第39話 私、甚だしく仰天す
「近平、そなたも座れ」
「は、しかし」
父、どうしても座りたくないのか、若君にも抵抗をみせる。
「娘のこれからのことだ。しっかり聞け」
「承知致しました」
父、渋々、本当に渋々、私の隣に座る。
父!娘の一大事よりも、自らの平穏か!
気持ちはわかるが、私も隣にいて欲しいのである!
「さて」
若君は紅茶を一口飲むと、切り出した。
「昨日、私はここを出た後、前当主、当主、それに6分家の筆頭当主が待つ、会議室へと向かった」
会議室なんてあるのか。これだけ大きな館だ。あっても不思議ではない。ん?
「分家6家ですか?3家ではなく?」
「序列下位の分家3家も、強く審議への参加を希望したのだ。その経緯は省く」
「わ、わかりました」
若君の眉間の皺がひどい。定着しなければよいが。
「灰咲家の筆頭当主様もいらっしゃったのですか?おれ、いや私、ご挨拶してないです」
父が顔を青くする。
「当然、呼び出した。お前たちの頭だ、責任がある」
責任か。少し厳しすぎるように思う。私たちの家は、灰咲の名字を名乗っているが、分家の末の末だ。そこまで、目を行き届かせろと言うのはあまりに酷である。
「が、灰咲筆頭当主、吉雄は、娘の静養の為、遠方にいるらしく、すぐに駆けつけられぬそうだ」
「ええ?!そのような返しがあったのですか?!」
マジか?なんと命知らずな!私が言えた事ではないが、灰咲分家が絡んで、大事になっているだから、すぐに駆けつけないといけない立場である。
「長男も同じ場所にいるらしくてな。だから言ってやった。もう本家には顔を出す必要はないとな。これからお前の代わりは、今ここにいるお前の次男、吉助に請け負ってもらうと」
「さ、さようでございますか。申し訳ございません!」
父、どもる気持ちが痛いほどわかる!そして謝ってしまう気持ちもだ!
だから私も頭を下げる。
「誠に申し訳ございません!」
「いい。しかし、筆頭当主よりも、分家の末に位置するお前たちの方が、ものの理解ができているな」
「は」
父、ハンカチで汗を拭っている。ちなみに私も同様である。
「灰咲筆頭の男は、問題が多々あった奴だった。これを機に頭をすげ替える」
「はっ、はっ!」
父、過呼吸になっていないか?大丈夫であるか?
過呼吸になる父の気持ちもわかる。
父の立場だと、コメント難しいのである。
短い返事しかできぬのは、見逃して欲しいのである。
……吉助さんも、過呼吸になっていないとよいな。
「話がそれたな。続けるぞ」
「「はい」」
私たちも、それを望むのである。
灰咲筆頭当主の代替わりは、私たちのいないところでやって欲しい。
「本家当主と、前当主、そして私、それと全分家筆頭当主の6人と、それと本家の数人で話し合いがもたれた。私が新たに仕入れた話を含めてな」
何気にもう灰咲筆頭当主代理が抜けている。突っ込むまい。
しかしやはり、話してしまったのか。若君よ。隠せないのはわかっていたが。何より、晶露様の髪と目の色を見たら、バレてしまうものな。
「結果、許嫁候補筆頭は、お前に決定された」
ああ、予想は覆らなかったか。
「分家の皆様の反対意見は、通らなかったのですね」
「そうだな」
きっと吉助さんも反対に回ってくれたに違いない!そう信じている!
なぜなら、自身も大変になるとわかっていただろうからね!
ん?
「えっ?!許嫁候補筆頭?!」
そこで私は、言葉の違和感に気づいた
「どういうことですか?!候補?えっ?!筆頭って、まさか?!」
私は思わず、立ち上がった。
「許嫁になる方が複数いる?!そして私が筆頭?!」
「そうだ」
若君、なぜ冷静?!ご自分のことでしょ?!私が筆頭で、いやではないのか?!
「本来、初見えの前儀で、許嫁に選ばれるのは1人だった。だが、お前という珍しい異能を持つ者が現れた事で、先に決定されていた娘よりもお前が有力候補になった」
なりたくてなった訳ではない!一応、言っておく!
