第19話 私、若君と交渉す
主人公踏ん張ってます。
い、いつの間に、前当主隆源様と、当主明臣様、いらっしゃっていたのか。
私は愕然とする。
いくら前世の記憶があるとはいえ、まだ私は5才である。
交渉にあたり、この年齢ではきつい。
無理である。
思わず白旗をあげて、父の元に逃げ帰りたくなった。
しかし、もう始めてしまっている。ここで引くことはできない。
私、事に当たる順番を間違えたか?
若君と一旦お話をしてからにするべきだったのか?
いや、この騒ぎを収めるほうが先だった。
そう、私は間違っていなかった筈。
自分に自信をもとう。
そう言い聞かせないと、ぶるってしまいそうである。
私は覚悟を決めて、若君とその腕の中にいる弟君に近づく。
その後ろに立っている前当主様、当主様はあえて視界に入れない。
私はあくまで若君とお話を進める所存だ!
5歳の坊な私には、本家の大人との交渉なんて無理だ!
今は坊ではないけども!
細かいことはいい!
ふう。私も気持ちが混乱しているようだ。
落ち着こう。
私の交渉先する相手は、若君、若君だけを見ておくぞ!
小さくとも、本家の若君である。
そうネックは7才という幼さであろうか。
檀上での立ち居振る舞いを見る限りは、日本の一般家庭のお子様よりは、厳しく礼儀などを教えられているように感じた。それに賭けよう。
それでもと、先に、私は妖精未満の気持ちを鎮めてみせた。
ちゃんと小さい実績をみせたことで、更に話を聞いてくれる可能性が高まった筈である。
頼むぞ。若君。
若君のお立場で、この案件の採決を、どうか決定をしてほしい!
若君の後ろにいる当主や前当主に、丸投げしてくれるな!
その為にも、ファーストコンタクトは大事である。
きちんと礼節を持って、若君と接しなくてはいけない。
分家序列最下位の娘とはいえ、私にちゃんと礼節を弁えているとわかれば、更に話を聞いてくれる可能性は上がる筈である!
ここで1つ問題がある。
残念ながら、私はこの世界の礼儀作法を知らない。
私の家庭は一般の家庭で、私はまだ5才。
礼儀を正式に教えられた事がないのである。
幼稚園での、先生への園児の挨拶では、到底通用しないだろう。
苦渋の決断である。
前世での礼を引用する。
それも男子の礼である!
これしか知らないのである!仕方あるまい!
私は、片膝をついて、すっと右手を左胸の前に持って行き、頭を20度ほど下げる。
「若君、お初にお目にかかります。私、分家灰咲家、近平が娘、大海と申します。直接話しかけるご無礼をお許しください」
5才の女子がするには、固すぎる挨拶であったか?
だが、今更、変えるのもな。
このままで行く。
しばし待ってみたが、一向に返事がないので、ちらりと上目遣いで若君を盗み見る。
と、若君は弟君を抱きしめたまま、驚きに目を見開いていらっしゃる。
この日本において、この挨拶は、やはり仰々しかったのであろうか。
しかし、丁寧ならば、失礼にはならぬはず。このまま、続ける。
私は頭を下げたまま、願う。
若君。一言でよいので、どうかお言葉を賜りたく。
そうしないと、話を進められない。
それに、若君も気づかれたようである。
「ゆるす」
本当に一言であった。
これでは若君の性格全く掴めない。くっ。誰か私にヒントをくれ。
「ありがたく」
私は跪いたままだと話しづらいので、若君の許すの一言に、立つことの許可も含まれていると勝手に解釈して、立ち上がってから、話を続けた。
「僭越ながら、弟君が、こちらの会場へといらっしゃってからの様子を、拝見しておりました。弟君はたいへん妖精に気に入られていらっしゃるようでございます。ただ、弟君を気に入られているその妖精は、まだ形を持たぬほど、非常に存在が希薄なものであると見受けられます。そこから推測するに、おそらくは妖精自身の意思を持ち始めたのもそれほど時が経っていないのではないかと存じます。その為、人間社会の機微にも疎く、このような人間が多くいる場で少し気分が高ぶってしまったようでございます」
若君と話すときは、妖精未満だと説明が煩雑になりそうなので、妖精としておく。
そして説明は、やんわりと真綿にくるんだような表現を心がけた。
ストレートに弟君の悪意に敏感に反応して、騒ぎを起こしたとは言えない。
私にも立場がある。分家序列最下位で、弱冠5才の幼女で、そこまでは言えやしない、言えやしないのである。
妖精未満が、日本語を理解していなくて幸いである。
もしわかったら、私に不満をぶつけていたに違いない。
我は悪いことはしてないぞと!
