第148話 私、眠気に誘われるが、踏ん張る
「ようやく清浄になったわね」
神様の眷属としては、ひどいお言葉だとは思うが、こちらの契約不履行で、亡霊をずっと放置していたのだから、文句も言えないのである。
更に一言付け加えれば、死体はまだそのままで、完全な清浄とは言えないのである。
そして人魚様。
若君と三弥さんの異能を見ても、何も感慨はないらしい。
それはそうであるか。人魚様は、おそらく私たち以上に、御業を使えるのであろうからな。
しかし、この興奮を、分かち合える者がいないのが、寂しい。
それで少し、頭が冷静になったとも言える。
人魚様は、まだ顔を少ししかめて、浜辺を見ている。
それはそうであろう。先程も言った通り、亡霊はいなくなったとはいえ、死体はまだあるのであるからな。
そしてこれらをこのまま放置すれば、この地に汚れが染みていく可能性がある。
魂による汚れもあれば、肉体による汚れもあるからな。
若君と三弥さんとで、緊急に亡霊は浄化はされたが、改めてのこの地の浄化が必要であろう。
その前に確認、処理をしなくてはならないことが、まだいくつか残されている。
順番に対処して行く必要があるだろう。
まずは確認である。
この案件の要である、海で亡くなった人間の浄化について、誰が人魚様と契約を結んでいたのか。それがわからなければ、今後の対応もできない。
次に水死体の処理である。これもどうにかしないといけない。誰が契約をしていたかがわかれば、水死体の処理の方法も、おのずとわかる可能性がある。
あ、ロウも、返してもらわねばならないな!
すっかり人魚様に馴染んでいるので、急ぐ必要は感じないがな!
ロウは妖精なので、人間と同じように食事をとらなくても問題ないから、昼食が遅くなっても文句が出ていないしな。
ここで一つ問題私に問題が浮上してきた。
取り急ぎの亡霊浄化が終わったからか、急に眠気が私を襲って来ている!
先程食べた軽食が、消化し始めたのかもしれない。
かなり眠い!眠いが、こんな興味深い場面で寝ていられるか!と、頑張って眼を開けている次第である!
しかし、私には神の眷属たる人魚様と、交渉は無理である!
若君!頼むのである!
「人魚様、滞りなく亡霊を浄化致しました」
「うむ」
人魚様、若君への労いの気持ちは皆無である。
まあ、仕方がないか。
この死体の数からして、大分長き間、役目を果たしていなかったようであるからな。
さあ、若君よ。話を詰めて行ってくれ。
「人魚様、まずはお尋ねしたい。あなた様をなんと、お呼びすればいいか?」
若君、一段落してからの最初の質問はそれであった。
そうか!それが先であったかあ!
いつまでも、人魚様、と、お呼びするのも、失礼かもしれぬからな。
それにしても、若君の聞き方がうまい。心得ているのである。
神や神の眷属に、名を尋ねるのは、危険である。
若君の問いが、正解である。
「うむ。コワタミと名乗っておこうか」
真名の名乗りなしか。当たり前であるな。
「それではコワタミ様、このたびは契約の不履行が、長々と続いたことを、改めて深くお詫びしたいと存じます」
「であるな」
ばっさりである。
「視たところ、そなたはかの者より、血が濃き者。眼が届かなかったか。怠惰ぞ」
「誠に申し訳ございません」
あの若君が、皮肉なく謝られている!
そりゃそうか。一見、妖にみえるが、空気が違う、良気の最上位、神気さえ帯びてるのを、若君がわからない筈がないものな。
もっと言えば、コワタミ様からは、邪気など一片も感じないのである。
とはいえ、神の眷属に、人間の善悪を当てはめるのは、危険である。
神の定規は、人間とは違うのである。
そこを常に心に留めておかないと、大変なことになる。
「不甲斐なきことを重ねるのは、誠に心苦しいのですが、再度お役目が滞らないように、コワタミ様に、お聞き致します」
「なんぞ」
「コワタミ様と契約をせし者の名を、教えてもらいたく」
「意味なし」
ええ!?意味はあるでしょう!?
「それは、どういうことでありましょうか?」
若君、冷静である。
私は眠気から、つい判断が、雑になっているのかもしれない。
ひたすら静観したいと、思う次第である。
「妾と契約を結びし者は、すでにこの世におらず。妾との契約は、そなたの流れる血との契約。血が絶えぬ限り、契約は続く」
これは怖い契約である。終わりはないって事であるか。
これから生まれる一族もその責を負うってことであるか。
子々孫々あたりで、とめておいて欲しいものである。期限なしって、精神的に辛いのである。
「それでは直近、それを請け負っていた者の名を、お教え願えないでしょうか?」
「名など覚えておらぬ」
ええー。それだと、この案件、解決に時間がかかってしまうのである!
「さようでございますか」
ああ、若君も、少しがっかりしている。
で、あるよな。ただでさえ、忙しい若君である。
「が、姿は、わかる」
その言葉とともに、コワタミ様は、海水を操り、かの者の姿を形作った。
まるで彫刻と思われる程、精密に、である。
「おおおおおお!」
思わず、私の口から、感嘆の声が漏れた。
これが叫ばずにいられようか!
この世に生まれて7年!
前世で見た異能と同じものを見れたのである!
水を操る友も居たのである!
それと同じことを、コワタミ様が見せてくれた!
感慨ひとしおである!
それもだ!当たり前であるが、前世で言う、かなり上級の魔法に匹敵するものである!
興奮せずに、いられようか!
「すごい!すごいです!コワタミ様!まさに水の芸術でございます!」
ああ、私に力があったなら、ぜひともやり方を学びたい!
いや、どういう風に力を操っているか、ぜひとも聞きたい!
私はコワタミ様に思わず突進しようとしたところで、松也さんに襟を捕まれた。
「なにを!お放しくださいませ!」
「松也、よくやった。しっかり抑えておけ」
若君が、不機嫌そうに、本家子分を褒める。
不機嫌は私にむけて、褒め言葉は松也さんへ。
大いに不服である!今すぐに私を放すのである!
「ふふ。素直なよい子よの。それに約束通り、ちゃんと解決できる者どもを連れて来た。褒めてやろう」
代わりにコワタミ様が、褒めてくれた!
「ありがたき幸せ!!」
ほら!ちゃんと私は、よい働きをしているのである!
そこを評価して欲しいものである!
「褒美をあげてやりたいくらいじゃ」
ふおおおお!ぜひとも!私にその力の一端を!
「甘やかさないでくだされませ。それにこの者も一族の一員です。解決に手を貸すのは、当たり前でございますれば」
「であるか」
「ちょっと、若君!ひどいです!」
私の希望を、脇から取り消しにするとは!
それは一族の益にならないですぞ!
後から考えれば、神の眷属からの明確な力の授受は、あやういものであるから、慎重にならねばならないのは、理解できる。
が、それでも私は、力の行使したいのである!
多少の危険など、目を瞑ろうではないか!
それほど私は力を欲しているのである!
大海の暴走を止められるのは若君だけかもしれません。
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