「前当主、当主が、お前を強く推した」
推さないで欲しい!切に!
「普通このお二方が言われたことは、分家は文句も言わず、承知することが多いのだが、今回は違った」
分家5家の当主の気持ちは、理解できる。
通常の命令なら、いざ知らず、上位の家、それも本家の花嫁問題である。のちに、自分たちの最上位に立つ女性を決めるのである。
そう易々と諾の返事はできぬであろう。
況して、その娘が分家序列最下位の灰咲の娘であるなら、なおさらである。
分家序列最下位の灰咲の娘が選ばれるならば、自分の娘をと願うだろう。それすなわち自身の格、分家序列順位を上げたいとの思惑もきっと絡んでいる。
前世に生きた貴族社会でもそうであった。
敢えて本家当主に逆らうというリスクをとってでも、娘をとの、考えであろう。
「お前が分家序列上位3位までの娘であれば、他の上位下位の分家も、渋々ながら納得したであろう。お前が序列最下位の灰咲であることで、他の分家5家が納得しなかったのだ」
私の考えていた通りである。
そう言われてもである。
生まれは変えられないし、私は脳筋でも、今の父母の元に生まれて後悔はないのである。一応言っておく。
「灰咲から本家の嫁になるのは、殆ど皆無である。灰咲家から異能で秀でた者が輩出される事がなかったからだ。だが、ここで希有な異能を持つ者が現れた。価値は未知数。加え我が一族は、血が濃くなり過ぎている今、新たな血を入れるという点でも、当主は譲れないとのお話だった。だが、分家5家が不満に思う気持ちも理解できるともおっしゃられた」
であるな。ずっと格下だと思ってた人間を、これから敬わなくてはならなくなったら、すぐに納得できるものではないだろう。
わあ、その場にいた吉助さん、針のむしろであったに違いない。そしておそらく、ひたすら沈黙していたに違いない。そんな立場においてしまって申し訳ないのである。
だが、私もここで少し反論しておこう。
「私の能力ってたいしたことないですよ。ただ、妖精が使うエルフ語がわかるくらいですから」
「お前はまだそんなことを言っているのか」
若君が小馬鹿にしたように、首を振っている。
若君、感じ悪いのである!
「お前の言を信じるなら、晶露を救いたいという強い思いがお前の能力を発現させた。それは全人類の過去のデータから解決策を見つけられる能力、過去視の一種の可能性がある。もしくは巫女の素質があるのかもしれないのだ。それは我が一族において、とても!甚だしく!珍しい異能なのだ!」
違う!私は前世の記憶があるだけです!強く言いたい!
けど、言えない!今更でもある!それにやはり嘘にっぽく聞こえそうというのも、多分にある!
「め、珍しい異能であることはわかりました。でも、だからと言って、若君の許嫁にまで、立場を引き上げなくてもいいのではないですか?!そ、そう!側近にするとか!」
「そうだな。だが、お前が能力を発揮した場が悪かった」
「あ!ああ、そういう」
「ああ、そういう、だ。私の許嫁を決める、その儀式に、お前はその能力を振るった。それこそ運命に導かれたごとくにな。前当主は、まさに運命である!と叫んでおられた」
叫ばんでよい!隆源様よ!
「ああ……」
私は、崩れ落ちたくなった。
「お前を許嫁にしようとする本家の考えは、わかったか?」
「わかりました」
わかりたくないけれども。
「だが、当主や前当主の考えを聞いても、納得できない分家当主たちは、条件を出して来たのだ。お前を許嫁と認める代わりに、自分たちの分家からも1人づつ、許嫁候補に入れろとな」
「ええ?!では、私の他に、5人も許嫁候補がいるのですか?!」
「まさに前代未聞だ!俺は断固反対した!!1人でも持て余すのに、他に5人など、考えられなかったからな!!!」
若君の気持ちが、垣間見えた気がした。
ハーレムだ!って喜ぶ男もいるだろうが、若君はそのタイプに見えない。
それにしても私の他に、女子5人であるか。一気に迫られたりしたら、私だったら、タジタジになって逃げ出したくなるだろう。
若君、お気の毒である。
私の哀れみの眼差しが癇に触ったのか、若君がキッとこちらを睨み付ける。
「お前が!せめて、儀式後に能力を発揮していたなら!事はここまで拗れなかったのだぞ!」
「申し訳ございません!」
タイミングは私のせいではない。
が、ここは若君の気持ちを考えて、素直に頭を下げる。
「にいさま、ごめんなさい」
晶露様も頭を下げる。
元々は晶露様、いや!妖精のせいだ!
