前世 その五 前編
少し長いので前編後編にわけます。
今度の転生では、どうやらとても平和な時代に生まれたらしい。
自分を取り囲む六つの瞳を見てホッとした。もう、人を殺すような事をしなくてすむんだって。
まさか生まれたての赤ん坊がそんな事を考えてたなんて、周りの大人は誰も知らないだろうな。
ただ一つだけ今回の転生に文句を言いたいことは…。
なんで…なんで…。
この俺がこんなぴらぴらドレスを着せられてるんだよ。
そう、今回の転生で俺は女になった。
まだこの転生で何をしていいのかなんてわかんない。
だってまだ子供だもんな。
♪
歌を歌う度に周りの人が笑顔になる。もっと笑顔をみたくって、たくさん歌を歌った。
歌が大好きだ。
「出てみない?」
おやつは何にする?って聞くみたいに母親っぽい人が私に尋ねて来た。
どう見ても、この無駄に期待しているキラキラした笑顔を見てわかったよ。この人は私にこれに出て欲しいんだって。
俯いて子供らしくないため息をそっとついたら、何だか目の前の人から泣きたいわ〜って言うどよ〜んとした雰囲気が辛いんですけど…。
「出てみるよね?」
それって、出るって言う前提だよね。
そんなにキラキラした目で見なくても良いじゃん。
まあ、聞き分けの良い子な私は人がどんな風に自分を見るのか知ってたから、自分が可愛く見える角度(斜め四十五度でえくぼ付き)の笑顔で応えてやった。
「うん!」
運もあったのか、俺…いや私が出たタレントオーディションで本戦まで行ってしまった。
全ての不幸はこの時から始まったのだろう。
時は半年前までに遡る。母親の気まぐれで出されたタレントオーディション。
それに勝ち進んで行った私は、地域でも有名な子になった。
道を歩いているだけで写メを撮られるのは、当たり前。後を付けられたり誘拐されそうになったりしたこともあった。
有名になると言う事は、そう言うリスクもあるんだと六歳の子供の姿で心配し泣き叫ぶ家族の前で納得した。
この元々オーディションは三ヶ月から半年の長い期間がかかる。何しろ各地区で予選をやって、予選を通った百人の中から本戦への通過切符をもらえるのは、十人だけ。
その十人から決勝に進めるのはたったの三人だけだ。
街をあるけばみんなに頑張ってと期待される。駅や市役所の壁には私の名前を書いた垂れ幕が下がっている。
周りの大人達の期待は天にも昇るほどだった。
なのに、私の心は何も響かない。とても冷静なのだ。
私は順調に予選から幾つもの段階を経て本戦へと勝ち進んだ。
母親だと言う人の服装は、段々派手になっていく。
「次は決勝だわね。頑張ってね、あなたなら優勝間違いなしだから」
母親と言う人の期待はまだ六才だった子供には大きすぎた。
こわい。
本気でそう思った。
もしも優勝出来なかったらどうなるんだろう。
この人達は私の事を愛してくれるのかしら。
「母さん。でもみんなお歌上手だよ。もし優勝できなかったらどうなるの?」
私の言葉に母親と言う人の綺麗な顔が醜悪に歪んだ。
「いたい!」
真っ赤なマニキュアを付けた爪で私の二の腕を抉るように掴んでくる。
「いいこと?あなたは優勝するの。それしかないのよ」
もう、この女の頭の中には私を娘だと言うことを忘れていたらしい。
金を運ぶ生き物…。
取材陣や一歩外に出れば、とても私を愛しているふりをしている母親は世の中の母親から見て理想の母親だと褒められていた。
理想の母親?
どこがだ。
今回は平和な人生を送れそうだと思ってたのに。
現にこの女の夫は、私の七才の誕生日の次の日に六歳年上の兄を連れて、家を出て行った。
原因は私にあるんだろう。
私がこのオーディションに出てから、とにかく私達親子を見る周囲からの目が変わった。
オーディションは全国区での放送だったから、どこに行くにも知らない人達から囲まれてとにかく大変だった。
折角の家族との旅行でもマスコミやファン達が押し寄せて来て、写メを撮ったりして、家族はいつも人から見られているって言う恐怖を持つようになった。
そりゃあ始めは注目されて嬉しそうだった兄が、私を疎ましく思うようになるのは当たり前だろう。
兄に新しい友達や恋人が出来てもすぐに別れていた。
それがどうしてなのかは知らなかった。無知は罪であるって誰かが言ってた。
「えー妹いないの? 妹が家にいるって思ったから付き合ったのに、もういいわ。役立たず」
彼女や友達に毎回兄がそう言われてたなんて、私は知らなかったの。
母親は人が変わったように着飾るようになった。少しでも自分の言分が聞かれなかった場合は、自分の夫に対して行動を制限するようになった。
自分は私や兄の世話で外に出れないのだから、私の捌け口になりなさい。そう言っているようだった。
家の中ではいつも母親の金切り声がしてた。
「どこで何をしてたのよ!!」
「私が働きたくても、この子達の世話でどこにも行けないのよ!」
「そのくせ、一歩外に出ると自慢の良い娘さんを持って幸せだわねって集団で言いながら、人の買い物かごの中身をジロジロ見たり、服装チェックまでされる私の気持ちを考えてよ! いつも外に出ているあなたに私のこの気持ちが分かる?」
少しでも夫の帰りが遅くなった日には、あの人の金切り声もパワーアップする。
「いつどこで何をしていたのか教えなさい!」
言葉だけを聞いていれば、まるでお前はストーカーか?と言いたくなるくらいだ。
「私知ってるんだからね。あなたがホテルに行ってた事」
なんと母親は夫の行動を監視するためにタイピンにGPSを付けていた。
度重なる母親の異常なまでの行動にとうとう父親は切れてしまった。
父親が上の兄を連れて出て行ったあの日の事は今でも忘れない。
「すまない。お前を置いていくことを許してくれ」
子煩悩な父親は私がオーディションで勝ち進む度に辛くはないかと聞いて来てくれた。多分、彼は私に普通の娘としての人生を歩ませたかったのだろう。
そんな父親と兄の顔には殴られたような痕があった。兄の目の周りはどす黒くなっていた。
だから分かったんだ。
ああ、そうか。この人達はあの人の呪縛からやっと解放されるんだね。
ごめんね。苦しませて。
私が生まれて来なかったら、早くその呪縛から解放されてたのにね。ごめんなさい…。私はいつまでも大きな影と小さな影が見えなくなるまでずっと外を見ていた。
来週は決勝だと言うのに、何だか不吉な予感がしてならなかった。




