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どう見ても、とてつもない骨董だ。時代としては、目覚まし時計が発明されるよりも前の品に見える。もちろんあり得ないが。
そのくせ最新のテクノロジーを感じさせるのは、文字盤の上部に電子的な表示が流れる小さなディスプレイがあるからだ。蝙蝠の翼の辺りもぼんやりと光っている。
「こちらは、恐怖の目覚まし時計といいまして」
一瞬置いて、隼人は噴き出した。
「すみません、今なんて」
「いえ、まじめな話なんです。こちらは古いものをベースにした最新型で、恐怖の目覚まし時計という、デザインとしては一点モノになります。時計自体はゼンマイなんですが、中核の目覚まし機能の部分が」
「ちょっと待って、恐怖って、何が恐怖なんですか」
隼太はまだ笑っていた。
無理もない。小学生の怪談話でももう少し気の利いたネーミングをする。それに恐怖の目覚まし時計では、ホラーに持って行きようがない。
しかし店員は、大まじめだった。
「これは寝ている方の呼吸と、あと、睡眠中に放出される脳波をAIが分析しまして、その方が、その時に一番怖いと思う音を出すんです」
「怖いと、思う音?」
「はい、具体的には、怖い音で悪夢を見させて、飛び起きる方向にもっていきます。ほら、覚えがありませんか? 足を踏み外して崖から転落する夢を見たりしますと、たいてい、跳ね起きますよね。ただ、あまり気持ちのいい寝覚めではございませんのでどなたにでもお勧め……、はできないんですが、大事なお仕事に遅刻されるほどの深刻な朝寝坊の方には、どうでしょう、背に腹は代えられないと思うのですが」
やはりこのオネエ。今朝のことを覚えている。朝急いでいたのを知っていて、これを進めてきたのだ。
隼太はそう結論付けたが、この目覚ましが本当だとすると、確かに、背に腹は代えられない。
「ちなみに、お幾らですか?」
「五万二千円でございます」
「五万!」
「はい、お値打ちかと」
隼人は考えた。
いかにも胡散臭い。だいたい寝ている人の脳波を簡単にキャッチできるものだろうか。それに夢に働きかける技術が完成していたらエンタメ業界が放っておくわけがない。
「もしかして、担いでませんか」
「お疑いになるものもっともですが、私としては『本当です』と言うほかありません。これを開発した人は “夢を売る商売” だと申しまして、技術は非公開で、手作りしております」
非公開。
こんな高度な技術を特許申請していないというのか。それなら、五万でも高くない。いや、むしろ安すぎるくらいだ。
待てよ。ここは一度、冷静に調べてみた方が……。
隼太は頭のなかでいろいろと思案した。
その結果、
「あの、夕方、もう一回寄りますので、取り置きしておいてもらえますか」
と申し入れたのだが、
「申しわけございませんが、当店は縁を大事にしておりますので、お取り置きはできかねます」
オネエ店員はにべもなかった。
隼太は進退窮まった。
頭では胡散臭いと思っているのに、心のどこかが、これを逃してはならないと警告を発し続けている。しかし五万二千円……。
ふいに閃いた。
財布のなかに、進学塾のノビール学校法人の接待用として十万円の仮払金が入っている。
あの法人との契約は延長ということで確定しているし、今度の接待は理事相手じゃない。現場の下級管理職との懇親会のようなものだから簡素に済ませても問題に発展することはない。飲み食いを馴染みの店にすれば領収書はどうにでもなる。
よし!
「わかりました、買います」
「さすが、お目が高い。今、お包みいたします」
隼太は五万二千円を現金で支払い、腕時計で時間を確かめた。
昼休みはあと五分を切っていた。目覚まし時計を買いに行っていて、午後の業務に遅れました、では洒落にもならない。
このとき、落ち着かない心持ちで腕時計を見ていた隼太は、包装作業をしていたオネエ店長が目覚まし時計に向かって手をかざし、何やら念を送っているのを見ていなかった。




