第13話 命を背負い立つ者たち
任務の通達の後、予定通りアルエットたちは任地へと向かって遠征に出た。場所はフィオリア王国の南部、エメルフォードという街の近郊にある森林地区から魔物が大量に発生しているという報告があった。
魔物の大量発生は大抵土地の穢れや瘴気の影響が強く、聖女の『聖属性』による浄化が最も効果的と言われている。そのため、神官たちでも抑え込めない規模の魔物の発生時にはエルシーへと救援依頼の書簡が届くのだと聞いた。
「あー……暇だなー。お喋りは楽しいけど、ただ座ってるだけじゃつまんないよ」
「仕方ないですよ。わたくしは移動時に気軽に顔を見せられませんから」
移動は鉄道を使わず、終始馬車と馬での移動だった。アルエットは田舎の経験で乗馬はできるが、エルシーの護衛を兼ねて、彼女が乗る馬車に相席することになった。
「こんなちっちゃーい窓からしか景色が見られないなんて……私がエルシーを馬に乗せて、風を切って走れたら最高だったのに!」
「それはとても楽しそうですね! けど、そんなことしたらコルモラン大司教にきつく叱られてしまうでしょうね。アルエットが」
「だよねぇ」
元々エルシーは外遊びが好きな子供だったと聞いた。なら絶対乗馬だって楽しいだろうに、それが叶わないことが残念でならない。
「エルシーは魔物討伐とかは初めてじゃないんだよね?」
「えぇ。もう数え切れないほどにはこなしていますよ。わたくしがアルエットを守ってあげますね」
「頼もしー! けどそれじゃあ、近衛騎士としては失格なんだよぉ〜」
アルエットが頭を抱えて拗ねて見せると、エルシーが楽しげにくすくすと笑った。公務のときのエルシーは凛としていてかっこいいけど、こうして気が抜けたように笑っている方がアルエットは好きだった。
「わたくしのために、命を捨てないでくださいね。アルエットにも、騎士のみんなにも……わたくしはいつもそう願っているんですから」
それは馬車の車輪が回る音に絡め取られ、消えてしまいそうなほどの小さなささやき。恐れと祈りのこもった震える声を、アルエットの耳はしっかりと拾った。
「ごめん! それは約束できないな」
切実で、それでいて悲鳴にも似たような思いに、気休めで答えるのは不誠実だろう。アルエットは明るく笑いながら、悲しげに微笑むエルシーを見つめる。
「アルエ──」
「オヴィス村出身だもん! 死んだ人の命を背負うことがキツいことくらい、わかるよ。でも私、後悔したくないから。やりたいようにやらせてもらう。だから、約束しないよ」
こちらの意思が固く、変えられないと理解してくれたのか、エルシーはそろりと自身の視線を足元に落とした。
「『絶対正義』に影響されていないのに、そんなふうに言うんですね」
「関係ないよ。私には私の考えと意思があるんだから。影響されないからって、エルシーの思い描いた通りになんかならないよ。逆に、影響されてるからって、エルシーの想像通りになるとも限らない。そういう可能性だってあるんじゃない?」
「そう、でしょうか……」
上向いたエルシーの視線が、そっとアルエットへと向く。それは直視するのを恐れているようで、少しだけ期待の滲む眼差しだった。
「わかりました。けれどどうか、粗末に扱うことだけはしないでくださいね……」
「あったりまえでしょ! 田舎者は粗末って言葉がいっちばん嫌いなの。茶葉の出がらしで三杯は淹れるんだからね」
「ふふ……ふふふっ! わたくしの出身も田舎ですけど、さすがに出がらしでお茶は淹れませんでしたよ?」
「嘘っ……うちだけ!?」
冗談の中に本心を混ぜて。本心を冗談に変えて。そうして笑いあってお喋りしながら、馬車は進んでいった。
* * *
三日ほどかけて、アルエットたちはエメルフォードの街へと到着した。街の程近く、森林地区方面を野営地として天幕を設営する。さすがに聖女であるエルシーは街にある宿の方に護衛をつけて宿泊するようだった。
隊員に混じって設営や食事などの準備をアルエットは手伝った。その間にシーニュとサイラスは、領主と地方教会の神官たちと会い、状況の把握や任務決行のための準備に奔走していた。
