表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/24

第7話 私、典礼専用の館「明けの明星」到着す

主導権移行。

 私と父を乗せた車は、本家本邸敷地内にある、とある建物に到着した。

 私は、車の後部座席の窓から眺める。

 ここが本邸なのであろうか?

 純日本家屋とは程遠い、見た感じ、洋館と称したほうがよい建物である。

 本家の母屋でない可能性が大きい。

 来賓をもてなす為の別邸?

 いや、確かめるまで私は認めない!諦めないぞ!

「到着でございます」

 運転手さんに車のドアを開けてもらった私と父は、白亜の洋館に似つかわしい入り口に降り立った。

 洋風の館。私が前世で住んでいた邸宅に、雰囲気が少し似ている。

 石造りの3階建ての邸宅だ。左右に広がりを見せる屋敷は、数十人は泊まれるほどに大きい。これで奥行きもあれば、泊まれる人数の桁がもう1つ増えるだろう。来た道のほうに目をやれば、手入れがきっちりされたシンメトリーな庭がある。

 この館だけ見ても、かなりな財を想像させるに難くない。

 本家は間違いなく、金持ちである。

 私たちが建物に圧倒されていると、両開きの扉がゆっくり開かれた。

 自然、私たちの視線は玄関内側に、向けられる。

 広いエントランスには、柔らそうな深紫こきむらさきの絨毯がひかれており、1人の初老の男が、私たちを迎えた。

「ようこそ、おいでくださいました。私はこの館「明けの明星」の管理を任されております、榊と申します」

 うむ。榊さん、前世で言うところの、執事のような役割をしているのか。

 分家序列最下位の、それも分家の末流の私たちの出迎えに、メイドではなく使用人筆頭が迎えに出てくるとは。

 分家末流とはいえ、やはり許嫁候補として、少しは重きをおいてもらっているのだろうか。

「お、お出迎え、ありがとうございます」

 父よ。緊張しているのか。その気持ちはわかる。

 ぴしっとした黒いスーツを着こなしたこの初老の男性。

 ポケットチーフは白だ。迫力がある。

 我らは庶民。萎縮もする。

「父、入っても?」

 私は、父を促す言葉をかけた。

 でないと、父が前に進みそうもなかったからである。

「あ、入ろう」

 父、私の手をぎゅっと握りしめながら、ぎくしゃくと動き出した。

 少し痛かったが、父を勇気づけるために、握り返してやる。

 そうして入ったエントランスは、半円形。

 エントランスだけでもかなりな広さである。

 うちの居間が、いや一階部分がまるごと入ってしまいそうである。

 正面には2階へと通じる階段があった。壁には品の良さを漂わせる油絵が飾られている。エントランス両奥には大きな花瓶に、色とりどりの季節の花が挿されている。

 花瓶は大人が1人で持ち上げるのは厳しいそうだ。それに付随して値段も比例していそうである。

「灰咲家の近平様、大海様でございますね?お待ちしておりました」

 榊さんがさっと横にのいて、私たちを迎えいれるように、所作で示す。

「はい。早く着きすぎてしまいまして、申し訳ございません」

 父は小物感全開で、ぺこぺこと、頭を下げている。

 まあ、庶民だったら、普通の反応だな。

 慣れてないんだから、仕方がない。

「おはようございます!灰咲大海と申します!今日はお世話になります」

 ここで一礼。私には前世の記憶があるからな、これくらいでは怖じ気付かない。

 子供らしく、元気に挨拶など、訳もない。

「これは可愛いお嬢様、いらっしゃいませ」

 榊さんが少し目尻を緩ませて、挨拶を返してくれる。

「ここが、父がお話ししてくれた本家様の母屋でしょうか?さすがに大きいですね!」

 そう、無邪気さを装って確認する!

 今日の一番目の重要項目を!

「こちらは、儀式や典礼などを執り行う、専用の館になります。母屋はまた別にございます」

「そう、なのですね。こちらもすごい立派な館なので、本邸はもっとすごい建物なのでしょうね?」

「はい。大変趣のある、お屋敷でございますよ」

 榊さんがニコニコと答えてくれる。

 しかし私の心の中で項垂れていた。

 ああ、やっぱりそうだったか!残念!無念!

 それではこの館に図書室があったとしても、専門書などが置いてある可能性は低い。

「まだ開始までお時間がありますので、控えのお部屋にご案内いたします。そちらでしばしお待ちくださいませ」

「あ、ありがとうございます」

「よろしくお願いします!」

 くう。私の第一の目的が果たされる可能性が、早くも低くなってしまった。

 いや、私は諦めない!

