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第23話 私、父に、気絶後の話を聞く

 食べる。ひたすら、食べる。

 ベッドに背を向け、向かい側に座る父も、当然のごとく食べているのが、解せない。

 父、私と同じく、初見えの前儀の場でも、結構食べていた筈である。

 私はここで頭を切り替える。

 うむ。警備会社での勤務は、身体が資本である。

 ここでの食事は無料だ。

 存分に食べてよいだろう。

 うちのエンゲル係数を少しでも減らせたならば、御の字である。

 そうして私たち親子が黙々と食べていると、弟君も目を覚まされたようだ。

 横にぬくもりがなくなったのに、気づいたのかもしれない。

「ねえさま?」

 頼りないお声で、姉上様なる方をお呼びになっている。

 はて?ご当主さまのに娘御(むすめご)は、いらっしゃったか?

 まさか、第2夫人の、この国ではお妾さまというのか?のお子様か?

「父、本家には娘御がおいでになるのか?」

 私はより詳しいだろう、父に聞いてみる。

「いらっしゃらないよ」

 即答してくれた。

 がなぜか父が呆れたように私を見ている。

 解せぬ。

 私は玉子サンドを頬張りながら、考えを巡らしていると、弟君がこちらに視線を向けた。

 ばちりと目が合うと、弟君は嬉しそうにベッドを下りて、こちらに近づいてくる。

 ちなみに具現化を果たした妖精は、私が眠っていたベッドのサイドテーブルで、上等な半円形の網かごにふわふわなタオルを敷いた上で、すぴすぴと眠っていた。

 お気楽でよいなと、鼻をピンとはじきたくなったのは、つい先ほどである。

 まあ、奴も晴れて具現化したことで、身体の変化もあろうしと、私は少し大人になって、そっとして置いてやったのである。

 弟君は、そんな妖精など目に入らないかのように、とてとてと近づいてくると、私の横にちょこりと座った。

「ねえさま」

 私を見上げて、にっこりと笑う。

 ぐふっと、吹きそうになるのをなんとか(こら)え、玉子サンドを飲み込んだ。

「ねえさま?」

 私は確認するように、呟く。

「はい!」

 弟君はにこにこと、つぶらな瞳で見上げてくる。

 私はなぜか弟君の中で、ねえさまなるものになっているらしい。

 意味がわからない。

 私が心で迷子になっていると、私が数分前に鳴らした音が、弟君のお腹からも響いた。

 思えば、弟君も妖精未満を妖精へと進化させる為に、力を尽くしたのである。

 それは腹もすくだろう。

「弟君もお食べください」

 私がそう促す。そもそも弟君のお家である。

 存分に食べて欲しい。

 しかし、なぜかそこで、弟君の両頬が、リスのように膨らんだ。

 何が不満だったのか?分家序列最下位の娘が、偉そうに言葉を述べたからか。

 その疑問の答えは、すぐに出た。

「あきつゆ」

「は?」

 本家のご子息を前にして、間抜けな言葉を発したことは、許してほしい。

 それくらい何を求められているのか、不明だったのだ。

 そしてその答えもすぐに得られた。

「ぼくのことはあきつゆとよんでください、ねえさま」

「いや、お名前をお呼びするほど親しくはないので、その恐れ多いかと」

 私がそう言った途端、ぶわりと弟君の両の眼に、涙が浮かんだ。

「したしく、ないの?」

 私が即座に降参の白旗を揚げた!

「わかりました!そう呼ばせていただきます!」

 幼児が泣くのは見たくないし、泣かせてはならない。鉄の掟である。

 何より本人からの許可である。

「えへへ」

 弟君、もとい晶露様は、私の答えに満足したのか、小さい指で涙を払いつつ、サンドイッチに手を伸ばした。

 どういうことだ?!晶露様の中での私の立ち位置はどうなっているのか?!

 ……うむ。まずは食事、考えるのはそれからだ!

