3.
隼太が向かったショッピングセンターは、新旧二棟あるうちの古い方だ。
ここは計画的に開発された施設ではなく、駅ビルの改装に伴って不要となった旧館を、地元の商店会が中心になってテナントを誘致したショッピングセンターだ。
名の知れたメジャーなテナントは新館に店を出しているし、建物も傷んでいて何とも垢ぬけない雰囲気だが、コアなファンに人気のネイリストのショップや、リーズナブルな価格で仕立ててくれるテーラー、革製品の職人が、自ら作ったバッグや小物を販売する店など、個性的なショップが二、三ヶ月ごとに入れ替わるので流し見しているだけでも飽きない。
四階まで上がり、エスカレーターを降りながら各階を散策して涼むつもりだったが、トイレ脇の小さなコマに新しいショップが入っているのを発見した。
“ちょっとビターなアラームの店”
アラーム……、目覚まし時計のことか?
腕時計で時間を見ると12時41分。若干フライングしたとはいえ、さすがワシワシ食堂だ。料理が速いから昼休みが有効に使える……、いや食うのが速いのか。
隼太はちょっと覗いてみることにした。
正面から見ると間口は狭いのだが、意外に奥行きがあった。一歩なかに入ると、迫ってくるような品揃えに圧倒される。
ただ、入り口付近に展示されているのは振り子式の掛け時計や鳩時計などだ。これはアラームではないだろうに……。
隼人が首を捻っていると、いつの間にか傍らにいた店員が、
「当店では鳴る時計はすべてアラームと称しております」
と説明してきた。
ぎょっとして首を竦めたのは、店員が急に現れたからではない。その店員が、今朝、隼太のことを罵倒した女だったからだ。
改めて女の人相を見て驚いた。
女ではない。
女装した男だ。
「お探しなのは、目覚まし時計ですか?」
声は、女だと思って聞けば女、という程度で男だとわかってしまえば男にしか聞こえなかった。
「ええ、まあ」
女、いやオネエ店員は隼太のことを今朝ひと悶着あった男だと気付いていないらしい。
しかし。
こいつは確かに「待ちなさいよぉ」と言って睨んできた。
気付いていないはずがない。
気付いていて、しかし仕事は仕事と割り切って、ひとりの客として対応する気だろうか。
「目覚まし時計でしたら、古いものから最新のものまで揃っておりますから、さ、どうぞご覧ください」
はあ、と素っ気なく答えて店の奥に足を踏み入れると、なるほど、ヨドバシなどでは見られないユニークなデザインの目覚まし時計がショーケースにも入れられずに壁の棚に陳列されていた。
「当店は、デザイナーの一点モノや骨董を中心に揃えておりまして、目的によってお勧めする商品が異なります」
「目的って。普通に、朝起きるためですけど」
「失礼しました。お客様は、朝が苦手でらっしゃいますか」
「ええ、今、完全停止しないと徐々に音が大きくなる最新のを使ってるんですけど、どうも」
「そうでしたか。でしたらゼンマイ式をお勧めします」
「ゼンマイ?」
思わず声が裏返った。
「はい、古臭いと感じられると思いますが意外といいんですよ。ゼンマイは毎日巻く必要がありますから、起きたいと思う前の晩、しっかりと自分で巻くことで起きる気持ちを作ることができます。これが電池式ですと、朝、鳴って当たり前ですので、それで、慣れてしまうんです」
隼太は心のなかで『なるほど』と膝を打った。
「ゼンマイ式には、どんなものがあるんでしょうか」
「どうぞ、こちらへ」
オネエ店員はカーテンで仕切られた一角に隼人を案内した。
そこはスペシャルルームだった。
骨董的な価値がありそうな一点モノの目覚まし時計が二十台ほど、ジュエリーショップにあるようなガラスケースに収まっていた。
しかし。
見る分には楽しいが、こんな骨董品がちゃんと動くんだろうか。ここ一番で故障したら意味がない……。展示品を見ながらそんなことを考えていたら、オネエ店員が隼太の心配に先回りして答えた。
「見た目はいじっていませんが……、マニアの方にはその方が喜ばれますので。でもメカニズムは完全にメンテナンスしてありますし、目覚まし機能には最新のテクノロジーが使われております」
「そう、なんですか」
微妙なイントネーションに不安な感情を察知した店員は「ご心配でしたら」とガラスケースから、一台の目覚まし時計を取り出した。
それは、ベルがある位置に蝙蝠の翼のような装飾を施された、ひと際古そうな目覚まし時計だった。