「そなたには、その妖精とやらが、視えるのか?」
若君は?と逆に聞きたい!が、我慢である。
「形を持たぬものゆえ、そこに在るのが、わかるくらいでございます」
本当にそれくらいだ。光の球が動いているような感じか。
「その妖精を弟から引き離すことはできるか?」
若君にしてみれば、当然の要望であり疑問だ。
この妖精未満、分家の口に上るくらいだ。
何度もやらかしている。
しかしである。
申し訳ないが、若君。
妖精を引き離すことは厳しい。
妖精は一度気に入った人間を見つけると、その人間が死ぬまで、執着するのだ。
前世の私ならともかく、今の私では出来ない。
いや、前世でも難しいし、やりたくない。
引き離すイコール妖精を殺すということ。
肉体を持たない妖精は基本不死である。
その不死の妖精を殺す。苦労がおわかりだろう!
なにより妖精殺しなんて絶対やりたくない!
だから私の答えは一択である。
「妖精の祝福から解放されるのは難しいかと」
「何が祝福なものか!!弟はこのものにどれだけ迷惑をかけられているか!!」
若様は吐き捨てるように叫ぶ。
私、言い方を間違ったようである。この状況から考えてみれば、弟君は妖精未満から面倒だけしかかけられていないだろう。
あ、妖精未満、言葉はわからずとも、若君が自分に対して負の感情をぶつけたのを感じたのかもしれない。
若君の頭に体当たりをしようとしてる。
けれど、どうやら若君の周りにはなんらかの圧があって近づけないようだ。
悔しがっている気持ちが伝わって来る。
この妖精未満、結構好戦的である。どうか静かにしていてほしい。
気が散る。
頭上をぶんぶん飛び回っている妖精未満を、若君が睨らみつけている。
この様子から見ると、若君は妖精未満の気配が、完全に読めているようである。
私と同じだ。お仲間である。やはり若君は、武道をかなり嗜んでいるのだろう。
いかん。観察している場合ではない。
これ以上若君が妖精未満に負の感情を持たないように、フォローしなくてはいけない。
「妖精に悪気はありませぬ。よかれと思って行動したことが、裏目に出てしまっているだけでございましょう。ボタンの掛け違いのようなもの。本来、妖精の加護は、加護する者、愛し子を幸せにするものでございます。正しい道に戻せば、問題はなくなる筈でございます」
妖精未満よ、若君との交渉は私に任せてほしい。
おとなしくしていてくれ!そのほうが、プラスに働く!
そう言いたい!
けど、若君を前にして、よそ見はできない!
とにかく静止していてくれ!妖精未満よ!
全然察してくれない。現実は無情である。
私の頭上も、飛び回り始めた。
また怒りが再燃してきたか。
短気な妖精未満である。
若君は冷静になろうと思ったのだろう、大きく息をつく。
ありがたい。
物事は冷静に進めた方が、吉である。
若君が口を開いた。
「お前がこの妖精を、正しき道へ戻せるのか?」
「そこまでできるかはお約束出来かねます。ただ、その手前までなら、お手伝いできるかもしれません」
「どのように?」
「はい。まず問題は私も含め、妖精の愛し子たる弟君さえも、妖精のお姿が視えていないことでございます。念の為の確認ですが、弟君も視えていらっしゃらないですか?」
「ああ、視えてない」
やはりな。ほとんど、個として存在を確立してないものな。
「人は姿見えぬものがそばに居れば、不安になります。なれば、その不安を解消しましょう」
「というと?」
「はい。妖精に個としての姿を、顕現させようかと存じます」
若君はマジか、というように目を見開いた。
「できるのか?」
「全力を尽くします」
肯定の返事はさける。だってできる確率は、よくて五分五分である。
若君は私の返事を受け、後ろにいた前当主隆源様と当主明臣様に、視線を向ける。
「父上、おじいさま、やらせてみようかと思いますが、よろしいでしょうか?」
やっぱり、大人に確認が必要だよね。こんな小娘の言に、従ってよいか否か。
さて、お二方の反応はいかに。
「うむ。損にはなるまい」
「やらせてみろ」
と、あっさりと頷いてくれるお二方である。
私のほうでも、目を見開いた。
突っぱねられてもおかしくなかったのに、随分あっさりである。
幼児な私に任せてくれるなんて、ご当主様方、思い切りがいい。
うむ。如実に当主様の言葉が、気持ちを表してるな。
そう、損にはならない。
まさにね。失敗しても、状況は変わらないだけだ。
少し諦めも入っているのか?
そうか。
弟君のこの現象を放っておくなど、しなかったか。
どうにかしようと、お三方は色々したのだろう。
それでもどうにも改善がみられないから、私にやらせてみようと思っただけかもしれぬ。その線が濃い。
やらせてみて、失敗すれば、それまで。
万に一つ成功したなら、弟君のお立場が好転すれば、儲けものって感じか。
悪霊付きではなく、妖精の愛し子であれば、180度印象が違う。
それでも、こんな5才の幼女にやらせてみようと思ってもらえるなんて、僥倖である。
普通なら考えられない。
と、若君から正式なお返事が来た。
「やってもらおう」
上からだけど、了承のお返事。
「ありがたき、幸せ」
と私も返しておく。
さあ、ここから私ができるか否かだ。
前世の知識、フル活用である。
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