 可能性がある限りは!私は気力を奮い立たせて、父の手をぎゅっと握った。


 次の迎えがあるからか、案内は榊さんから、年の頃20代と思われるメイドさんがしてくれるようである。

 いつの間にか控えていた、ホワイトブリムをつけた古式ゆかしきメイドスタイルの女性が私の歩調を鑑みてくれてか、ゆるゆると歩みを進めてくれている。ありがたいことである。

 メイドさんの胸のリボンは、緑色。

 廊下を静かに進みつつ、さりげなく観察。

 榊さんのポケットチーフは白。当たり前の色であったから見過ごしたが、使用人は皆、家色をどこかに身につけているのか。

 家色についてはのちほど詳しく述べることにする。今は待って欲しい。

 それにしても。

 隙がない。しっかり掃除もされて、壁にも、1つもシミがない。

 十分な使用人と、それへの教育も行き届いているようである。

 本家は何を生業としているか知らないが、資金はかなり潤沢にあるようだ。

 うらやましい限りである。

「こちらでございます」

 メイドさんが案内してくれた部屋は、小さいながらも豪華な部屋だった。

 豪華というのは庶民から見たら、というレベルだ。

 部屋に入って、やや左寄り奥にベッドが、右に応接セットがある部屋である。

 なぜベッドまでと思ったが、具合が悪くなった時などに使っていいよってことなのかもしれない。もしくは、この館が来客の宿泊も考えての作りになっているのかもしれない。

 ソファに導かれて私たちは向かい合わせに座ると、すぐにお茶が出てきた。

 父には紅茶、私にはホットミルクである。

「それでは時間になりましたら、呼びに参ります」

 メイドさんはそう私たちに告げると、さっさと下がっていった。

 今日はイベントがあるから、忙しいのだろう。

 ご苦労なことである。

「せっかく出してくれたし、いただこうか」

「ん」

 父はネクタイを少し緩めてから、紅茶を一口飲んで、大きいため息をついた。

 珍しくスーツを着ているからか、窮屈なのかもしれない。

 普段警備の仕事をしているなら、制服を着ている筈。それほど変わらないのではないか。警備の仕事は荒事になることもある。意外に制服は動きやすくできているのかもしれない。となると、緊張しているのかもしれない。いつもは闊達な父だが、本家の家にお邪魔するとなると、やはり緊張するものなのか。

 ちなみに、父のスーツの色は灰色。ネクタイはスーツよりも濃い灰色である。

 おっと、冷めないうちに、私もミルクをいただこう。

「おいし」

 はちみつ入りだ!これが入ってるか否かで、味が大分変わる。

 美味である。

 2人、一息ついたところで、私は父に話しかけた。

「父、父の話では、私たちの家は、分家の、それも分家の末だから、扱いもそれなりだろうと聞いていたけど、私たちだけの個室を用意してくれるなんて、驚いたね」

 この部屋の作りからして、共同の控え室には見えない。

 おそらく今日一日、この部屋は、私たち専用だろう。

「パパも驚いた!控え室といっても、分家毎に別れての、大部屋に案内されるかと思ったからさ」

 父も想定外だったらしい。

 なるほど。そういう場合もありか。

 ひょっとしたら、若君の許嫁候補の女子については、個人の専用の控え室を用意されているのかもしれない。

「パパは、あまり、家同士の付き合いもしてないから、こうして個室なのはありがたいな」

 そうだね。父はそういった付き合いは、苦手そうである。

 避けて通れるほどに、我が家は本家や他の分家から、重きを置かれてはいなかったのであろう。うむ。避けて通れるなら、いいのではないだろうか。親戚付き合いというのは、色々気を遣うものだからな。

 父の言から、もう少し考えを巡らす。

 私の家のような末の分家まで、個室の用意がなされている。

 となると、許嫁候補になっているお嬢様方は、それほどの人数はいないのかもしれない。

 でなければ、分家の末の娘にまで、こうして部屋の用意はないだろう。

 ともあれ。

 私は半分ほど残したカップを慎重にソーサーに戻す。この刺繍入りのソファに一滴でもミルクをこぼしたら、大事である。慎重にせねばならぬ。

 それから私は、ぴょんと立ち上がった。

「どこに行くの?トイレ?」

 父よ。いくら娘とはいえ、ダイレクトにきくのはいかがなものか。

 まあ、私もまだ5才。追求はしない。

 それとは別に、なぜそんな不安そうな顔をするのか。

 大丈夫だ、父よ。部屋を汚すようなことはしない。

 私は元気よく答えた。

「探検だよ!」

 せっかくの個室だ。

 私はこの世界の情報が、不足してる。

 加え、一般家庭の内部は見たことあれど、この世界の上流階級になるだろう家の中を知る機会など滅多にない。

 存分に見せてもらおう!

