のある輝きが戻った。先ほどまでの影は鳴りを潜め、力強い笑みが戻ってきていた。
「不謹慎かもだけど、私ちょっと楽しみにしててさ。王都ではすごく盛大にお祝いされるって聞いたことあるんだよね」
「ええ、それはもう。初日はパレードと花火がありますし、お祭り自体は一週間続くんですよ。わたくしは市井に出て楽しんだことはありませんが、アルエットは休暇を取って遊びに行ってみてはどうですか? 入隊してから働き詰めで疲れてるでしょう?」
パレードに花火、王都の華やかなお祭り。その響きに胸が躍る。せっかくこんな都会にいるのだから、経験しておかなければ損かもしれない。
いつだって苦境は、向こうから勝手にやって来る。
だったら暗い顔をして、不安に揺らいでいる場合じゃない。笑って、強気で、どんな困難も乗り越えてみせるという気持ちを胸に抱いて備えた方がいい。現実が思い描くようにいかなくても、もっとできることがあったのではないかと後悔しても、その突き抜ける思いが折られなければきっと──必ず歩いていける。
「ありがとう。エルシーのお茶会は楽しいし、疲れてるってほどでもないけど……お祭りは行ってみたいかも」
「ふふ。休暇を取るなら、シーニュにはわたくしから口添えしておきましょうか?」
「ホント? じゃあシーニュがダメって言ったときはエルシー呼んじゃうね!」
『星誕祭』は、エルシーの公務でもあり、初日のパレードにも参加する。つまりパレードは、護衛のアルエットも見る側ではなく出る側だ。いきなり自分が見られる側に立つことになるなんて思いもしなかったが、今は緊張半分楽しみ半分でもあった。




