第29話 私、妖精を説得す
さてと。
私は目の前にある、かごの中をのぞき込む。
するとそこには気持ちよさそうに寝ている、白フクロウの雛。もとい妖精。
おい。お前のせいで、私は苦労しているのだぞ。
それなのに、原因のお前が惰眠をむさぼるとは何事か。
怒りにまかせて、鼻ピンしてやりたいが、我慢である。
こやつも姿を具現化させて、身体の変化に体力を奪われて、休んでいるのかもしれないからである。
そう思っておく。
私はエルフ語で呼びかける。
<目覚めよ、妖精よ>
ぴくりと反応するが、またすぴすぴ言い出した。
ぴきり。
<起きよ!!>
「ぴぎゃ!!」
ふ、起きた。最初からこうすればよかったのである。
妖精はきょろきょろして、乱暴に起こした犯人を私と確定すると、抗議してくる。
<せっかく気持ちよく寝ていたのに!なぜ起こすのか!>
<用があるからに決まっておろう>
具現化したせいか。言葉での意思疎通ができるようになっている。
妖精の気持ちが、言葉でちゃんと伝わってくる。
フクロウの雛でもちゃんとエルフ語を話せるのか。本当の鳥ではなく、中の作りは違っているのかもしれない。非常に興味深いのである。
それにしても、自身が話しているのに、気づいてなさそうであるな。
まずは自覚させようか。
<話せるようになったのだな>
<あ!本当だ!>
やはり気づいてなかったか。うっかり屋である。
そしてもう怒りを忘れている。
その上、この妖精、のんびり屋でもあるらしい。自身に変化があったならば、まずは自身を精査しないか?
寝てしまうとは、危機管理がなっていない。
今後付き合っていくのであれば、そこを厳しく追及したいところであるが、こやつとは、この場限りで、もう会うこともないだろう。
だから見逃しておく。
<だが、今のところ意思疎通できるのは私だけだぞ。おまえが話しているのはエルフ語だからな。エルフ語はこの地に住まうものは話せない>
<そうなのか!?>
<ああ、だから、お前が日本語を覚えぬ限り、誰とも会話ができないぞ>
<人間がエルフ語を覚えればよいのではないか?>
自分優先か。流石妖精。しかしそれではだめだ。
<エルフ語はここの人間にとって難解なのだ。おまえが日本語を覚えた方がよい>
<むむ>
なんだ?新しい言語には興味がないのか?
<それにだ。エルフ語を話すのはおまえと私以外いない。あとの人間はすべて日本語を話すのだ。今後を考えれば、そなたが日本語を覚えた方がよい>
<そうか?>
<そうだ。愛し子と話してみたかろう?>
<うん!>
<ならば、覚えよ。そなたの愛し子はまだ幼い。一緒に覚えていけばよかろうよ>
<そうか。そうだな!>
やれやれいよいよ本題に入れる。
<さて、そなたはともかく、愛し子はそなたと今日初めて出会ったに等しい。ここでは妖精は珍しい存在である。ゆえに未知の存在でもある>
前世でも妖精はレアな存在であった。ここでも対応が出来なかったことからして、珍しい存在であることは間違いなかろう。
<私はもう少しでここを発たねばならぬ。その前に、そなたとそなたの愛し子の仲を深める為に力を貸そうと思ってな>
<そうか!それはありがたい!ぜひ頼みたい!>
ふ、幼き妖精はちょろい。こんなにすぐに人を信用するとはな。悪人に捕まって利用されないかとの心配が頭をよぎる。が、それを心配する立場にはない。
<助太刀する前に、問う。幼き妖精よ、そなたは私の隣に座るこの子が愛おしく感じ、ずっとそばにいたいのであるな?>
<うん!>
<ずっと一緒に時を過ごしたいのであるな?>
<うん!>
<ならば。そなたが作ってしまったこの子の不和を、とりのぞかなければならぬ>
私はしっかりと妖精の目を見つめて、はっきりと告げる。
<おまえがかけたのろいをとけ>
妖精は即座に反論する。
<我はのろいなどかけてはおらぬ!>
<かけたであろう?そなたはこの子の本来の色を奪い、自分の好みの色に変えたではないか>
私ははじめて晶露さまのお姿を見た時には、若君とあまりに違うお姿に、腹違いのご兄弟かと思った。
しかし、妖精が晶露様を愛着していると知り、別の可能性が頭に浮かんだ。
若君が黒髪黒目であるのに、晶露様の髪と目の色が金髪碧眼であるのは、妖精のせいではないかと疑ったのである。
精霊や妖精は、気に入った者を自分好みに姿を変えてしまうことがあるのだ。そのせいで、精霊や妖精に好かれた者は、親や兄弟などに、嫌われてしまうことが多いのだ。
特に父親に。不義の子であるのではないかと思われ、嫌われるのである。
人外に好かれ、人に嫌われる。なんとも悲しい境遇に陥ってしまうことが多いのである。
精霊や妖精は悪気なく、それらをしてしまうのであろうが、甚だ迷惑なことである。
今目の前にいるこの妖精、形を持たない未熟な妖精であったのに、それだけの力があるとは、この精気が薄い世界で生き残ってきただけはある。
