第26話 空の青に星屑の黄色を添えて
始祖エーテルの降臨を祝う『星誕祭』は、降臨したとされる日から一週間続く。祭りの四日目にあたる今日、アルエットは一日だけ休暇をもらって遊びに来ていた。
聖騎士団に半ば無理やり入隊させられてから、もうすぐ三ヵ月が経とうとしている。その間、怪我の療養期間こそあったものの休暇というものが貰えたことはなかった。
王都のような大きな都市の祭りに参加したことのないアルエットのために、エルシーが気を利かせて提案してくれたのだ。都会の、それも隣の国の祭りに参加できることなんて、早々ない。この機会を逃したくないと思っていただけに、参加を許されて嬉しかった。背中に羽が生え、ロートヴィル村まで飛んで帰れそうなくらい浮かれている。
元々賑やかで華やかだったトランチェレスティナの街はさらに活気づいている。眩い日差しと乾いた風が吹き抜ける中、様々な露店が並び、始祖エーテルの象徴でもある星飾りや季節の花々で街中が彩られていた。
「どう? フィオリアの星誕祭は」
「見てるだけでも楽しいくらいだよ! 村の星誕祭は、ちょっとこぢんまりしちゃうし」
「わかるわかる。俺の故郷も海沿いの小さな町で、こんな立派で華やかじゃなかったからね」
祭りを見て回るアルエットの隣にいるのはサイラスだ。カラッと乾いた風のような笑顔は、どこか海の青さを思わせる爽やかさだ。昔読んでもらった古ぼけた絵本の挿し絵でしか海は見たことないが。
なぜサイラスと二人で祭りを見て回ることになったのか。それはエルシーに、護衛兼案内役にサイラスを連れて行くことを強く勧められたからだ。
フィオリア出身であり、平民の出でもある彼は市井の様子にも詳しい。聖女であるエルシーの発言権は強く、彼の貴重な休暇が強制的に一日消化されることがあっさりと決まった。
「エルシーから聞いた。アーモンドの漁師町なんだっけ?」
「そうそう。あ……これ、俺の村でも定番だったやつ」
そう言って、サイラスは露店の前で足を止めた。白とオレンジ色の星型の何かが、半透明の液体と共に縦長の瓶に入っている。サイラスは二つ注文すると、店主は氷水の中から瓶を取り出して手渡した。
お礼を言いながら一瓶受け取ると、氷に触れたように冷たく固い感触が手のひらを冷やす。栓を開けて飲んでみると、甘酸っぱくて爽やかな風味が喉を通り、心地よい清涼感が全身に広がった。
「おいしい! 果実水かな……?」
「うん、レモネードだね。フィオリアはレモンの産地でもあるから。祭り期間は星の形をしたゼリーを入れて、星蜜レモネードって呼んでる。果実酒で作ったものもあるよ」
「へぇ〜……これはシュネーノルディアにはない味だなぁ……」
ベリーを使った果実水は飲んだことがあるが、それとはまた違った風味でおいしい。酸味は柔らかく、ベリーよりも爽やかさが際立つ。日差しの暑さを涼やかに和らげるのにピッタリの飲み物だった。
「エルシーもこれが好きで、祭りの日は一緒にまずレモネードを買う……示し合わせたわけでもないのに毎年そうだったな……」
サイラスはレモネードの瓶を傾けながら、懐かしそうに微笑んだ。同じ味なのに、アルエットにとっては初めての記憶の味であり、サイラスにとっては馴染み深い思い出の味でもある。その味が、彼らの甘酸っぱい思い出と共に自身の中に残ることが少しだけくすぐったい。
「私じゃなくて、エルシーと来られたら良かったのにね〜」
「もちろん、エルシーとまたこうやって祭りを見て回れたらいいけど……それはそれ、これはこれ。友人と祭りを楽しむ時間も楽しいから」
「よかった。無理に休み使わせちゃって大丈夫かなって思ってたから、ホッとしたよ」
