第75話 私、異能について考察す
私はテレビの情報から、考察を深めて行く。
パワースポットなる場所、その場が神域あるいは聖域に似た場ならば。
そこに行けば、私の異能の力も増すのではないか?
我らが一族に与えられし、異能力。
それは私の体内にあった魔力もどきの力である。
私が仮に魔力もどきと呼んでいる力についてここで少し話しておこう。
現世で異能と呼ばれる力、私が発現できるのは視る力だけである。
視る力、これが私の体内に宿る魔力もどきが関係しているのかわからない。
もしかしたら、前世の記憶に引っ張られての発現の可能性も考えられる。
わからないなら調べるまで。
私は転園した学園の幼年部に図書室がなかった為、私の新しい導き手になった教諭に小学部の図書室への入室許可を願ったのであるが、認められなかった。
パワースポットなる場を知る前から、再三にわたり、お願いしていたのであるが、全く認められなかったのである。
転園して来てから4ヶ月あまり。私のしっかりとした行動を見ても、許可を出さないとは憤りを禁じ得ない。況してや私の能力向上のきっかけになるかもしれぬものが見つかったのだからなおさらである。
しかし、ここでだだをこねても始まらない。
学び舎での調べは、断念するしかなかった。
が、天は私を見捨ててはいなかった。
そう、私には本家の書架の閲覧が許可されていた。
異能について知ること。私を若君の筆頭許嫁候補に据えたぐらいである、私が異能について深く学ぶことは、本家の望みでもあるのは当然であろう。
易く本の貸し出しは行われたのである。
書籍によっては本家からの持ち出し厳禁のものもあったが、学び始めの基礎的な内容の書籍は家に持ち帰ることを許可されたので、私は自室にてじっくりと読み進めることができたのである。ありがたいことである。
書籍を読み進めるうちに、わかったことから順に記していこうと思う。
前世では魔力と呼ばれていた異能力、今世我が一族の間では、気と呼ばれている。
気とは生命エネルギーそのものであり、それを高めることで我が一族は実体化していない妖を退治できるらしい。
気とはなんともつかみ所もないものである。まず目に視えない。だが確かに存在する。
その性質は異能は異能でも魔力と異なるもので、清浄なるエネルギーと言えよう。
この気は、鍛錬により高めることはでき、また精神の浮き沈みにより、発揮できぬものでもあるらしい。自在に使用するには集中力が必要であり、たゆまぬ努力が大切であるらしい。
またこの気であるが、鍛錬により質を高めることはできるが、容量はほぼ生まれた時に決定づけられているらしい。
もちろん、成長に伴い、気の量は多少多くはなるらしいが。
これは前世の魔力量の仕組みと酷似している。王族、あるいは上級貴族は得てして魔力量が多いお子が生まれることが多いが、庶民は魔力は少なかった。
そしてこの私、分家序列最下位、それも一族以外と婚姻を結んだ者の子ならば、無能力者である可能性が高かったが、幸いにも微量であるが、気を有していた。
まあ、私の気の量が少ないのも頷ける。
が、納得できるものではない。
私の前世では上級貴族ではなかったものの、魔力量が並以上あった。
それとしてやれることも多かったのである。
その前世の記憶がある私としては、現状に対して大いに不満がある。
晶露様と日々過ごし、行動することで、本家や序列上位の分家の方々をお見かけする機会があった。
そんな時、気合いを入れてじっくりとその方たちを観察すると、体内にある気の大きさに驚くことが度々あった。
中には私と同じくらいの年でも私より遙かに多く気を持つ方もいた。
ここで一言言っておく。
本家直径の当主や若君、そして弟君の晶露様は圧倒的な力を持っている。
本家直系伊達ではない。分家と比べるべきもなし。
誠にうらやましい限りである。
また鍛錬の成果であろうか。本家の方々はその力を内に秘められ、制御されておられるので、今の私の目では全容を視ることがまだできていない。
底がしれないのである。
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