私、時永めぐる(0)は11度目の人生を歩んでいる
ラッシュアワーというのは苦痛でしかない。
世界が変わっても、こればっかりは変わらないみたいだ。そういえば、大崎さんが凄いものを見た……というか、遭遇したらしい。
なんというか、駅員さんのぼやきもその時に聞いたらしく、なかば名物? みたいなもののようだ。
いや、ラッシュアワー。乗り切れない乗客を、無理矢理電車に押し込むなんていうのは朝の風物詩なわけだけれども、同時に到着した電車から、ドア付近の乗客がぞろぞろと降りてドアの脇に待機するのも風物詩なわけだ。
で、それに加えてこれも最寄り駅では風物詩の模様。
ドアが開く。乗客Aさんがホームにばたりと倒れる。駅員さんが慌てて駆け寄り、救急に連絡、担架で移動。
この倒れる乗客Aさんだけれど、かなりの頻度でこれを繰り返しているらしい。
駅員さんの「あぁ、まただ……」という諦めにも似た声が哀愁漂ってたと、大崎さんは云っていたよ。
……ブラック企業勤めなのかな? 玉様の治世となってるこの日本じゃほとんどブラック企業は死滅してるはずなんだけれどな。もしかしたら、借金返済のために本業の他にバイトも掛け持ちして体力がボロボロだったのかもしれない。
って、いや、そんなものはどうでもいいんだ。
そんな満員電車に乗って、身動きがほぼ取れない中で、私は刺された。
ブスリと。背中から一刺し。二度刺された経験のある私としては、二度と経験したくない感触だったのに、またしても心臓を一刺しだよ。かと思ったら、すぐさま刃物を抜かれ、二度三度と刺される始末。まさか心臓修復前にふたつ目も潰されるとは思わないよ。魔法で身を護る間もなかったよ。
どうやったら死ぬんだ? じゃないよ。こうやられたら死ぬんだよ!
なんて思ったのが最期だったよ。ちくしょう。
ということで。
私、時永めぐる(0)は11度目の人生を歩んでいる。
どういうことなの? 本当、どういうことなの?
思わず疑問を呈した。
《どういうことなのと訊かれましても……》
「これはアレじゃな。満員電車のような、人で溢れた場所にはいない方がよかろうの」
あー、うん。珠ちゃんの云う通りだよ。つか、どっから私にくっついていたんだろうね? 今回の殺人者。つか、誰よ、私を殺したの。
「不明じゃ。儂等は電車の上におったからのぅ」
珠ちゃんたちは半ば霊体みたいなものだから、物質を透過できたりするわけだけれど、でも長時間そうしていると、透過している相手側に問題がでるみたいなんだよね。命に関わったりすることはないんだけれど、5分も重なっていたりすると、ほぼ確定で酔うらしい。
さすがに満員電車内で吐かれたりしたら大惨事だ。
ということで3人は車外にいたんだよ。
しかし、犯人は不明か。まぁ、あれだけ人がいればねぇ。周りの人も私が刺殺されてるのわからなかっただろうし。……というかさ、あの混雑の中で、よくもまぁ連続で私を刺せたよね。腕を動かす隙間なんてほとんど無かったろうに。
とりあえず、組織による殺人ってことはないよねぇ。
《はい。それはあり得ません。あの橋姫がそれを見逃すわけがありません》
そうだよねぇ。なんだってあんなに私のことを気に入っちゃったんだろうねぇ。というかさ、私はヤンデレに好かれるタイプなのか? お母さんもそんな感じだけど。
「さすがにそれはないと思うがのぅ」
珠ちゃんが重々しく云うと、そのそばで空ちゃんと鈴ちゃんがうんうんとうなずいている。
でもさ、私を撲殺したあのストーカーなんて、ヤンデレみたいなもんでしょ?
《あれはヤンデレというのでしょうか?》
「さすがにあれは違うのではないか? ただの下半身に振り回された勘違い野郎だと思うがのぅ」
私が殺された時の状況を知らない、空ちゃんと鈴ちゃんは首をかしげている。
まぁ、いいや。えっと、この世界線も、私が改変した世界線になってるんだよね?
《はい。マスターが玉藻の前を神に仕立て上げた世界です》
ふむ。ってことは、もう完全にそれで世界が安定しちゃったってことかな? ……私の能力なわけだけど、ヤバいなコレ。よくある現実改変はその場、状況だけ改変するから矛盾だらけになるっていうけど、私のはそうなるように過去から改変しちゃうからね。
まぁ、仕方ないから、あきらめて11度目の人生を生きるとしよう。
ちなみに、例の看護師さんは、なぜか私を見るたびに訝しげな表情を浮かべていた。
おかしいな。今回はなにも変なことはしなかったんだけれどな。
★ ☆ ★
おかしい。
なにかがおかしい。
これまでと違うぞ。
いや、これまでも不思議に思っていたことはひとつあったわけだけれど。
それはなにかというと、我が母君のヤンデレ度だ。
ほら、やり直しを重ねるごとに、過保護さがひどくなってるって云ったじゃない。
それが、母親だけじゃなくなりつつあるみたいだ。
そういや、前回はお兄ちゃんがやたら心配し始めてたし。川守のお父さんもそうなんだろうけど、それ以前にお母さんがノイローゼなんじゃないかってレベルで私を心配してたりしたから、それどころじゃなかったんだろう。
で、今回それが如実にわかりだしたのは、お母さんが川守のお父さんと再婚して、埼玉に引っ越したあたりから顕著に出始めた。
おじいちゃんとおばあちゃんが、それこそ毎日私に電話を掛けてくる。
確かにこれまでの、以前までの世界線でもちょくちょく電話は来ていたけれどもさ、ほぼ毎日とかなかったよ!?
