第33話 私、爆弾をぶつけられる
「若君、そして晶露様、貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。この後お忙しいかと存じますので、私と父は、このあたりで失礼致します」
私はソファから立ち上がり、深々と頭を下げた。
父もソファの後ろで頭を下げる。
本来は父が、こういった挨拶をするのだろうが、父は今護衛ポジションにいるので、私が率先して、暇乞いをした。
だって、早く帰りたかったのだよ。
「ねえさま!かえってしまうのですか!?」
それまでおとなしかった晶露様が、今までにない大きな声で、私に問うてくる。
「はい。私のお務めもすみましたから」
そう!まさにお務めだよ!私、頑張ったのである。
「ねえさま!かえらないでください!」
私のそでを掴み、必死に訴えてくる晶露様。
その手は震え、目には涙が浮かんでいる。
うう。これは幼児特有の反応である。
仲良くなった子が帰るとなると、途端、寂しくなるのだ。
晶露様にそこまで気に入っていただけて、大変光栄であるが、帰らないという選択肢は私にはない。
「申し訳ありません。母が待っておりますので」
なんて月並みな言葉だ。すまない、晶露様。
もう少し気の利いた言葉が言えればよかったのであるが。
「いやです!いやです!ぼくをおいていかないでください!」
絶対放さないと、私の腕にしがみついてくる。
これは困った。振り払う訳にもいかない。
<晶露が、ここにいろと申して居るのだ!ここにいよ!>
晶露様の頭の上で、ロウがエルフ声で勝手なことを言う。
愛し子優先であるな。まったくぶれない奴め。
<人間には都合というものがあるのだ。黙っていてもらおう>
<なんだと!>
と、そこへ若君の声が飛び込んできた。
「安心しろ、晶露。その娘は今日は帰らぬ。泊まりだ」
いきなりな爆弾発言である!
「え?ええ?!どういうことです?!」
聞いてない?!父、知ってたのか!?
父を振り仰げば、父も顔色を変え、手を横に振る。
「知らない!聞いてない!」
どういうことであるか!?
「お前が帰れぬのは、お前自身のせいだ」
そう告げる若君。
そして何、その勝ち誇ったような顔付き。
腹立たしいこと、この上ないのである。
そんな若君の隣には、ちょっと不満そうな顔をしている晶露様。
私が今日は帰らないと知って、泣き止んでくれたものの、席を兄に隣に移れと促され、渋々移動。晶露様、なぜにそんなに私を気に入ってくれたのか、うれしいとは思うものの、今はそれどころではない。
なぜ私が今日帰れないのか。
理由をしっかり聞かねばならない。
父も、そのつもりなのか、私の隣に座って、若君を真剣に見つめている。
そして私たち親子の眼差しをうけて、飛び出したのは先ほどの言葉である。
謂れのない冤罪である。
私は晶露様の待遇を、少し改善したくらいで、何もしていない。
分家序列最下位の灰咲家の末流の娘である。
私は自らの冤罪を晴らすべく、若君に弁明をした。
「私が何をしたというのですか?何もしておりません」
若君は呆れたというように、目をぐるりと回した。
「何もしていないだと?よくそう言い切れる。たった今お前がやった数々のことだけでも、お前が帰れぬ理由になるのだがな」
「え、もしかして私が帰れぬ理由は、妖精のせいですか?」
「それ以外なかろう」
「そう言われましても!私はただ晶露様の待遇を、少し!改善したかっただけで、たいしたことはしておりませんよ?」
そう、ちょこっとやっただけである。そこ、重要である。
そこで私たちのやりとりを見つめていた三弥さんが、若君にそっと口を寄せた。
「若君、こちらの娘は、灰咲の分家の者でございます。それも末の。本家の生業や儀式のことなど、あまり知らされていないのではないでしょうか?失念しそうになりますが、彼女はまだ5才でございます。彼女の反応からするに、あまり説明されずに、こちらに出向いてきたのではないかと推測されます」
「なるほど。そうなのか?」
若君が確認するように、父を見る。
「はっ。申し訳ございません。我が娘、可愛さは世界一秀でていると思いますが、今まで特に変わった行動をしたことはなかったものですから、我らが家系についてはほとんど話しておりません」
「ふむ。灰ならば、致し方なしか。見極めの儀の年齢にも、まだ達してもいないしな。それに灰ならば、たとえ年齢に達しておったとしても、省略されるだろう。能力が見過ごされる可能性が多々あるか。今後再考しなければならぬな。だがそれはひとまず置いておくとしようか」
あ、若君、父の親馬鹿発言は無視しておられる。当然か。
しかし父よ、若君の前でも、娘可愛さは隠さないのか。ぶれない父である。
それにしてもだ!
若様、何気に私たち灰咲の分家、馬鹿にした!
若様にとっては、事実を言っただけみたいな感じなのが憎らしい。
私は大いに気分を害したのである!
自分で言うのはいいけど、他人に言われると頭に来るのである!
