第46話 私、帰宅許可おりたが
若君、話し合いの前に、1つ言っておく!
またノックしてないのである!
礼儀は大事である!
私は疲れているといえども、内心では突っ込みは忘れないのである!
そう、表には出せない声なのである。無念である。
しかし私は立場を弁えているのである。
今日はもう好配の儀を終えただけで、解放して欲しい!
話し合いは後日父としてくださらないか。
今日話し合わなければならないことがまだあるのか。
別れの挨拶なら不要である。
若君もお忙しい身であろう。
私に時間を割く必要はないのある!
そう言いたい!
しかし相手は本家の次期当主である。
無下にする訳にはいかないのである。
私は座っていたソファからさっと立ち上がり、左胸に右手を当てて彼らが来るのを待つ。
父はというと、若君とその後ろに三弥さんが入って来た瞬間立ち上がり、私と晶露様座るソファの後ろにびしりと控えた。
いや、父。本来であれば、大人の父が、私の保護者として、若君と話し合わなければならないのである。その行動は間違いである。
父?なぜに私と目を合わせようとしない?
私が咎めるように父を眺めている間に、彼らはすでにソファに到着してしまった。
仕方がない。ここは私が引き受けようではないか。
父に任せると不安であるのも、悲しいかな、また事実である。
父、しかしこれの貸しは高くつくぞ。
後で覚悟をしていて欲しい。
その願いを込めて父に視線を送るが、前方に視線をやったままだ。
豆のように小さくなるよりは、堂々としていたほうがいいけれど。
顔がまた無である。
ため息をつきたくなるのは致し方ない。
私が諦めて、前を向くと、若君が座り、その座るソファの後ろに三弥さんが父同様に立った。
ソファに挟まれたローテーブルには父のカップは下げられ、若君の紅茶が出されていた。
野衣さん、対応が早い。
「若君、若君につきましては」
と私が、略式の礼をとって、口上を述べようとしたところ、
「堅苦しい挨拶は不要だ」
と、遮られてしまった。
そして、「座れ」とのこと。
私はその言葉に従い、素直に座る。
私は今世の礼儀作法がわからぬ身である。
省略してよいものであるなら、ありがたいことである。
私は幸か不幸か若君の筆頭許嫁候補になってしまった身である。
今後今世の礼儀作法を学ばねばならぬと心に留めておくのである。
そう考えている間に、若君が口を開いた。
「さて、先程の好配の儀、ご苦労であった」
「ありがたく」
なにこの時代劇調のやりとり。
とても一桁の年齢同士のやりとりではないのである。
私はもう少しフランクに生きたい。
そして若君、父の位置取りに突っ込みはないのであるか?
「最年少であるそなたが一番堂々としていたと、父上も、おじいさまも言っていた」
ないらしい。それならばままに進めるしかないのである。
「過分なお言葉、痛み入ります」
「もう少しくだけた言い方はできないか?」
若君もそう思っていたのであるか。
幸いである。
「お許しいただけるなら、口調を少し改めさせていただきます」
「許す」
「ありがとうございます」
ここで調子にのってはいけない。油断してはならないのである。
いくら若君が許すとはいっても、多少だ。
所詮私は分家序列最下位の家の娘である。若君が許したところで、後ろに控えている三弥さんが許しはしないのである。
ここ、ポイントである。
引っかからないよう気をつけて欲しい。
「これからのことだが、なにせ急な変更が多々あったからな。対応はまだはっきりとは決まっていない。それが決まるまで、こちらに滞在して欲しいのだが」
「恐れながら、それはご容赦いただけないでしょうか?」
自身で戒めて置きながら、咄嗟に拒絶の言葉が飛び出た。
ぴくりと三弥さんの眉が動く。
私の背中にぶわっと汗が噴き出た。
しかし、しかしである。
私ももう限界である。
一度家に帰って、冷静に事を受け止めたいのである。
なので、無礼を承知で、言わせてもらうのである。
「なぜだ?」
「若君が申された通り、私にとっても青天の霹靂のごとく色々なことが起きました。一晩休んだとはいえ、頭が正常には働いてません。一度家に帰って、心を静めたいと存じます」
何度でも言おう!限界ギリギリなのである。
であるから、私は今日帰る!帰らせてもらおう!
「うむ」
若君は顎に手を当て考える。
私の意見が一考に値すると思ってくれたようである。
もう一押しか。
「それに幼稚園をあまり休みたくはないのでございます」
そう、まだ学ぶ未満の場であろうとも、通う身であるなら、できるだけ休みたくはないのである。
正直に言おう!幼稚園の友、ネイちゃんに会いたい。
日常に戻りたい。たとえ一時であってもである。
「今後のことに見通しがつきましたら、呼び出していただければ、参上致しますから」
父が。私はできれば遠慮したい。
若君とて、まだ7歳である。
すぐに婚儀を結ぶでもないのある。
であるなら、時間に余裕があろうものである。
若君もそう思ったのか、頷いてくれた。
「よかろう。そなたの学業をあまり妨げるのもよくはないだろう。帰宅を許す」
幼稚園は学業と言える学び舎ではないが、若君がそう思ってくれるのであれば、それでよいのである。
「ありがとうございます!」
やった!帰るぞ!一刻も早く帰るのだ!
ちらりと見上げた父の顔も明るい。であるよな。
「これから帰るか?」
愚問である。
「はい。できれば」
「わかった。今後の事については追って連絡する」
「承知致しました」
父よ。連絡が来るらしいぞ。よしなにである。
と、その時、話を黙って聞いていた、晶露様がぽつりと呟いた。
「おおみねえさま、かえってしまうの?」
ロウも問うような顔をこちらに向けている。晶露様の気持ちを察しているのかもしれない。
「はい。おせわになりました」
私は帰宅できるうれしさを少し抑えてつつ、お答えした。
そこで晶露様は震えを押さえるようにぎゅっと唇を噛みしめる。
「またすぐおあいできますか?」
そうですねと言いたい。けれどもそれは今の段階ではわからない。
私はまだ5歳。私の一存で返事をする訳にいかない。
嘘になってしまうから。
晶露様に嘘はつきたくない。
だから私からの精一杯の返事は。
「会えるとうれしいですね」
ああ、なんと曖昧な言葉だ。
しかしさすが本家のご子息である。
すぐには会えないと私の言葉と表情で悟ったらしい。
まだ3歳であるのに、聡明な方である。
と、そこで晶露様は唇を震わせた。
「いや」
「え?」
「いやです!ねえさま!かえらないでえええええええ!!」
晶露様はそう叫ぶと、ぶわりと目に大粒の涙をぼろぼろ零し始めた。
「いやああああああああ!」
ギャン泣きである!
あわわわわ!
エマージェンシー! エマージェンシー!
誰か助けて欲しい!!!
どうすればよいのか!?
私は助けを求めて、若君を見る!
しかし、若君は耳を塞ぎ、またかというような顔をするばかりである。
若君よ、弟君を抱き上げて、あやして差し上げて欲しい!
どうか!お早く!
しかしその願いむなしく、手を差し伸べる気配がない。
なんてドライな兄弟なのであるか!
私が口を挟む訳にいかぬだろう!
最後の望みと三弥さんを見ると、ぴくりと眉を動かすのみで、対処しようとしない。
父はおろおろとするばかりだ。
これが本家のご子息でなければ、父は素早く抱き上げてあやしてあげるのであろうが。
だれか! だれか! 晶露様に救いの手を!




