第161話 私、真弓様と和解す
「候補筆頭!」
やめて欲しい!その変に省略された、その敬称呼び!
そして呼び止めないで欲しい!
私はわずかな時間を使って、術式陣を描き写したいのである!
しかし、無視する訳には、いかない。
私は知らんぷりしたい気持ちを笑顔に隠して、振り返った。
そこには、予想通り、若き水音分家当主真弓様と、舞の衣装から着替えたその妹君、美妃さんが近づいてきた。分家当主様はともかく、妹君、美妃さんは、先程よりはましな顔付きではあるが、決して友好的な顔付きではない。
そんな顔なら、来なくてもいいのに。
兄に言われて仕方なくか。ご愁傷様である。
お2人は私の前に来ると、頭を下げた。
「このたびは、ご助言、ありがとうございました」
私は、礼を言われるとは思わず、目を見開く。
説明を求められていると思ったのだろう、真弓様が口を開く。
「今回の清めの儀式、水音家だけで行うより、よい結果を得られました」
ああ、コワタミ様がお喜びになられた結果を見て、今回の段取りに納得がいったようであるな。
うんうん。よかったよ。私も恨まれるよりも、フラットで会話できるほうがよい。それ以上望むのは、望み過ぎであろう。何せ相手は分家序列上位のお家であるからな。
「かの方に、こちらの誠意を受けてもらえて、よかったです」
「はい。それはもちろんですが、それ以外にも、私にとって、プラスになることがございました」
「というと?」
なんであるか?
「今日、水音家を支える古老も数人来ておりまして、今回の清めの儀式を無事に終えたことにより、一定の評価を得られました」
ああ、私たち以外にも、椅子に座って儀式を眺めていたおじいちゃんズがいたな。
あれは水音分家の重鎮の方々であったか。
「一定の評価ですか」
「はい。今回の儀式に際し、年若い者を採用し、力を披露する場を与えた。そしてその者たちは役目を不足なく果たすことができた。それはすなわち、私が水音の家の者をよく見、使うことができた、と、判断してくれたようです」
先の本家当主明臣様を入れての話し合いの場では、自身が1人で全部やる!との勢いであったが、本日来てみれば、他の者に、お役目を任せていた。
この儀式の重要性、そして誰か適任か、冷静に判断出来た結果であろう。
自身が動くよりも人に任せることで、得られるものも多いのである。
それは自身がやったほうが早いことでも、あえて人を使うことで人を育てることもできる。
それの気づきは大きい。
不満はうちにくすぶっていただろうが、その感情に左右されることなく、正しい判断ができた点も、古老たちは評価したのではなかろうか。
「さようでございますか。それは何よりでございました」
「とは言っても、ほんの少しの信でございますれば、まだまだです」
「いえ、その少しの積み重ねが、いつか大きな評価に繋がると存じます」
「ええ。これからも精進していきたいと思います」
そこでまた真弓様は頭を下げた。
すごいな。この儀式を終えたことで、水音家若き当主は、一皮むけたらしい。
分家序列から言っても、個人序列から言っても、私など、遙か下位の者に、こうして頭を下げられるようになった。
これはすごい成長であろう。
真弓様がおっしゃる通り、本当に古老たちに認められることは容易ではないだろう。
それでもここで成長できたならば、最初の第一歩は踏み出せたということである。
頑張って欲しい。
「私はこの地を、最善の方法で、清めを行って欲しかっただけでございました。先日は出過ぎたこと申し上げましたこと、どうかお許しください」
相手がこう出てきたなら、私も頭を下げねばなるまい。
現当主明臣様にそうしろ!と言われたとはいえ、高飛車な言い方をしたのは、大変失礼であったからな。
「いえ、おっしゃっていただけて、幸いでございました」
「そう受け取っていただけて、恐縮です。それと、私には敬語は不要です」
序列高位の方に、形だけであっても敬われるのは、居心地が悪い。
「いえ!貴方は、まさしく若君の許嫁候補筆頭。今後も何かあれば、遠慮なく貴重な意見を、お聞かせください」
えっ。いやである。今回は、たまたま巻き込まれただけである。
今後は私抜きで、色々ことを進めて欲しい!
「いえ、若輩者の私が、水音家当主様にご意見など、滅相もございません。こちらこそ、ご指導ご鞭撻のほどをお願いしたいと存じます」
私も再度頭を下げる。
私の立場って微妙であるからな、真弓様も気を遣っていらっしゃるんだろう。
しかし、分家序列では最下位だけど、若君の許嫁候補だからな。
あまり謙るのもいけない。さじ加減が難しい。面倒である。
あ、そうだ。こう言ってくれて居るし、もう一言付け加えてもよいか?
「最後になりますが」
「はい。何か?」
「僭越ながら、祈らせて、くださいませ」
私は晶露様と繋いでいた手を放して、両手を頭上に持ち上げた。
「少しでも貴方様がが、眠れる日が増えますように」
きっと当主になって、眠れない日が多々あろうよ。
中身が同年代の私としては、心配なのである。
今回のことで、少しは味方が増えたであろう。
それが水音家当主という重圧を、軽減してくれるよう祈るのである!
コワタミ様のような祝福の光は、私の手からは出んがな!
気持ちはこもっているぞ!
「!」
真弓様が、私の言葉を聞いた途端、息を飲んだ。
何?なんか、私、まずいこと言ったか?
あれ?余計なお世話であったであるか?
「大海!」
その時、私を呼ぶ、若君の声。
はっ!水音家当主と長話していたら、タイムリミットが来てしまったようである!
おおう!術式陣のスケッチの時間がなくなってしまった!
くう!泣きたい!
「大海、早くしろ!」
若君!せっかちさんである!
「今、参ります!それではこれで、失礼いたします」
私は晶露様と再び手を繋いで、若君のところへ駆け寄った。
ああ、スケッチできなかった!
ぐう。水音家当主真弓様との会話に、時間を割きすぎたのである。
けれど、これから顔合わせる機会もあろう。
お付き合いは大切にしないと、いけないのはわかる。
だから、水音家当主の態度の軟化は、プラスであろう。
そして、それが私を通して、晶露様にも及ぶだろう。
負け惜しみじゃない!
本当にそう思うのである!むう!術式陣!見るだけでも見たかった!
人とのお付き合いも大事。
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