第31話 私、悟りを見る
私たちはソファに座り直した。
席は次の通り、若君がドア側から見て、右側のソファに1人で座り、そのソファの後ろに三弥さんが立っている。ローテーブルを挟んで向かい側に私となぜか隣に晶露様。そのソファの後ろに父が立っている。
うん。配置がおかしい。
私はまず、隣のお子様に優しく告げた。
「晶露様、兄君のお隣に座られた方がいいのではないですか?」
私としても、その方が話しやすい。
2人に向けて、話す内容であるからだ。
「ぼく、ねえさまのとなりがいいです、だめですか?」
だめ?と言われて、だめとは言えないのである。
私は困ったように、若君に視線を向ける。
すると、一息ついて、言った。
「よい、好きにさせてやれ」
え。よいのですか。若君が了承されたのなら、もう何も言えないのである。
「にいさま、ありがとう」
晶露様、若君に許可されて嬉しそうである。
さて、もう1人、位置がおかしい人がいる。父だ。
「父、私の隣に座って?」
私がそう促す。私としても何も言わずとも、傍にいてくれるだけで、心強いのだ。
しかし父は。
「いや!ほら!弟君も座られているし!この位置が落ち着くから!父はここにいる!」
と、断られた。
普段警備の仕事をしている関係で、その位置が落ち着くのだろうか。
職業病か。心配である。
今は仕事ではないのだから、できれば隣にいてほしかったが、仕方がない。
そして、主役といえる妖精がのるかごは、ローテーブルの上にデンとおかれている。
妖精は私たちに背を向けて、若君と対峙している。
話し合いの相手として、メインは晶露様であるが、若君との話し合いの方が、困難であると肌で感じているのか。
若君は敵ではない。威嚇しないで欲しいが、どのような表情をしているのか。
白フクロウの雛の姿なので、表情を読み取るのは難しいとは思うが、この場合それが幸いか。
そんな配置だからか、それとも真剣な話し合いだからか、お茶も出てこない。
寂しい限りである。
さっさとこの苦しい案件を終わらせて、お茶を飲みたいものである。
そう!おいしいお茶を目指して、最初の第一歩を踏み出そう!
さて、どこから話し始めるか。
いきなり晶露様の髪や目の色を変化させたのは妖精ですと言ったら、破綻しそうである。
まずは妖精の性質から話そうか。
私は覚悟を決めて、話し始めた。
1つ、妖精はきらきらしたもの、きれいなものを好むこと。
1つ、それが人の姿であれば、金髪碧眼が最も好む姿であること。
この2つを前段階で話す。
そうでないと、なぜ妖精が晶露様のお姿を変えてしまったのか理解できないからである。
そして次の段階で。
1つ、妖精は生まれたばかりで無垢で、知識に乏しい。ゆえに日本人の特徴なども知らない。人間の考え方も知らない。
1つ、妖精は妖精としての基準で行動する為、生まれたばかりの妖精は、自身の行動が、人間社会でどのようなトラブルを引き起こすかに思い至らないこと。人間の赤子同然と考えてもらっていいこと。成熟した妖精であれば、あるいはそこまで考えがいたるが、それでも自身の欲に忠実に行動する事が多いこと。
を淡々と話した。
「それで?早く本題に入れ」
くう。若君も薄々わかっているだろうに、なんて意地の悪い!
私は気づかれぬように、一呼吸してから、切り出した。
「ゆえに!晶露様のお姿を変えたのは、ここにいる妖精です!」
ぴくりと若君の身体が動く。
「妖精の好みである、髪を金色に、瞳を青色にしたことで、晶露様がいかに不遇に見舞われてしまったか!それは妖精の望むことなのか!と、私はよくよく話して聞かせました」
私は妖精にちらりと視線を向けてから言った。
「妖精は自身の人間への知識のなさにより、自分の愛し子を不幸にしてしまったことを自覚し、嘆き、悔い改めました!妖精が涙をこぼしたのを若君も見たことと存じます」
後もう少し!