 私は食事の席に加わった高貴たるお1人と、私たち親子2人の為に、控えていた緑のリボンのメイドさんに、料理の追加を頼んだは言うまでもない。



 そしてようやく腹の虫がもう勘弁してやると、音を立てて不満をもらさなくなったところで、私は手を止めた。

 弟君改め、晶露様も遅れて食事を始めたが、同じタイミングで満足されたようで、ソファに少し寄りかかって、最後の締めであるデザート待ちである。

 うむ。デザートは別腹。名言である。

 私たちが食べている間、黙って部屋の隅で控えていた緑のリボンのメイドさんは、私たちが食べ終わるだろう時を正確に計っていたかのように、ささっとテーブルの上を片付け、ワゴンに載せてきたデザート、ミニケーキが2つずつのった皿と、父にはコーヒーそして私と晶露様には、ロイヤルミルクティーをすっと供したところでまた下がって行った。

 ワゴンは部屋の外に出し、自分は部屋の隅に、また控える。

 なんともスムーズで、熟練さを感じる。

 訓練の賜物であろう。本家のメイドさんは一流である。

 そしてデザートの皿に載ったミニケーキ。イチゴののった生クリームのケーキとチョコケーキだ。王道である。間違いないセレクトだ。私が初見えの前儀で初チョイスした組み合わせだである。私は逡巡したものの、イチゴのミニケーキを一口あむりといただいた。その後にロイヤルミルクティーを一口。

「ほう」

 至福である。何度食べてもいい。

 このまま無我の境地でずっと味わいたいところである。

 が、そうもいかない。

 私はローテーブルを挟んだ向かい側に座る、父に視線を向けた。

 そろそろ現実に目を向けなくてはならない時間だろう。

「父、少しお話、いいですか?」

「ああ、もちろん」

 父も飲んでいたコーヒーを置く。

「私が倒れた後、初見えの前儀は、どうなったのですか?」

 やっと尋ねてくれたかと父の顔から読み取れた。

 父、わかりやすい。

「そうだね。大海がやらかして、一時中断したけれども、その後はひとまず終了したようだよ」

 ひとまずってなんだ?というかそれよりも、聞き逃せないことがある!

「待って!?父!私が何をやらかしたっていうの?!私はただ困っていた弟君、いや晶露様をお助けしただけだよ?」

 私は父の言に、大いに抗議の声をあげる。

「お助けしただけね?」

「そ、そうだよ」

 なんだ、父。その含みのある言い方は。はっきり言って欲しい!

「その助け方がね。あの場にいた全員が目を見張るほどの、鮮やかな解決だったな」

 な、なら問題ないのではないか?

「ただね。鮮やかすぎた」

「う」

 それをやらかしたと言われれば、ぐうの音も出ない。

 が、弁解させてほしい。

「父、私、あれでも、目立たぬように、できるだけ気を配ったんだよ?」

「あれで?」

 父がさも驚いたというように、目を見開く。

 父よ、いつからリアクションがそんなに大きくなったのか!?

 わざとらしすぎる!

 文句があるのか!?

「だって、声を荒げたりしてないし、お歌を歌って、妖精をみんなに視えるように

 しただけだよ?」

「しただけ……。しただけ……」

 父がこめかみに指を当てて、目を瞑った。

 うちの子、やらかした自覚なしなのか、みたいなポーズやめてほしい。

「父、もしかして、私、結構あの場で注目されてたの?」

 私はおそるおそる、父に問うた。

 目の前の事に夢中で、最初のうちはともかく、そのうちまったく回りが目に入ってなかったよ!

「はあ。それについての突っ込みは、私の手に余る。若君に任せよう」

 父が諦めたように、首を振る。

「え、なに!?その不吉な台詞は!」

 ていうか、私また若君と話をしなくてはならないのか?!

 いや、私にはもう用事はないよ!

「今からは、パパが説明できるところを説明しよう。大海が気絶してしまった後、どのようにこの部屋まで来たかとかの、話をしようか。聞く?」

 私は今の話を続けたかったが、父がこれ以上は話してくれそうにないので、父に乗ることにする。とにかく情報が欲しい。

「聞く」

 私は少しふて腐れながらも、返事をした。

「よし」

 父が気を取り直したように、話を再開する。

「大海が倒れた後、パパは急いで駆けつけた。名前を呼んでも一向に目を覚まさないから、すごく心配したよ。そんなパパに、本家の使用人の方が、パパたちに与えられた部屋、つまりこの部屋に連れて行って休ませましょうと、言ってくれてね。パパは大海を抱き上げて、この部屋に連れて来て、ベッドに寝かせたんだ」