さらにいうとさ、なんというか、話している時には普通に感じるのだけれど、その内面というか、背後というか、そこに焦燥というか悲壮というか、微妙な必死さ、恐怖というものが見え隠れしているような気がする。
そしてなにより違うのが、私が4歳になったころに、おじさんが帰国して時永の家を継いだ。いまは耕運機を乗り回したり、畑を耕したりする毎日とのことだ。
これまでバリバリ海外で仕事して、社長業をやっていたのに起ち上げた会社を共同出資者にぶん投げて帰国とか、いったいなにがあったというのか。
この状況の違いはなんだろうね?
《……一応、推測というか、荒唐無稽な話に近いものならあります》
あるんだ!?
びっくりだよ。こんなわけのわからん状況の説明がつくの?
私は正座して、神妙にコアの話を聞いた。
ちなみに、この時は私は仏壇に向かって正座しており、コアの話に軽く相槌を打ちつつしきりにうなずいたりしていたわけなのだが、どうやらそれを母上が見ていたようだ。
端から見たらこの5歳児の状況は異常以外の何物でもなく、母上は頭を抱えていたと、後にお父さんから聞かされ、私も頭を抱えることとなった。
それはさておいてコアの推測。
《まずマスターの【ふりだしにもどる】は、マスター誕生時に巻き戻る、いわゆる生まれなおしの能力といえるものです。しかも以前の記憶を保持したままとなりますから、後の人生はそれまでとは変わります。死を回避するわけですから当然のことです》
うん。そうだね。
《それはつまり、平衡世界を生み出しているということです。マスターが死ぬ世界線と生き延びる世界線とのふたつの世界に枝分かれするわけです。
ですが、あまりに近しい平衡世界は、ひとまとめにされます》
え、そうなの?
《はい。そのようです。少なくとも、あちらの――異世界のアカシックレコードには、そうとしか思えないデータがありました》
うわ、まじか。
ですので、この世界線に存在するモノに、別の世界線の記憶が影響を与えている可能性があります。
そのため、漠然とながらもマスターが命を落とすという予感、というよりも確信めいたそれが影響しているのではないかと》
いや、でも、それって未来の話だよ。私たちにとっては経験してきた過去ってことでも、現状では10年くらい先のことだし。
《そこです。我々がその記憶をしっかりともっていることが原因ではないでしょうか。なにせ、この世界線の分岐の原因は、マスターの【ふりだしにもどる】ですから。ですから、前世界線におけるマスターの死にいたるまでの情報が、ひとまずこの世界の“予定”ということになってしまっているのではないかと》
はぁっ!?
え? ヤバいじゃん。どうみてもそれぞれの事象のつながりは全くなくてただの暴論的推測だっていうのに、それが正しいって感じる。
え? ってことはだよ。
みんな、私が明日をも知れない命だからこんな構い倒してきてるってわけ?
《そうではないかと》
さすがに私が死んでる記憶なんてものはないんだよね?
《えぇ。ですから漠然とした不安から、こうも連絡をしてきているのではないかと》
「おー……また変なところに影響が出てきたもんじゃなぁ。えーっと、あれじゃ、“でばふ”とかいうやつじゃな」
で、デバフ!? あぁ、デジャヴね。デバフは負荷ってことだからね。つか、デジャヴの発音でデバフいわれても普通にデジャヴって聞き取れそうだよ。
でもこれって地味に厄介なことだよ。なんとしても死亡イベントを回避しないと、なんか取り返しのつかないことになりそうなんだけれど。次回の人生とか監禁されそう。
「最悪、主様の【現実改変】でどうにかするしかないのではないか? この予感めいたものを消す方向でなんとかならんかの?」
それねぇ……。ちょっと考えてみたけれど、どう改変すればいいのか、いまいちわかんないんだよね。変えようとしている部分があまりにも漠然としすぎててさ。なんか、失敗しそう。
《下手をして、マスターの記憶をすべて忘れるなんてことになったら目も当てられません。さすがに、マスターの存在が消えるなんてことにはならないと思いますが》
え……? つまり、私が生まれてこなかった世界線ってこと? え、できんのかな?
「うむ。如何のじゃ。主様が本当に死ぬなど我慢ならぬ。やめてたも」
いや、大丈夫。やらない、やらないから。だからみんなしがみつかないで。私まだちっちゃいんだからさ。
はぁ。よし、今回の人生はちょっと気をいれて用心しよう。
でも問題は、初見の殺人をこれまで一度も回避できてないんだよなぁ。
とりあえずは、直接的な刃物による攻撃に対する防御。回避ではなく防御方法についてしっかりと考えるとしよう。