「そして、悔い改めた証拠に、すぐに晶露様の本来のお色に戻したのでございます!何より!晶露様に深く深く謝りたいと申しております!」
やった!私、最後まで言えたぞ!
ふう。苦しかった。なるべく事実だけを話したつもりだ。
変にかばい立てすると、話がこじれてしまう可能性がある。
妖精の弁明は、後からだ。
さあ、お二人の出方はどうか?
私の話が終わるまで、若君は遮らずに黙って聞いてくれていた。
一瞬の沈黙の後、若君が口を開いた。
「話は終わりか」
「終わりでございます」
そう私が告げるや否や、若君は言い放った。
「晶露の不幸は、すべて!この妖精のせいではないか!!!」
妖精がびくりと羽を揺らす。
言葉はわからずとも、若君の怒気は感じるのだろう。
そしてその理由もわかっている。
<すまぬ!すまぬ!>
妖精はエルフ語で、懸命に謝っている。
けれど、私以外のものには「ぴゅいぴゅい」としか聞こえない。
「妖精が懸命に謝っております」
哀れなので、私は通訳してやる。
「謝ったところで、取り返しがつかぬ!晶露は生まれてからずっとあの姿だったのだ!そのせいで、母親から疎まれ、不義の子だと囁かれていたのだ!」
ああ、お腹にいた時から、妖精は晶露様を気に入っていたらしい。
これは最悪のケースだったか。
生まれてから姿を変わったならば、まだましであったであろうに。
そうか、母上様からは疎まれてしまっていたか。
私は、若君に弁明する前に、隣に座る晶露様の頭を撫でた。
晶露様は気持ちよさそうな顔をして、私の手を受け入れてくれる。
母上の愛情を知らないなんて、不憫すぎる。
こんなに可愛いのに。
母上様は受け入れてはくれなかったか。
父親ならいざ知らず、母親ならば、姿は変わっても、自身の子であるのは明白であるのに。
母親なればなのか。私は今世女性に生まれたが、前世の記憶がある為に、気質は圧倒的に男である。だから理解に至らない。
また、本家の複雑な事情も、関係しているのかもしれない。
だが、それでも母親ならば、晶露様を愛してほしかったと思うのは、私の過ぎた願いだろうか。
「どれだけ、晶露が悲しく、辛い思いをしてきたか!それがすべて、こやつのせいだと!!」
「妖精は自身の望むままに行動します。その結果にまで思い至らぬのです。況してや晶露様と出会った時には妖精にも満たぬものだったならば、自身の欲のみで行動していたことでしょう。すべては未熟であった為でございます。今は反省をしております。どうか」
「どうか?!許せと!許せるか!それに、謝る相手が違うだろう!」
おっしゃるとおり。
<若君が晶露様にも謝れとおっしゃっておる>
<わかった。許しがでたなら、我もそうしたいと思っていた>
妖精はくるりと晶露様に向き直った。
<わが愛し子よ。いや、名を呼んでよいものなら、晶露よ。すまなかった。悔やんでも悔やみきれぬ。そなたが望むなら何度でも頭をさげよう>
私は妖精の言葉を、晶露様に伝えた。
私はこの緊迫した状況下であるが、この妖精の地頭のよさに感心した。
この事が無事解決したなら、この妖精はきっと晶露様の良き助けとなろう。
「晶露!おまえも何か言ってやれ!自分がどれだけ悲しかったか!辛かったか!」
若君が晶露様をそうけしかける。
「若君!」
気持ちはわかるが、妖精の性質からの行動であるから!無知故だから!
