2.
ワシワシ食堂は美味い・安い・ガッツリの三拍子揃った男飯の定食屋だ。
客層は、工事現場などの肉体労働系が多いが、隼太たちのように、食欲旺盛な若い勤め人も多い。女の客はほぼいなかったのだが、最近はギルティ―消費とかでたまにいたりする。がっつりいきたいときに女の目は邪魔なのだが、こればかりはしょうがない。
「俺は生姜焼きの大にハーフナポリタン、とミニカレー」
「お、初志貫徹だな。じゃあ俺も。唐揚げ定の大に角煮と、あとマカロニサラダ別盛で」
「あ、サラダいいね、俺も頼も」
個別会計に対応したタブレット端末から各々注文し終わると、隼太は、今朝の改札口での出来事を話した。
「改札んとこに、なんかトロそうな高校生がいてさ。こっちは急いでんのに、改札機の前まで来てからカバンから定期出して、で、タッチするんだけど、今度は反応しないの、そもそも財布ごとタッチしてんのがムリなんだけど」
「女?」
「男。で、渋滞するじゃん、公開処刑の日だってのにさ」
「それで遅れたん?」
「いや、そんなヤツのせいで遅れたくないからさ、そのガキの肩掴んで後ろに回れっつったわけ」
「うん」
「したらそいつ、たいして力入れてないのにワザと尻餅ついて被害者ぶりやがって」
「わざとなんだ」
「絶対そう。したら、近くにクマみたいな女がいて」
「やばいじゃんそれ、月の輪?」
「ちゃかすなって。とにかく厳つい女。髪傷んでるし顔は脂ぎってるし、そういう、ぜったい男に縁のない女がさ、ちょっとぉ、待ちなさいよ! てでっかい声で」
「追いかけられたの?」
「いやそうじゃないんだけど」
「じゃあ遅刻とは関係なくね?」
「そうなんだけど」
関係ないとはっきり言われて、隼太は、なんで自分はこの話を康太にしてるんだろう、と思った。
「まああれよ、すっげえ不気味な感じがしたってわけ」
急に、背筋に冷たいものが走ったような気がして、思わず客席を見渡した。
あの野性的な感じは女の括りには入らない。だからワシワシ食堂にいても不思議じゃない……、が、店にあの女の姿はなかった。
気のせいか。
「でもお前も気を付けないと、朝はほんと。仕事案件で遅刻なんてしたら、専務じゃないけど始末書じゃすまないかもよ、マジで」
庸太はそういうが、この業界は常に人手不足だ。そのうえ、想い出コマースは給料が安い。そんな会社にいてやるんだから感謝されたってい。必死に働くなんてバカだ。
第一、もしナンバーワンを取ったら次クールのハードルは確実に上がるのだ。それなら、多少の嫌がらせを我慢しても楽しくやった方が得だ。要は、怠惰な気持ちを悟られないように頑張っている振りをすること。それが隼太の働き方だった。
「ああ、わかってる。でもダメなんだよな、朝。ほんと昔っから、鬼門だわ」
「よくお前、旅行代理店なんて就職したよな」
隼太は「はっは」、と大声で笑って話を変えようと思ったのだが、庸太にはその気がなかった。
「隼太はさ、モーニングコールしてくれる、いい人とかいないわけ?」
彼女いない歴は今年で四年目に入っている。
「庸太はいるのかよ」
「俺はほら、いないけどさ、目覚まし三つ掛けてるから。てかひとつ目が鳴る前に起きるんだけどな」
「何なんそれ、自慢か」
「隼太は目覚まし、どんなの使ってんの」
「普通の、つうかスマホセットして、あと、止めるたんびに音量がおっきくなるやつ」
「何個?」
「数じゃないだろ」
「お前が言うな」と突っ込まれたところで大盛りご飯に、デフォルトで付く丼の豚汁と煮物の小鉢、それに漬物が運ばれてきた。
この食堂は、このセットだけでコメがワシワシ進む。
本能にしたがって白飯を掻っ込んでいると、専務の嫌味や奨学金の返済といった憂鬱なことを、一時的とはいえ、忘れることができた。
こうやってストレス食いしているうちに年を取って、代謝が落ちて、腹が出るんだろうなぁ、などという他愛ないことを考えて本能に身を任せている時間が、隼太は何よりも好きだった。
ふたりは、間もなく運ばれてきた料理のボリュームに感嘆の声を上げ、二十代男性の外回り営業職にしても優にふたり分はあろうかという量のランチをわしわしと掻き込み、食べ終わると、女の目がないことをいいことに大口を開けて爪楊枝で歯の間をせせった。
ガッツリ飯を詰め込んだ腹をぽんぽんと叩きながらワシワシ食堂を出ると、庸太は
「俺、タバコ吸ってから戻るわ」
と、ビルの裏側を指さした。くたびれたテナントビルには、今でも喫煙所が残っている。
「おぉ、じゃ俺、ちょっと涼んでから帰る」
そう言って、隼太は、駅に隣接したショッピングセンターに向かった。