「そうか。ありがとう、父」

「いや。親としては当然のことをしただけだ。まったく、気を失うほど、がんばらなくてよかったんだよ!あの場には、大勢の大人たちがいたんだから!」

 その時の心配した気持ちを思いだしたのか、父が少し声を大きくした。

 でも、対応できたのは、おそらくあの場では私だけだった。

 そう反論したかったが、心配かけてしまったので、素直に謝罪しておく。

「うん。ごめんなさい」

 父も内心ではわかっているのか、すぐに許してくれた。

「謝罪は受け入れたよ。さてそれからだ、ベッドに大海を横たわらせて、様子をみていると、すぐに若君がお医者さんを呼んでくれて、大海を診察してくださったんだ。診断は疲労による失神。安静にしておけば回復するって言われて、パパはほうっと胸をなで下ろしたよ」

「終わった途端に、気が抜けちゃったんだね」

 私のほぼ推測通りか。

「大海は、なんでそんなに冷静なんだ?!」

 じろりと父が私を睨む。

「そう言われても。自分の事だから、落ち着いているのかも。父が倒れてたら、私もかなり動転すると思う」

 そういうのってあると思う。

「そ、そうか」

 なに、でろんとした顔をしてるのか、父よ。

「パパはその後、ずっと大海についていたから、今から話す事は、本家の従者の方からのまた聞きだ、それでもいいか?」

「うん」

 ちゃんと報告しにきてくれたんだね。お気遣いうれしい限りだ。

「パパたちが退場した後、一気に場が騒然としたらしいよ?あの娘は何者か!?何をしたのか!?とかね。収集がつかなくなるところ、当主の明臣様が一喝。その場を納めて、若君が中断していた初見えの前儀を始めたんだ」

 ぶっちゃけ儀式といっても、年頃の娘さんたちがいるテーブルを回って、若君の気に入った女の子を決めるだけだしね。

「そして問題なく終了したんだね」

「まあ、問題がないかの判断は、どこを基準にするかによるね。けれど、とりあえずは終了したらしいよ?」

 さっきも言った!なにその言い方!何かあるみたいじゃないか?

「父、なぜそんな言い方するの?」

「パパも又聞きだったから。父もそういう言い方されたんだよ」

 なるほど。そして私と同じような質問をして同じように返されたのかな?

「終了したってことは、若君の許嫁様は決まったんだね?」

 そこ大事。まあ、選ぶ娘は予め決まっていたんだろうし、それを発表するだけだったんだろう。いわゆる出来レースである。

「うん、まあ、たぶん?」

「なんで疑問形?」

 父、さっきから私を不安にさせたいのであるか?

「さっきも言ったけど、パパも大海についてここにいたからね。人づてに終わったことを聞いただけだから」

 そう言われてしまえば、仕方がないか。

「どんな風に若君、許嫁の宣言をしたんだろうなあ」

 私はそこだけが気になった。

 その宣言を聞けなかったのが、残念である。

 そこで、おとなしくケーキを食べていた晶露様が、つんつんと私の袖をひっぱった。

「ねえさま、おはなしおわった?」

「うん。あとすこしかな」

「そう、わかった。ぼく、まってる」

 そうもう一つの疑問である。晶露様がなぜここにいるのか?

 私はダイレクトに聞きたかったが、それをきいて晶露様がここにいてはだめなのって泣きそうになったら。私の心臓が持ちそうにない。

 その為、婉曲に父に尋ねる。

「それで、父。晶露様が私をこんなに気にかけて、ここにいてくださるのを、本家の方々はお許しになられていらっしゃるのですか?」

「晶露が、そなたから離れぬのだ。離そうとすると、泣きわめく。仕方ないから許している」

 私の問いに答えたは、予想外の方からであった。

 部屋に入ってきた、若君である。

「なぜに若君が、こちらに?!」

 私は心のままに、叫んだ!

「お前に話があるからに、決まっているだろう」

 ですか!

 でも、本ちゃんの好配の儀に出席しなくてもいいのか?!

 主役だろう!それとも、もう儀式終わったのか!?

 てか、若君ノックしてくれたのであるか?!

 様々な疑問が湧き上がる中、若君は無許可よろしく、堂々と部屋へと入って来た。

 いくらここの家は本家とはいえ、ノックは必要だから!

寝てる間に事は動いていきますね~。

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