父もだよね?!
父を見上げるが、うん、気にしてないようだ。
そっか。そうなのか。灰咲の分家の立場、厳しいのである。
にしても、本家の生業とは?
見極めの儀とは?
今回の儀式で私が知らなきゃいけないことがあったのであるか?
いやいや、どうせ若君の許嫁になど選ばれないのだから、知る必要などない。
なぜならどうせ、我らは灰咲家だからだ!
「この地に来て、力が覚醒したか?そうだな、こやつもそう自分で言っていたな」
おーい。若君思考に沈んでますが、私の質問に答えていただきたい。
なぜ、私が帰れないのか?答えて欲しい。
それに私には力なんてないのである。前世の知識を使っただけなのである。
ここは、しっかり否定しておこう。
「私に力なんてありませんよ?」
「自覚なしか」
若君、私の言葉聞こえているのだね。
なのに、肝心な答えをくれないのである。
若君は意地が悪いのである。。
「お前の力か。そうだな。わかりやすいところから言えば、我らに視えないものが、お前には視えたであろう」
なるほど。力って、私の目の事か。確か見鬼の才と言っていた。
これが力の部類に入るのか?重要なのか?
この世界では魔物もいないし、魔法もない。重要視される謂れがないと思うのであるが。
「妖精を視たのは、ここに来て初めてですし、これからもずっと視えるとは限りませんよ?」
うん。そうしておこう。面倒なことになりそうだから。
「いや、覚醒したならば、これから徐々にもっと視えるだろう」
前世の知識から照らし合わせると、若君正解である。
若君、もしかしてそういった方面に、聡いのであろうか。
「自然に視えたのか?」
「はい」
「優れた見鬼の才だな」
おそらくだが、実体化してないものを視る力を見鬼の才というのだろう。
その見鬼の才が百歩譲って、私にあるとして、それでなぜ帰れない?
ここまで聞いて、なんか悪い予感がしてきた。
「父、若君の許嫁に選ばれる基準って、力が基準だって言っていたけど、まさか?」
「ほう。そこまでは聞いていたか」
「はい。ですが、力がなんなのかは聞けず仕舞いでございました。父は私が選ばれるとは思っていなかったのでしょう」
俺の可愛い娘が嫁に行ってしまう!と騒いではいたが、本気ではなかっただろう。
私もである。根回しが全然なかったからである。だから深くは追求しなかったのである。
「近平、説明しておくべきだったな。そうであれば、こうはならなかったかもしれないぞ?」
若君が皮肉げに告げる。
いやな感じである。
「私たち親子は、灰咲家の分家で、若君の許嫁に娘が選ばれるとは露とも思っておりませんでした。娘はまだ5才。儀式の本質など理解できないと思っておりましたから、娘には親戚のうちに遊び行くくらいの軽い説明しか、しておりませんでした。これほど若君と弟君とつながりができるとは予想していなかったのでございます。私の不徳のいたすところであります」
あ、父。若君の言い分認めてしまってるのである。若君の皮肉が通じてないのかも。そこまで考えが追いつかないのかもしれない。文面通りに捉えるだけで精一杯なのかもしれない。
突っ込みたいが、突っ込まない。
今この場でやったら、立場が悪くなりそうである。
私は沈黙を守る。
「この娘の言動からして、言えば瞬時に理解したであろうよ」
「はい。私が思っていた以上に、娘は可愛く賢く、そして聡明でありました」
父、真面目に親馬鹿全開である。
もう、放っておくのである。
私は今それどころではない。
今の私の心境は、若君の話を聞きたくないし、理解したくない気持ちで一杯である。
たらりと、こめかみから汗が流れ落ちる。
私、初見えの前儀で妖精が暴れ回っていた時、数人の人はあの希薄な存在の妖精に気がついていた。勘のいい人たちが多いなと思っていた。それはきっと武道をやっているからなんだと解釈していた。本家の経営する会社は警備会社だと言うし、父もそこに勤めている。
そう思っていたけれども。
見鬼の才って、結構特殊な言葉だと思われる。
まさか?そちらのほうの力なのか?
この世界に魔法や魔術はない。
ないが、もしかしたら魔法や魔術に似た、不可思議な法則がまかり通る力が存在する?
そして、本家はそれを使った仕事を生業としているのか?
私は顔からドンドン血の気が引いていくのを感じた。
「ほう。なにか感づいたらしいな、灰咲の娘よ」
私はびくりと身体をゆらす。
もし私が考えている通りなら、私はかなりやらかしてしまったことになる。
他の分家に力を見せつけた、それも盛大にだ。
「誤解のないように、これから私が一から説明してやる。そして私の苦労を思い知るがいい!」
そう言い放つと、にやりと若君は笑った。
若君!悪役のようである!キャラが崩壊してるのである!
晶露様が好きなお優しい兄君に戻って欲しいのである!
若君、悪役になる?!(笑)