レモネードの瓶を片手に、二人はまた街を歩き始めた。笑いながら駆けていく子供たち、爪弾く弦楽器の音色に陽気な歌声、軽やかな口笛とダンスのステップを刻む足音に、心が軽快に走り出していく。
どこからか何かが焼ける香ばしい匂いが鼻をくすぐり、星の形の飴細工は陽の光を受けて鮮やかに艶めいた。流れ星を模した魔法灯の七色に移りゆく光を眺め、魔力で動くおもちゃに目を奪われ、大通りで披露される催しに足を止める。そのひとつひとつにアルエットはときめき、心を動かされていた。
「結構買ったね。お菓子は全く手をつけてないけど、全部持って帰るつもり?」
「うん。全部シーニュへのお土産」
星形の焼き菓子数種に、金粉が混じった小さな飴玉の瓶。魔力で動く手乗りのぬいぐるみに、吊り下げ式の小さな魔除けの星灯。どんなものなら喜んでくれるのかわからず、あれこれと気になったものを買ってしまった。
「シーニュに? もしかして最近落ち込んでるみたいだけど、気づいてた?」
「うん……理由はわからないけど……」
「そっか。何か隠してるってことは……理由の察しはついてるってことかな」
「うぐ……また視たな。言わないからね……」
「いいよ。あなたが代わりに気にかけてくれるなら、十分だから」
やっぱり『感情視認』は侮れない。サイラスいわく、視えてもそれがどんな感情か手に取るようにわかるわけではなく、なんとなく視えたものの印象で推し量るしかできない程度のものらしい。
けれど彼はわりとアルエットの感情を言い当ててくる。それは視えたものに対する読み取り能力自体が高いのか、アルエット自身が単純明快なだけなのか。サイラス本人が、視えてもそれがどんな感情なのか結論づけるのは難しいと感じていると言うのだから、恐らく後者のような気がした。
「シーニュは喜ぶだろうね」
「えー、喜ぶかなぁ……?」
「シーニュは顔に出ないけど、意外と感情自体は豊かなタイプだよ。詳しいとこまでは掴みにくいけど、わりといろいろ視える。俺が言うんだから間違いない」
「さすが『感情視認』。こればかりは説得力あるなー!」
セーレバラの一件で、アルエットとシーニュの間には少しだけ気まずい壁ができていた。もちろん気まずさの原因は全面的にシーニュにあると思っている。こっちまで気まずさを感じなきゃいけないのは理不尽だと訴えたいが、訴えたところでどうしようもない。
もしこのお土産がサイラスの読み通り喜んでもらえるなら、少しはこのわだかまりを解消する手立てになるだろうか。
「サイラスもエルシーに何かお土産買っていったら? 絶対喜ぶと思うよ! エルシーのことは私が保証する。根拠は何もないけど!」
「本当に何も根拠ないのに、自信満々だね!」
また何か視えたのか、サイラスは噴き出したように腹を抱えて笑い出す。こちらはエルシーとの仲が上手くいくように背を押して協力しているつもりなのに、全く失礼な態度だ。
日が傾き、二人は教会への帰路へとつく。その道すがら、冷たく冷えた星蜜レモネードを二本買った。一本はエルシーへ、そしてもう一本はシーニュへ。
アルエットは帰り道の途中、今日のことを思い出すように来た道を振り返った。こんなに知らないものばかりであふれた、賑やかで楽しい世界があることを知らなかった。次の瞬間目が覚めて、これが夢だったと言われても違和感がないほど、ふわふわと胸の奥が浮き上がるような高揚感があった。
きっと最期のとき、今日のことも思い出すんだろうな。
“余生”の中で得た、小さな宝石のように輝く思い出は、あの世へ旅立つ日の手土産になる。そんなふうに感じながら、アルエットは目の前の光景を宝箱にしまい込むように、一つ瞬きをした。




