第89話 私、貴き木に祈りを捧げる
結界の中に入った感じ。
いや、もっと強固な。
この場だけ切り離された空間。
後ろを振り返ると、本家の子分ズがいない。
もっといえば、私と晶露様、そしてロウ以外存在しない。
この地に着いてから感じていた、清浄なる空気が、一層神々しいまでにレベルアップされた空間になったようである。
やはりゆりのきの巨木は、ご神木に近しき木であったようである。
そして、どうやら私たちを歓迎してくれているようである。
神の眷属とも言える妖精、ロウが同行しているからであろうか?
そのロウはと言うと、恐れ多くも、ゆりのきの巨木の一枝に止まり、うっとりとしている。
だめだ。あれは役に立ちそうにないのである。
せっかく舞の補助を教え込んだというのに。
「ねえさま、ここはさっきとじげんがちがいます」
場所は同じでも空間がずれたことに、敏感に察知した晶露さまが、私の手をぎゅっと握る。
それにしても晶露様、難しいこと言葉を知っているな、次元か。言い得て妙だな。
不安そうな晶露様の手を、私はぽんぽんとたたく。
「大丈夫です。こちらの大樹様は、私たちを歓迎してくれているのです。心配はありません」
「はい」
私の言葉に安心したのか、晶露様がほっと力を抜く。
うーん。私の言葉にまったく疑いを持たない。
晶露様の信頼度がこわいのである。
ロウをもう一度見る。もはやうっとりを通り超して、恍惚としている。
だめだ、使えなさそうである。
仕方がない。
我ら2人でこなすしかないだろう。
「晶露様、準備のお手伝いをお願いします」
「はい」
幸いにして、必要な荷物は同じ次元にちょこりとあった。
うむ。次元。私も使わせてもらうのである。
私はその荷物を紐解き、ゆりのき巨木の近くに設置していく。
まずは小さい折りたたみテーブル。
祭壇の代わりである。
「晶露様、これを」
私は御神酒の入った瓶子を晶露様に渡す。
晶露様は祭壇にそれを置く。私は水の入った瓶子をその隣に置く。
ゆりのきの巨木への捧げ物である。
これで準備完了である。
私たちは祭壇の前に再度跪く。
「ぼくたちのおいのり、ゆりのきさんにとどくとよいのですが」
「そうですね」
前世の知識だと、これで人外への祈りは通じる筈であるが、この世界ではいかに。
現世の日本は前世の世界からみれば異世界である。
こちらで通じるかは不明である。
少なくとも無礼にはならぬと思われる。
「しっかりと祈りを捧げましょう」
「はい!」
私たちは祭壇の前で、祈りを捧げる。
晶露様とは予め祈りの内容は打ち合わせ済みである。
<私は灰咲大海>
<ぼくは本宮晶露>
<<と、申します。本日はこの地に来訪出来ましたこと、誠に喜ばしい限りでございます>>
まずは自分が何者であるかの自己紹介。
次にこの地を訪れた目的、我らは己の気の力を使い、邪悪なるものを退ける役目を持つ一族で、それを全うする為に更に内にある力の解放、あるいは向上を望めればと参拝したことをやんわりと伝えた。
願い部分口上は省略させていただく。
初見での願いとしては、図々しいくらいなので、ここでは披露しない。
本来ならば何度か訪れてから、願うのが筋であろう。
しかし私たちはまだ幼児、そう何度も来られないので、仕方なく初回の訪問で願うしかなかった。
そこは汲んで欲しいところである。
なお、すべて口上はエルフ語である。
はあ、気力をごっそりと持って行かれたよ。
横をみると、晶露様は平然としている。
わかっていた。口上の練習をしている時から、疲れをみせなかったからな。
力の差か。
くう。
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