が、妖精が無駄に力があったが為に、晶露様がいらぬ苦労というか、試練を受けることになってしまった。
幸い、母親はわからぬが、兄である若君や当主様、前当主様は、晶露様に偏見を持って居らず、かわいがっておられるようなのが幸いだ。だが、若君の初見えの前儀での、弟君への陰口などから察すると、やはり姿を変えられた為の厄難は避けられていない。
従って、晶露様と今後良好な関係を築きたいなら、まずは姿を元に戻してもらわねばならない。
<晶露様は、そのせいで、周りの人間から奇異の目で見られているのだぞ!>
<なんと!それはほんとうか?!>
<やはり、そなたのせいだったのだな?私の言ったことは真実である!今のそなたなら、よく見える筈だ。晶露様と周りにいる人間と、明らかに色が違うだろう?>
姿を持たぬ時には、視野が狭かったのかもしれない。
なにせ目という器官自体なかったのだから。
それでも愛し子の見目にはこだわったとか。
どれだけ妖精はキラキラしたものが好きなのか。
<むむ!しかしだ!我が好む色は、この子に似合っているではないか!>
思った通りだ。前世でも精霊や妖精は金髪が好きで、それに合う瞳の色、青も好いていた。
これも前世の世界での、精霊や妖精の好みと共通なのか。
前世ならば、色々な髪の色、目の色をした人間がいたから、それほど目立たなかっただろうが、この日本国において、純日本人夫婦から生まれ子ならば、いくらなんでもこの髪の色、目の色はない。
<確かに似合っている。だが晶露様が生きる世界では、この髪と目の色は異色であり、下手をしたら、排除されてしまう可能性もある>
<そんなことはさせぬ!>
妖精がいきり立つ。いや、そもそもお前が色を変えなければ、起こらなかった厄災だから。
お前がその原因だよ。
はっきり言わんとわからないのであるか。
それでは、言ってやる。
<そも、この子の元の色なれば、起こらぬ厄災である。その厄災は今も続いている。先ほど庭で、その厄災の一部を見たであろう?聞いたであろう?そなたもそれに怒りを感じた筈だ!しかし、この子の髪や目が元の色に戻れば、それがすべて解消するのだ!呪いをとけ!>
<呪いではない!祝福である!>
妖精の祝福か!笑わせる!
<この子に害あれば、祝福は反転して、呪いになるのだ!>
そう。よかれと思って行ったことでも、裏目にでる。よくあることだ。
<人と妖精の尺度は違う。妖精の祝福が、必ずしも愛し子を幸せにするとは限らない。そなたはこの子をずっと見てきたのであろう?この子は愛されていいはずなのに、奇異の目で見られ、陰口をたたかれていたのではないか?>
妖精がぽたりと涙を落とす。
<そなたに悪気がなかったのはわかる。けれど、そなたが愛したのは、この子の魂であろう?であるなら、本来のこの子の髪と目に戻っても、愛せる筈だ>
<無論だ!>
<ならば、この子がそなただけでなく、周りからも愛されるように、幸せになるように、元の色に戻してほしい>
私はそこで一呼吸置いて、続ける。
<そうしてから。そこからそなたの愛し子との関係が始まる>
<我を、許してくれるだろうか?>
その質問が出ると言うことは、自分がしたことが晶露様を不幸にしてしまったと、わかったのだろう。賢い子ではあるようだ。ただ、経験がないだけか。
私は正直に答える。
<それはわからない>
今、晶露様は、私と妖精のやりとりを、じっと見つめている。
妖精が泣いているのをみて、思うところがおありであろう。
けれど、私が許してくれるとは断言できない。私に言えるのは、
<そなたと晶露様と良好な関係が始まるよう、力を尽くそう>
これだけである。
<感謝する>
妖精はそう言いつつ、羽で、目元を拭うと、頷いた。
<我は愛する子の、不幸を望まない。我は、無知であったのだな。それを今から正そう>
よかったのである。説得に成功したのである!
私、いい仕事したのである!
妖精は、晶露様の方を見る。
晶露様は、私がエルフ語で妖精と話していたのはわかったであろうが、内容はわからないから、首を傾げている。
そんな晶露様を見つめて、妖精が呟く。
<我が与えた祝福を解く。あるべき姿、色へと戻れ!>
瞬間、晶露様を一陣の風が包み込んだ。
「晶露!」
「晶露様!」
若君と三弥さんが叫ぶ。
「動かないで!大丈夫です!」
私が静止するように、声をあげた。
と、次の瞬間。
風は消え去り、
晶露様の髪と目の色が、
変化する!
若君と似た漆黒の髪と瞳に!
妖精のただの一言で。
それだけで、晶露様の本来の色に戻った。
エルフ語、そして妖精の言霊は強力である。
分家で噂になるくらいだ、金髪碧眼であった時は、長かったに違いない。
定着していた色、偽りの色が消え失せた。
黒目に艶のある漆黒の黒髪の、晶露様がここにいた。
晶露様、変身w
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