 決して興味本位ではない。教養を深める為である!

「そういうことなら、パパも」

 父の意図は、違うところにありそうだ。座っていても落ち着かないのだろう。

 ならば、ともにしよう!

 部屋の探索を!

 そう勢い込んで、始めたが、数分で終わってしまった。

 うむ。壁にある絵画は、抽象的すぎて、よさがわからない。

 小さい本棚にある本は、子供向けの絵本が数冊置いてあった。

 私が使う事前提での、チョイス。主人の心配り、痛み入る。

 が、私が求めている書籍ではない。

「楽しかったか?」

 私の後ろにいた父が、一区切りついたのがわかったのか、顔をのぞき込んできた。

「うーん」

 私の顔と今の返事を合わせみれば、私の心境は察しられよう。

 私は一旦、ソファに戻り、残りのホットミルク飲み干した。

 部屋の時計を見る。

 最初に行われる初見えの前儀が始まる時間まで、まだ1時間半ある。

 私たちは万が一渋滞にひっかかることを考えて、かなり早く家を出たので、時間に余裕があるのだ。

 私はこの1時間半を有効に使いたい。

 私はその決意を胸に、真正面に座る父を、ひたりと見つめた。

「父」

「なんだい」

「この部屋内部は見るべきものは見た。私、ほかも見て回りたい」

「ええ!?だめだ!人様の家を無断で歩き回るなんて!めっ!だ!」

 めっ!と言われても。

 私の今日の主目的は館の探索なのだから、諫められても決行する。

「だいじょうぶ!ちょっと見て回るだけだから!」

「だめだ!」

「お願い!」

「だめ!」

 反対は予想された。私が親でもそうするだろう。

 黙って抜け出せる状態でなかったから、こうして父に告げるが、もし隙があったならば、こっそり部屋を出て行っただろう。

 しかし、父も警備の仕事をしている。

 父に力ずくでとめられたら、5才の私には勝ち目があろう筈がない。

 時間は限られている。父をなんとか説得せねばなるまい。

 仕方ない。

 奥の手だ。

「お願い!お願い!パパ!」

 私はうるりと瞳をさせ、両手を組み、父を見上げた。

「う!」

 父がひるむ。もう一息か。わたしの羞恥のゲージも、マックスに近づいている。

「そうっと見て回るだけ!少ししたら帰ってくるから!ねっ!」

 こてりと私は首を傾げた。さあ、これでどうだ!

 自分でもわかる。頬が熱い。

 私の中身は大人の男子。ダメージは計り知れないのだ!

 これで諾の返事を父よりもらえなければ、立ち直れない。

「……仕方ないな。少しだけだぞ?」

「はい!」

 やった!恥をしのんで、頼んだかいがあった!

 ふう。もうこの手は、二度と使いたくはない。

「パパもついて行くよ」

「それはだめ」

「大海1人で、行かせられる訳ないだろう!」

 最もな意見である。

 だがしかし。

「考えてみて欲しい。私だけなら、もし誰かに見つかっても、迷子になりましたっていえば、許してくれると思う。けど、父がいたら、不審に思われてしまうよ」

「娘が、屋敷内を見て回りたがったって説明すれば、大丈夫だよ」

「それで許してくれるかもしれないけど、父の評価が下がってしまうかもしれない。父も警備をしていて、うろうろしている人がいたら、警戒するでしょ?」

「ああ、そうだな。うーむ」

 私は、それを望まない。

「私、普段から慎重に行動してる。今回もそう。信用して、少しだけ探検させて?」

 私も無理を言っているのは、十分承知している。普通5才のお子様を、1人で行かせるなんてしないだろう。

 けれど、私には実績がある。

 年の割に、手のかからない子供なのだ。

 母のお手伝いも率先して行っている。

 まあ、前世の記憶があるのだから、当然と言えば当然なのだ。

 だからこそ、父。どうか私を信用してほしい。

「パパ、こう考えて見て。私の初めてのお使いならぬ、初めての1人歩きだと。でもこの館の中でなら、危険はないよ?困ったら、メイドさんを捕まえて、この部屋に戻ってくればいいし」

 しばらく父は考えていたが、決心がついたのか、やっと頷いてくれた。

「わかった。行っておいで。ただし、危険なことはしちゃだめだよ?」

「ありがとう、父!」

 やったぞ!私は、勝利を勝ち取ったのである!

「また、父に戻ってしまったか」

 父は苦笑して、やられたというように首を振った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