第12話 私、灰咲筆頭当主の代理人と語らう
和み回続きます。
初見えの前儀、もっとさくさくと進むかと思っていたが、存外ゆっくりと進む。
昔はともかく、今はガーデンパーティーのごとく、形骸化されているからか、予行演習なるものはなかったのであろうか。
それとも予め決められているであろう許嫁と若君とは、済ませているのだろうか。
若君は、どのように、君が僕の許嫁だ!と示すのか?
それだけは、ちょっと楽しみである。
初見えの前儀で、許嫁が決まってしまえば、儀式の第2部である好配の儀は、それほど時間はかからないのだろうか。
そうであって欲しい。
私と父は、本日帰宅の途につかねばならないのだ。
儀式がすべて終了した後、とれるであろう夕食が駆け足になるのは、避けたいのである。
もう少し儀式、早回りできないものか。
無理か。
行事は、流れが大切である。
段取りが、命なのだ。
そして、体裁を整えるのがまた、難儀するのだ。
体裁を整えるのに、大切なのはお金である。
お金がなければ、儀式などできないのだ。
今日この1日の為に、きっとうちの1年分の家計費を、優に超えるお金が、使われてるに違いない。
もっとか。
この世界のものの価値がわからないから、正確にはわからないが。
しきたりを守り、本家の威光を示す。
どこの時代でも、どこの世界でも、それは同じだろう。
人の営みは基本共通。
いや待てよ。
好配の儀に参加するのは、許嫁に選ばれた乙女と、その関係者や本家や分家のお偉方のみかもしれない。
私など、きっとついでに呼んでおこうくらいの立ち位置だ。好配の儀には参加できないかもしれない。選ばれれば、参加できるとか。ありうる。
むう。それは、非常に残念なことである。
堅苦しいのは苦手ではあるが、珍しい儀式であるなら、見学したい。
前世ではともかく、今世では格調高い儀式を垣間見る機会など、きっとこの先ないに違いない。第三者として、興味本位で見れる機会を逃したくない。
もし参加出来ない場合、なんとか頼み込んで、ちらりとも見られないだろうか。
もう一度言っておく。第三者目線で、見られる。これが重要なのである。
私は、デザート二巡目に突入した。
若君がこちらにいらっしゃるのは、まだまだ先と見たからである。
私は抹茶のムースなるものを、あむりといただく。
うむ。少し苦い。大人な口なら、美味と感じるであろうが、子どもの口には苦みを強く感じてしまう。それでもその苦みがすぎれば、甘さを感じる。
後3年経ってから、再チャレンジしてみたい味である。
私は口直しに、王道のカスタードプリンを口に入れたところで、また前方へ視線を向ける。
あ、やっと次のテーブルに進んでいる。テーブルクロスの色は青である。
「父」
私は、父を呼ぶ。
「ああ、分家序列第2位、水音家筆頭の長女、水音美妃様13才、傍流の水音珠子様、7才だな」
私の視線の先を見て、意図に気づいてくれた父が、情報をくれる。
分家序列第2位の水音家からの許嫁候補は、2人らしい。
それにしても、やっと次の分家に移動してくれたか。
本当、のんびりである。
まだ後、うちの分家の前に、3家もある。若君と話をするのは、まだ先になりそうだ。
いや、まてよ?もしかして、私たちのいるテーブルには来ないのではないか?
その前に、許嫁になる娘を見初めたと、若君が告げれば、そこで終了するのでは?
いや、それではいくらなんでも、後に控えている分家の乙女たちに、失礼だろう。
せっかくこの儀式に参加する為に、着飾ってきたんだから。
やはり全部のテーブルを、ちゃんと回るに違いない。
とはいっても、分家序列最下位の、我ら灰色のテーブルは、さらっと済まされるだろうことは、想像に難くない。
きっと選ばれる娘御は、分家序列上位3位までの中から、選ばれるんだろう。
なにせ着るものに、気合いが入っている。
1人だけ目立って着飾ってる人はいないから、候補者が何名かいて、後は若君の好みで、決定されるのかもしれないなあ。
どちらにしても、若君のお心次第か。
まあ、私は若君がここにたどり着くまで、存分にデザートを味わい尽くす所存である!
それにしても。
私はフォークを口入れたまま、行儀悪く、周りを見回す。
他の分家の方々は飲み物には口をつけるものの、料理にはほとんど手をつけていない。
昼食も兼ねねている筈なのに、お腹がすいていないのだろうか?
私が前世死ぬ前に最後に食べたのは、戦地の携帯食だった。
くっ!
最後の晩餐が非常に寂しかった!
ここは戦争もない、平和な地であるからか、食べ物に対する執着が薄すぎるきらいがある。
私はぜひとも言いたい!
軽食であろうと、目の前に料理があるのならば、即、食せよ!と!
