第51話 私、若君と再会する。労いなし(怒)
「来たか」
晶露様をぎゅっと抱きしめていたら、背後から声が聞こえた。
来たか。じゃないのである!
もっと晶露様を大事にしろよ!
こんな状態の晶露様を1人しておくなんて考えられないのである!
いかな本家の若君であろうと私は文句の1つも言ってやろうと、憤った勢いのままに振り返る。
と、扉付近にいた若君の目の下に、くまがあるのを見つけた。
それを見た途端、私の怒りは少し収まった。
そうか。若君も頑張ったのか。それでも御しきれなかったのであるか。
その目の下のクマをみればわかる。徹夜だったか、それともそれに近い状態か。
若君も7歳である。子どもの身には辛かっただろう。
大変さが忍ばれる。
大人!大人の責任者出てこい!
口に出しては言えないがな!
ひとまずは弟君をベッドに寝かせようとしたが、弟君、がっつり私の服を掴んで放さない。
この服、よそ行きの服なんだけどな、胸元がびろーんて、伸び伸びになってしまうね。
念の為言っておく、色は灰色である。
本家訪問に家色は外せないのである。
よそ行きの服。我が家ではお高めの服であるが、仕方がなかろう。
これも、晶露様を置いて帰った罰か。
母が泣くね。その母は部屋の隅に控えている。
護衛してるんじゃないんだから、もっと近くに来てほしい。
えっ。若君がいるから、恐れ多いって?
その若君に真正面から相手する私の立場を考えてほしい。
視線でそんなやりとりをしていると、若君が口を開いた。
「場所を移そう」
おい。ここまですっ飛んで来た、私と母に労いの言葉はないのであるか!?
そういうところだぞ!若君!
口に出しては言えないがな!
この部屋を出るなら、私の服をがっつり掴んで放さない晶露様ももれなく一緒に連れて行かねばなるまい。
離れないからではなく、弟君が目が覚めた時に、傍にいないのは考えられない。
もし目覚めた時に、私がいなかったら、晶露様はいたく悲しまれるであろうからな。
同じ家の中にいるのに、それはない。
かといって、私は5歳の幼児である。
3歳の幼児を抱えてそれほど長くは歩けない。
若君は構わず、回れ右をして部屋を出ようとする。
「待て!ください!」
ふう!あぶないあぶない。言葉が過ぎるところだった。
いかんな。気分を静めなくては。
大声を出してしまったが、晶露様は起きる様子がない。
どうするか。母の手を借りるか。
そう思ったところで、
「失礼します」
との言葉とともに、晶露様の部屋に控えていた本家の子分らしき男が、私諸共、抱き上げてくれた。
そしてそのまま廊下へと歩き出した。
助かった。
しかし、この子分誰であろうか。
私の問いかけの視線を感じたのか、短く呟いた。
「松也と申します」
スーツの胸ポケットには緑のポケットチーフである。
相手は私を知っているだろうから、私は頷くだけに留めた。
晶露様を起こしたくないからである。
ちなみにロウはいつの間にか私の頭上だ。
自分が暴れると晶露様の立場が悪くなるのをちゃんと理解しているようだ。ちゃんと学習している。頭は悪くないようで何よりである。いや?静かすぎる!まさか寝ているのではあるまいな!?
しかしそれも責められぬか。ロウも寝不足であろうことは間違いないからな。
つらつらとそんなことを考え、ゆらりゆられて私は移動する。
うん、楽ちんである。
本家の子分なる松也さんの肩越しに後ろを見る。
母は私たちの後ろをついてくる。
母よ。どのような話し合いがされるのか不明だが、その時には頼りにしているぞ。
父は後からこちらに合流するのか。
それも気になる。
私もだが、母も父がいたほうが心強かろう。
3人寄れば文殊の知恵とも言うしな。
ふふふ。私も大分この世界のことわざとやらを理解してきているのである。
幼稚園の友、ネイちゃんには、言葉が古いと言われようが、良き言葉は積極的に使っていきたいと私は思うのである。
私の服をしっかり掴んでいる晶露様、すっかり安心して寝ているようで、よだれが垂れていて、松也さんのスーツに無意識にぐりぐりと押しつけている。
うむ。松也さん、クリニーング代を本家に請求してもよいと思うぞ。
私の服のよれも大きい。それに乗じて新しい服を所望するという挑戦をしてもよいかもしれぬ。




