第24話 私、若君の年齢を疑う
「目覚めたか」
私の心中の抗議など知らないというように、若君がやってきた。
「にいさま!」
晶露様はソファからポンと飛び降りると、若君に駆け寄っていく。
そしてすかさず抱きついた。
うん。スムーズな一連の流れ。
兄弟にわだかまりはないみたいである。
何よりである。
それにしても気になるのは、若君が少々お疲れ気味の体であることである。
それを真っ先に尋ねたいが、まずは挨拶である。
上役に当たる人に失礼があってはいけない。
「若君、本家お三方の御目の前にて、意識を手放すなどの失態をお見せ致しましたこと、誠に申し訳なく。その上、医者もお呼びいただいたと父から聞きました。感謝致します」
私は、さっとソファから立ち上がって、即座に片膝をついた。
「……その作法は、お前の家の日常なのか」
若君が父の方へと視線を向ける。
「ちがいます!大海が、その本家の方々に敬意を表す為に、自分で考えて?その?」
父もなぜか、私と同じ姿勢になって違うと弁明した。そして最後はなぜか疑問形だ。
でもこの反応からしてそうか。やはり、この礼は、日本ではメジャーではなかったのか。不勉強だった。
父よ、すまない。
「まあ、いい。座れ」
若君は、そこは深く追求する気はないようである。
ありがたい。
私と父は、若君の指示に従い、父が座っていたソファに並んで座る。若君は私が座っていた奥のソファに。
そしてなぜか晶露様が、私の隣にちょこりと座る。
それを見とがめたように、若君が声をかける。
「晶露、こちらへ」
「ぼく、ねえさまのとなりがいい。だめ?」
弟君が私の袖をひく。それも不安そうに、こちらを見上げてくる。
「だめではありませんとも! どうぞいてくださいませ!」
私は一向に構わない。可愛い方は大好きである。
私がお暇するまで、ここにいてかまいませんとも!
けれど、若君は、それを許してはくれないらしい。
「晶露、言うことをきけ」
若君は再度ぴしりと命じる。
「……はい」
晶露様は、一瞬不満を浮かべたが、素直に若君の隣に座った。
うん。これが正しい配置であるよな。
わかっていた、わかっていたけれども、晶露様の願いを、無碍にはできなかったのだ。
若君の毅然とした対応で事なきを得た。
私がへたに指摘して、晶露様のお心を傷つけてはいけないからな。
私は機微にうといところがある。気をつけねばならぬ。
私たちが座ったと同時に、緑のリボンのメイドさんがテーブルの上を片付け、新たにお茶を配ってくれた。
今回はお菓子はなしである。非常に残念である。
これからの話し合いで、和みは必要はないということか。
若君が真っ先に紅茶に口をつけた後、大きく息をついた。
もう指摘しても、問題ないだろう。
労りの気持ちも多分に入っているからな。
「若君、大変疲れていらっしゃるようですね」
「わかるか?」
なぜか、若君の語尾が荒い。
「はい。疲弊というか憔悴しており、悲壮感まで漂っておりますれば」
いかな機微にうとい私でもわかるくらいだ、若君の疲労は計り知れない。
「初見えの前儀は、途中中断の後は、無事終わったと父からお聞きしましたが、なにか後処理で問題でもございましたか?」
あ、これは聞き方を間違えたかもしれぬ。
この世界で言う、いわゆるフラグを立ててしまったのではないか?
若君がそこでくわっと目をむいて叫んだ。
「ああ!ああ!不測の事態の連続で!!打ち合わていた内容が無残に全部瓦解した!!」
「それは!大変でございました」
予定外のことが起こると、事態を収拾するのが大変なのだ。
だから、打ち合わせは入念に、リハーサルはできるだけ多く、これ大事である。
「人ごとのように言ってくれる」
「申し訳ございません」
若君、言って悪いが、人ごとである。
私には若君に労いの言葉をかける以外、すべはない。
「ふん。そうしてすましていられるのも、今のうちだぞ」
若君がどこかの悪役のような台詞を、私に突きつけてきた。
「あの、それはどういう?」
「お前の質問は後だ。まずは」
若君は私の質問を遮ると、すっと背筋を伸ばし、頭を下げた。
「あの場を納めてくれたこと、そしてずっと弟を悩ませてきた件に、道筋をつけてくれたこと、礼を言う」
「いけません!若君!分家の小娘に軽々しく頭をお下げになっては!」
本家は主、分家は家来のようなものだ。
その本家の跡取りが、私になど頭を下げてはいけないのである。
「感謝はきちんと伝えねばならないだろう。それにこちらに非があっての謝罪ではない。そう堅苦しく考えなくてよい」
「ですが」
「それにここは非公式の場だ。ここでのことは漏れない」
「かしこまりました」
若君にそこまで言われたら、引き下がるしかない。
「お主の娘は、少し厳しくしつけすぎではないか?まるで君主制や封建制度がしかれていた時代の娘のようだぞ」
「はっ。申し訳なく」
父、なぜか謝罪する。それに父も言葉使いが固くなっている。私の影響か?どうも私は一連の出来事でかなり前世寄りに意識が傾いているらしい。もしくは私の魂には貴族社会や、軍時代の規律が染みついてしまっているのかもしれない。
気をつけねばならない。
「三弥、今見た通り、この娘には忠節が身についている。性分なのか近平の教えなのかは不明だがな。ひとまずは信用してもよいのではないか?」
「是。私もそのようにみます」
「それに年の割にしっかりとしておる」
いや、若君の足下にも及ばない。私は、前世の記憶があるからこその振る舞いである。
しかし、ひっそりと若君に付き従って、ソファの後ろに控えていた長身の男性は、三弥さんというらしい。
若君のお付きであり、護衛もかねている方だろう。
あのしゃべり方だと、分家筋の方であろう。
私の家よりは上位。ふっ、それがわかるのは、私の分家が序列最下位であるからである。
それにスーツの胸ポケットに挿してあるポケットチーフが赤色である。それはつまり分家序列第1位の日陽家の方であるとわかる。
ふう。若君の護衛だ。それは強い方が配置されるであろう。
そして決して脳筋ではないはずだ。
誰と比較しているか。それは秘密である。
「礼は先に済ませたいと思ってな。先ほどは強引に話を進めた。時間は有限だ、確認したいことが山積しているのだから、さっさと話を進めよう」
若君って本当に御年7才なのであろうか。
大人と話しているようである。
突っ込みたい。突っ込みたいが、無礼であるし、話がそれてしまう可能性が大いにある。
我慢である。
「近平から、お前が気を失ってからのことは聞いたようだな?」
「はい。本家のご当主様、明臣様が場をとりなし、その後初見えの前儀は無事終えたと」
「無事の定義に寄るがな。まあ、そこまではほぼ間違いがない。さて、どこから話すか」
父といい、若君といい、どうしてちょくちょく含みを持たせた言い方をするのか。
すっきりと話して欲しいものである。
若君がしばし考えを巡らせいる。
そんなにたくさんのお話があるのか。
自分が倒れた後の経緯や、初見えの前儀が無事終わったと聞いたし。もうお話はお腹いっぱいで、これ以上聞かなくても私は問題ないのだが。
そういえば先ほど確認したいことが山積していると言っていたのである。できれば端的に終わらせてほしい。そしてどうせ話をするなら、私の山積している質問に答えてくれる時間を作ってほしい。
切に願うものである。
とても子ども同士の話し合いには聞こえないw
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