今日は存分に食べる所存である。
現世、私は飢えている訳ではないが、おいしいものには目がない。
前世の未練か名残か、戦地で腹を満たすだけの食事が多かったからかもしれない。
先ほどは料理を見て、恐れ多くも落胆してしまったが、戦地の食事を考えたならば、遙かに素晴らしい料理であることは、疑問の余地はないのである。
私としたことが、贅沢になってしまったものである。
それでも私は前世での食への不満を解消すべく、今世では大いに食を楽しもうと思う。
まずはその第一歩として、ここで供されているデザートの制覇である!
何度でも言おう!
父も私のやる気が伝わったのか、私たち2人は、前儀などそっちのけで、料理を味わい尽くした。
「はあ、父、満腹だよ」
「パパも、久しぶりに満足いくまで食べたよ」
私たち2人は、最後の締めとして紅茶をもらい、灰のテーブルの自席に戻って、小休止することにする。
私がテーブルクロスに隠すようにお腹をさすりながら、前方を眺める。
どうやら若君は、分家序列第3位の、風祭家のお嬢様方のところに、やっとおつきになったようである。
亀のような歩みである。
おそらくは、親交を深めようとする分家の姫たちに、引き留められておられるのだろう。
私は、もう諦めたよ。
どうぞゆっくりと、誼を結んでほしい。
願わくば、デザートをもう一循環できる余裕があれば、幸いである。
私たちが紅茶を飲みつつ、まったりとしていると、先ほどの灰咲の分家の男がテーブルに戻ってきた。
私はてっきり戻ってくるにしても、若君が近くに来る時かと思っていた。なぜ今戻ってきたのか?
私の不思議そうな眼差しに気づいたのか、少し微笑んでくれた。
先ほどの無表情とは、大違いである。何があったのだ?
「大海ちゃんだよね?先ほどは、挨拶しようとしてくれたのに、遮ってしまってすまなかったね。私もいきなり灰咲の当主の代理人になってしまって、いっぱいいっぱいになってしまってね。少し席を外して心を落ち着けてきたよ。いや、父の言う通り、灰咲家のことなんて、他の分家は気にもとめていないみたいで、安心したよ」
え、そこで、安心してはいけないのではないか?
灰咲の分家の地位向上を、目指さなくてよいのか?
「近平さんも、すまない。僕はどうも緊張するとぶっきらぼうになって、口数が少なくなってしまう。悪い癖だよ。遅くなったけど、挨拶ありがとう」
父にも、軽く頭を下げてくる。
なんと、灰咲筆頭当主の代理人、結構いい人である。
そちらがそうなら、私だって態度を改める用意はある。
「いえ、こちらこそ、ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。本来なら、儀式が始まる前に、父と御挨拶に向かわねばなりませんでした」
そうだよ!私たちのほうが失礼だったよ!灰咲筆頭当主の代理人が来るとわかっていたなら、こちらから挨拶に行かなければならなかったよ!図書室探しをする前にね!でも私たちも代理人が来るの知ったのは遅かったから、図書質探しに行っても大丈夫だっかかな?
「私の参加は直前に決まったから、ここに着いたのも初見えの前儀が始まるギリギリだったんだよ。だから、事前の挨拶は無理だったから、気にしないで、大丈夫だよ」
やはりそうなのか。会場に入ってきたのも、ぎりぎりだったものね。
「改めて、自己紹介するね。僕は分家灰咲筆頭当主の次男で、灰咲吉助。年は20才」
若い。よく見ると、いい人そうだけど、気の弱そうな方だ。
そんな方が、いきなり代理を命じられたら、気が動転するだろう。
同情を禁じ得ない。
「妹がその、急に熱を出してね。来られなくなってしまって。父もそれに伴い欠席するってなったんだけど、流石に灰咲筆頭の家から誰も来ない訳にはいかなくて。急遽僕が来たって訳さ。はは」
すごい汗だ。妹さん、本当に熱を出したのか?それほど病弱なのか?そして筆頭当主よ。貴様だけは来るべきだろうに!
なに息子に、いやな役を押しつけているのか!
やはり私が考えていたとおりだったか。
それはそうだ。灰咲筆頭の家から誰も来ない訳にはいくまい。
そして貧乏くじを引いたのが、暑くもないのに、汗を流している、この不幸な御次男様である。名前に吉兆の吉が使われているのに、なんとも不遇である。
「他の分家への挨拶はしなくていいよ。僕がしておくから。でも、きっとおざなりに返されるだけなんだろうなあ。はは」
そして気の毒な生け贄、いや、違った御次男様からも、率先して本家や他の分家の方々に挨拶に行けなどの指示はない。
いい人である。
私たち3人は同じ灰咲家として、打ち解けるのに時間はかからなかった。
え、同病相憐れむ?違うのである!