晶露様は頭を下げる必要はないのである!
その妖精は、かごの中で、まだ眠っている。眠りすぎだ!
「いや、すまない。八つ当たりをした。どうも、私も、このような事になって、まだ頭の整理ができていないようだ」
当然である。
一気に嫁候補が、私入れて6人か。
大変なことになったのである。
若君が、こほんと1つ咳をする。
「先ほども言った通り、お前の異能は未知数。だから分家の嘆願として、私の許嫁候補を増やし、十分に吟味してから、最終的に許嫁を決めてくれと言って来た」
少し待って欲しい。本来なら、違う方向に向かっても良さそうである。
私はそれを指摘した。
「私の能力が未知数であり、不安要素が多々ある為、許嫁と決定するのが、賛成できないと、分家の方々がおっしゃるならば、最初に決定していた子だけを候補者として増やすのでいいのではないですか」
「私もそう言った。だが、序列の最下位分家の娘が候補に上がるなら、分家全部にもチャンスが欲しいと言ってきたのだ!我らの娘は、本家に上がっても問題ないよう、それ相応に育ててきたと!これはいい機会で、序列高位からばかりでなく、下位の分家の娘も見て欲しいと言われたのだ!灰咲分家を除く他5家からの意見だった!」
ああ、偶然から巡ってきた下剋上の可能性。それを下位の分家は掴みたいと。
またこれは、上位3分家のうち、今回予定していた許嫁、その女子を選出されなかった2家と序列下位2家で結託した可能性があるな。更にそれを選出されていた許嫁予定を出した家が、他の分家の圧に押されて同意したという経緯か。
私に言えることは1つである。
「若君、大変ですね」
「お前が言うな!」
「申し訳ございません」
私は再び頭を下げる。下げつつも、最後に予想はつくが、聞いておかないといけない。
「私が、若君の許嫁候補になった経緯はわかりました。ですが、筆頭でなくてもよいのではないですか?」
「ああ、そこは前当主が絶対譲れぬとな。お前を許嫁候補筆頭にせぬなら、いくら分家全家が反対しようとも、許嫁はお前1人にする!と強く言い放ったのだ。これに逆らえる分家当主は、さすがにいなかった」
「さ、さようでございましたか」
予想はついた。
が、なぜにそんなに私推しなのか、隆源様!!
「話は以上だ。近平も話を飲み込んでおけよ」
「はっ!はっ!」
父、先ほどから、はっ、しか言ってない気がする。本当に大丈夫であるか?父よ。
「おい」
父の方に顔を向けていたからか、若君に呼びかけられた。
「はい、なんですか?」
「何を暢気にしている。お前は、正午に始める好配の儀に向けて、早急に準備をせねばならない」
「え?準備ですか?」
私は首を傾げる。
「まさか。その格好で臨むつもりか?」
私の一張羅ですが、何か?
「問題あります?」
「大ありだ!私の許嫁候補筆頭だぞ!一番華やかでなくてはならない!」
なにそれ!そこは譲れないとか!そんなのってありなのか!?
若君の拘りがわからない!それにだ!実際!
「無理です!昨日の今日で、服はこれしかありません!」
急な泊まりであったのだぞ。寝間着までも借りたのである。用意などある筈もない!
「それは心配するな。本家の面目にかけて、お前を磨いてやる!野衣!」
「は!」
控えていた緑にリボンのメイドさんが、がしっと私の腕を掴む。
あ、野衣さんて言うのであるか。初めて知ったのである。
「さ、こちらへ。時間がありませんから!お早く!」
「え!どこに連れて行かれるの?!父!助けて!父!」
なんか、私、ずるずると引っ張られてるのであるが?!
「大海!」
私の名を呼べど、本家に逆らえず、実力行使もできない父。
ただ呆然と見送る、父。
そんな父の姿を最後に、私は別室へと連れ去られてしまった。
いやな予感がするのである!
主人公、追い詰められましたw
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