夜になっても二人は戻らず、サイラス隊の副隊長であるジェリノットがこの場を取り仕切っていた。豪胆で大雑把な性格に見えるが、采配には一切迷いがない。テキパキとした手腕に、元々は近衛騎士隊長だった過去がさり気なく滲む。
なんでも当時のジェリノット隊にサイラスが所属し、サイラスの人柄と能力を見込んで、自分が副隊長に降格する代わりに彼を近衛騎士隊長に推したのだとか。
食事が配られると、焚き火を中心に各々好きな場所へと腰を下ろす。アルエットは鍋から少し離れた位置にある焚き火の傍に座った。パチパチと木の爆ぜる音に耳を傾けていると、やたらと大きな声が耳に飛び込んでくる。
「シーニュとサイラスの分はー……まぁ、あいつらには街で食ってきてもらえばいいな! おーい、おかわりあるぞー! 早いもん勝ちだからなー!」
「んぇ!? いいんすか!?」
「自分! 自分、もうあと一杯いけます!」
「ジェリノット副隊長、そんな雑務は俺がやりますっていつも言ってるじゃないですかー」
「お、そうか? 悪いな」
ジェリノットの声に、食欲旺盛な騎士たちが我先にと手を挙げ、食器を持って鍋に集まっていく。アルエットはとろとろに煮込まれた根菜のスープを口にしながら、賑やかに鍋を囲むサイラス隊の騎士たちを眺めていた。すると、鍋の管理を他の騎士に任せたジェリノットがこちらへと近づいてくる。
「よぅ、アルエット。ちゃんと食ってるか? 遠慮してると飢えるぞ? この隊は食欲も容赦ないからな!」
エルシーが聖女になる前から聖女近衛騎士隊長をしていたジェリノットは、他の騎士たちよりも年齢が高く、すでに壮年の域にいる。けれど周りから浮くこともなく青年たちの中に混じり、和気あいあいとやれているのは、この自然体さのおかげなのだろう。
「ありがとう。しっかりもらってるから大丈夫」
「足りないときはちゃんと言うんだぞ?」
「優しいこと言ってるけど、一番食うのはジェリノット副隊長だからなー」
「アルエット、隠せ! ジェリノットさんに取られるぞ!」
「おいおい、そりゃ酷いだろっ!」
ジェリノットは困り顔で笑いながら、黒髪をかき上げる。気力と体力にあふれた朱色の瞳は、目の前で燃える焚き火の炎によく似ていた。
彼を中心にして笑い声が広がると、パッと雰囲気が明るくなる。サイラスも、ジェリノットによく助けられていると口にしていた。
毎日苦しい鍛錬を積んで、厳格な規律に身を置き、時には命をかけて聖女を守る危険な職務。けれど、そこにある誇りを大切にし、明るく笑い飛ばして切磋琢磨している。そんな彼らの一員として端っこに置いてもらえたような気がして、アルエットは少しだけ嬉しかった。
* * *
翌朝、任務を前にした騎士たちは全員整列していた。シーニュとサイラスもいつの間にか戻ってきており、エルシーもいる。
「皆さん、此度の任務に同行してくださったこと、心より感謝します。エメルフォードの神官たちも手を尽くしてくれたようですが、いまだ森林区域内には魔物が多く残存しているようです。どうか気を抜かず、自身の命を最優先に任務にあたってください。あなたが傷つけば悲しむ人がいることを、どうか忘れないでください」
エルシーに真剣さに応えるように、騎士たちは敬礼を返す。その後は作戦通り三つの班に分かれ、森林区域内へと踏み込んだ。
エルシーを擁し、シーニュが指揮する班にアルエットは編成されている。表向き、シーニュの魔力と加護の補佐で入隊しているため、当然の采配と言える。残りの二班は、サイラスが指揮する班とジェリノットが指揮する班で分かれていた。
作戦内容はさほど難しくない。魔物を討伐して数を減らし、場の乱れを極力抑える。その間に穢れの原因箇所を探索して割り出し、発見次第、場の乱れの様子を見ながら速やかに浄化を行うという形だ。
アルエットはいまだ馴染まない槍の柄を握りしめながら、班の後方についていた。できる限り神経を研ぎ澄ませ、少しの気配も逃さないよう探りながら慎重に歩いていく。エルシーが瘴気の流れを読みながら、辿るように班を導いていた。