再度そう弁明したら、余計に若君、切れそうである。
私も身内だったなら、妖精を憎んでしまうかもしれない。
「晶露!おまえが望むなら、いかなる手段を使っても、こいつを処分してやる!幸い、今は実体がある!」
若君が立ち上がって、妖精に指を突きつける。
「若君!それはどうかご容赦を!これからこの妖精は、きっと晶露様のお役に立ちましょう!どうかご勘弁ください!」
「だまれ!!!!」
若君の恫喝こわっ!!
私が普通の5才児だったら、粗相していたところである。
しかし、私は前世軍人であった。若君の恫喝など、屁でもない。
とはいえ、へっと、あしらうことができないのが、辛い立場である。
ここは神妙な顔をしておいて、弁明の機会をうかがおうぞ。
と、それまで黙って成り行きを見ていた晶露様が、口を開いた。
「にいさま、わたしのためにおこってくれて、ありがとうございます。ぼくうれしいです」
その声は静かだ。けれど、やはり気持ちは揺れておられるのだろう一人称が統一しない。
「ぼくは、それだけでいいです。ぼくのおこるぶんを、にいさまがいっぱい、いっぱいおこってくれたから」
「晶露……」
若君も晶露様のお言葉を聞いて、少し冷静になったようだ。
「にいさまは、ぼくのかみやめのいろがちがっても、ずっとすきでいてくれました。かわいがってくれました。それにぼくをせわしてくれるひとも、やさしいひとはいました。つまりはそういうことです」
晶露様、すごい地頭の良さを感じる。本当に3才なのか?
3才とは思えない賢さである。
もしかしたら、たくさん悲しい思いをしてきたからこそ、なのかもしれない。
「ははうえがそうでなかったのはかなしいけれど、わたしをそのままうけとめてくれるひとがいる、それでいまはいいとおもえるのです」
悟りだ。3才で悟りを開いている方が、ここにおる。
「にいさま、みつや、それにねえさま」
ん? 私はこの流れでいらないのでは? 私は今日初めてお会いした新参者である。
「ねえさまは、ぼくのことを、どちらのすがたでもすきだと、おっしゃってくださいました」
いや、好きとは言ってないのである。どちらの姿でも可愛らしいとは言ったけれども!
「ねえさまは、ぼくをかなしいひびから、すくってくださいました。そのねえさまが、このようせいはわるいものではないと、ぼくをまもってくれるといってくれました」
うん。それは妖精がこの世界をよく学んでくれたらだけどね。
「だから、ぼくはこのようせいをゆるして、おともだちになります」
そう晶露様は宣言した。
そうして、晶露様はかごのなかで頭を下げ続ける、妖精の頭をそっと撫でた。
妖精は、はっと気づいて、頭を上げる。
<晶露様、許してくださるそうだ>
私がそう教えてやると、妖精はぽろりぽろりと、また涙をこぼした。
<ありがとう。ありがとう>
妖精は言葉が通じぬとわかっていても、何度も感謝を告げる。
言葉は通じない。けれど、気持ちは通じたらしい。
「これからよろしくね」
晶露様はそう妖精に告げた。
晶露様、すごい!賢い!そして何より良い子である!
途中気になる台詞はあったが、晶露様が妖精を許した以上、若君も妖精を受け入れざるを得ないだろう。
若君に目をやると、案の定、苦虫を噛みつぶした顔をしていた。
これは認めたくないが、認めるしかないとわかっておられるのだろう。
若君も良い子である。
弟の為に、これだけ怒れるのだ。
本家は安泰である!
「若君」
私は確認するように、呼ぶ。
「わかっている。晶露が受け入れたのだ、私がそれに反対はしない」
うわあ。本当、渋々である。
後ろに立ってる三弥さんも、眉間に皺がよっている。
でも、何も言わない。無言の了承と言う奴であるか。
もとより、本家のご子息が決められたことだ、分家が口を挟めない。
ふう。やれやれ。なんとか話はまとまったよ。
私の喉が、カラカラである!
お茶だ!お茶を、お茶をもらおう!
それがいい!
若君怖い。
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