森の奥へ奥へと進み、深緑の青さが深まってきた頃、明らかに人のものとは違う気配のようなものが後方にチラつく。それは慣れ親しんだ動物や獣よりも獰猛な雰囲気だ。
空気が重く、風や草木の気配さえも怯えるように息を潜めている。まるで見えない手に首を絞められていくような嫌な感覚を伴っていた。
「後方……」
アルエットはそれが気にかかり、僅かに歩調を落として集中しながら後方を見た。その気配は急速に近づくわけでなく、機会を伺っているのか、舐めるような緩慢さでジリジリと距離を縮めてくる感覚だ。
大体の方向を掴み、森の木々の向こうへと目を凝らす。青く霞んだ影の奥……その隙間をゆらりと縫うように、黒い影がいくつも蠢いているのが視認できた。
「四時の方向、魔物確認! 迎撃に出るよ!」
「アホ! アンタが勝手に迎撃決めんな! そもそもオレらがやるから、下がれって!」
「おい、何も見えないぞ……ほ、本当にいるのか!?」
「総員、襲撃に備えろ」
「はっ!」
隊の一人に左肩を掴まれ、勢いよく後ろへと引っ込められる。転けないように勢いを殺しながら下がると同時に、真横にエルシーが立った。エルシーは右手を空中へ差し伸べ、静かに目を伏せた。
「聖域展開」
地面に淡い光を放つ法陣が描かれたかと思うと、サァッと風のような音を立てて半円球状の結界のようなものが現れる。先程までの肺が潰れるような息苦しさが和らぎ、呼吸がしやすくなっていた。
「アルエットは結界に触れないでくださいね。きっと無効化で消えてしまいますから」
「あ、気をつける……」
アルエットはできるだけ邪魔にならないよう槍を両手で抱え、立ったままの姿勢で肩を縮こまらせた。結界の『聖属性』に触発されたのか、魔物の気配がざわめいて膨れ上がり、急速にこちらへと向かってくる。
同時にシーニュを中心とした騎士たちの迎撃戦が始まった。黒い小型の狼のような魔物は泥のように一塊の大きな魔物になったり、分裂したりを繰り返して襲いかかる。けれど騎士たちはそれに苦戦することなく、一匹ずつ撃破していく。
「一気に終わらせましょう!」
再度大きな一塊に戻ったところで、エルシーは魔術を使った。空気感から、なんとなく聖属性の魔術だとわかる。白く輝く球体の中に閉じ込められた魔物が最後の悪あがきに、中で分裂と合体を繰り返す。シーニュは冷気をまとった剣で球体ごと叩き斬った。いや、斬ったというよりは、魔力で消し飛ばしたと言った方がしっくりくるような光景だった。
あっという間に決着がついてしまった魔物との戦い。アルエットの初戦は全く出番なしで終了した。やはり聖女近衛騎士に選ばれるだけの精鋭なだけあって、約二週間程度戦闘訓練しただけのド素人に出番などあるはずがなかった。
「視力に自信があると言っていたが、本当だったな。君は勘も目も良いもの持っている。誇っていい」
「えぇ、術式を展開する余裕ができてとても助かりましたよ」
傍まで来てくれたシーニュとエルシーが、褒めて労ってくれた。戦闘では何も役に立たなかったが、少しでもできたことがあったなら多少この場にいる意味があると思えた。
「そ、そう〜? これぞ、田舎で培われた生存能力って感じ?」
小さな誇らしさに胸を張っていると、隊列を戻そうと集まってきた騎士たちの中から、ヒューとからかうような口笛が聞こえてくる。
「調子に乗ってんの、サイラス隊長に報告しとくな〜?」
「おいおい、アルエットを生贄にすんのやめとけってー。バレたらお前が隊長にガッツリ扱かれるぞ……」
「ぬわー! サイラスには今の内緒にしといて!」
サイラスがにこやかに腕立て伏せと走り込みを上乗せしてくる姿が頭をよぎり、震える。自分がサイラスの扱きから逃げるために、他人を利用するなんて最低だ。まったく、聖騎士の風上にも置けない……と、こちらは畜産農家だが主張したいところだ。
「奥へ進めば魔物も増える。気を引き締めるように」
シーニュの淡々とした静かな一声に、それまでの緩んだ空気がピンと引き締まる。まだ喉笛を狙うような、殺気立った気配は漂っている。再度警戒を強めながら隊列を組み直し、アルエットたちはさらに奥へと進んでいった。




