第10話 私、我が家の家色を思う、地味
スローな滑り出し。
前方の台座に向かって1人のスーツ姿の男性がマイクを持ち、歩いて行く。
どうやらやっと始まるらしい。
と、そこで足早に、灰色のスーツを着た神経質そうな男性が会場に入ってきて、私たちのテーブルに向かってきた。
すっと空いていた席に座った。
ということは、この人が、灰咲筆頭当主の代理人か?
父が立ち上がって、挨拶をしようとしたが、男性がとめた。
「挨拶は不要。式が始まる、前を向いてくれ」
なんだ!父が挨拶しようとしたんだから、軽くでもいいから、受けてくれてもよかろうに!
ていうか、もっと早く来い!
私は憤りを抑えられず、ぷっと膨れた。
父はそんな私を見て、肩をすくめた。
父は、あまり気にならないらしい。
心の広い父である。
そんな短いやりとりの間に、マイクを持った男性が、檀上の端に立った。
その男性のポケットチーフの色は深紫。どうやら本家の血筋らしい。
その男性は端的に告げた。
「本家本宮家の当主、前当主、若君様、御出座」
皆がザッと、立ち上がる。
しかし、なんとも古風な言い回しである。
場は洋風なのに、その違和感に、私は吹き出しそうになった。
言葉だけでも、引き締めようとしたのか?
違和感ありありである。
それでも皆笑わず、目を伏せて、お三方の入場を待っている。
はあ。これは思ったよりも、おもしろい場になりそうである。
私はしっかり腹筋をひきしめなければならないであろう。
父をちらりと見ると、笑っておらず、皆と同様の姿勢だ。
すごいな、純正の日本人たち。
私はある意味で、感心した。
進行役の言葉の後に、檀上に登場したのは3人。
言わずと知れた本家本宮家の前当主、当主、そして今回の主役である若君である。
前当主、本宮隆源様は、まだ当主で通るような、若々しくがっしりとした体型の方である。そして意思の強そうな瞳だ。うん。近づきたくない。人を従わせるのに、慣れた目である。軍隊にいた身としては、命令されたら、はい!と従ってしまうかもしれない。いやだ。私は緩く生きたいのだ。
はっ。誤解しないでほしい。決して、今世に掲げた目標を忘れた訳ではない。
……話をもとに戻そう。
当主、本宮明臣様は20代かと思うほどにお若い方で、すらりとした体型をしている。お二方に共通しているのは色白で、すこし冷たさを感じさせるが、昔も今もおモテになられるだろうな、と推測されるくらい端正な顔立ちをしている。前当主と同様の雰囲気を持っている。それも受け継いだのか。こちらもお近づきになりたくない。
そして本日の主役の若君、本宮篁様は、やはりお二人によく似ている。漆黒の髪に、すっとした切れ長の目が、ひたりと場内を見据えている。
御年7才におなりなる若君、主役の君だが、少しも浮かれたところがない。
よく教育されているらしい。
お労しい。子どもはもっと表情豊かに元気であれ、と願うのは私ばかりか。
まるで前世の貴族社会の一片を、見ているようである。
日本は大変くだけて、かつ柔軟な社会かと思っていたが、古い家は、まだまだ色々なしがらみに、縛られているのかもしれない。
私が若君を少し哀れに思っている間に、当主の明臣様がマイクを持って、ずいと一歩前に出た。
「本日は我が息子、篁の初見えの前儀に出席してくれたことを嬉しく思う。ここにいる乙女たち、そなたらは次代を背負っていく輝かしい未来がある。その最もたる乙女が、我が息子に選ばれることを切に願うものである……」
何気にやはり上からの挨拶である。まあ、我ら一族のトップだ、これでも謙虚なほうなのか。
建前の挨拶はまだ続く。
許嫁の選定はもう終わっているのだろうが、どうやって若君は宣言するのだろうか。
はい、この娘に決めました!と声高々に告げるのだろうか。
うむ。それも潔くていい。
そこだけはちょっと楽しみかもしれない。
この後、若君も挨拶をするのだろうか。まさか前当主様もか!?
せっかくの美味なるジュースが、ぬるくなってしまう。
どうか挨拶は、短めに願う。古今東西、挨拶は短めがよいというのは、真理である。
その私の願いが届いたのか、明臣様が若君の背中を押して、紹介された後は、特に若君からのご挨拶はなかった。
確かに今から許嫁を選ぶよ!との挨拶は不要である。
明臣様の挨拶が終わると、前当主隆源様が、ずいっと一歩前に出てきた。
はあ。檀上に上がったのだから、挨拶するか。
私は手に持ったグラスを、じっと見つめた。
すでにグラスは、汗をかき始めている。
どうか、どうか、前当主の挨拶が、短く終わりますように!
私は美味なるものを美味なるうちに、飲みたいのだ!
「私から申し述べることはない。ただ、この儀が無事に終わる事を願う。乾杯!」
なんと!簡潔で素晴らしい挨拶だ!
前当主様、心得ているね!
「乾杯!」
私は感謝の念を送りつつ、待ちに待ったグラスに口をつけた。
ごくり。
「おいしい!」
予想通り絞りたて、そして選び抜かれたオレンジの果汁!
最高である。
この世にこんなに美味なるものが、存在したとは!
私は感動に打ち震えた。
しかし、その感動も一瞬にして終了。
そう、私はあまりのおいしさに、飲み干してしまったのである。
おかわり、おかわりがほしい!
私は隣に立つ父を見上げて、訴える。
「ジュース、もう一杯欲しい!」
ぜひともに!
父が切なる願望を込めた私の顔を見て、笑って頷いた。
「もう飲んでしまったか?なら、もらってこようか?それに料理も一緒にもらってこようか?」
「はい!」
私はカラになったグラスをテーブルに置くと、父とともに、美味なる料理が並んでいる場に駆け出したい気持ちを抑えて、ゆっくりと進む。
儀式の成功を祝う乾杯が済んでしまえば、後は自由にしてよいと、司会者の男性がマイクで告げる。
あ、私たち少しフライングだったか。
まあ、許容できる範囲であろう。
なお、先ほど儀式が始まる直前に来た灰咲の男は無視だ。
あちらから挨拶は不要って、言ったんだから。挨拶はなしである!
私は怒っているのだ!
でも、父は流石に同じ灰咲分家の人だろうからと、挨拶したのに、自分は名乗らず頷いただけだったみたいだよ!失礼!失礼すぎるよ!
なにか?俺の名前を知らないのは、お前らの不手際だって言いたいのか!?
喧嘩を売ってるなら、買うか!?とも思ったが、父に不利益になるかもだから、我慢するよ!
でも無視だ!無視!
ふう。落ち着け私、怒りは、失敗を生む。
さて、諸君にこれからの流れを、説明しておこう。
各々のテーブルで昼食を取っているところを、若君自らが各テーブルを周り、自分の運命の乙女を探し出すということである。これが初見えの前儀なのだとか。
シンプル。そして、随分と薄い儀式である。それとも究極の省略が、行われたのか。
なお、乙女たちから若君へ、アプローチは、してはいけないらしい。
あくまで控えめに、若君からのお声がけを待つというスタンスである。
一応全部のテーブルを巡るようにはなっているだろうが、我ら灰咲家のテーブルは一番の下座である。
ここまで到達するには時間がかかろう。
若君がこちらにお出でになるまで、腹ごしらえを済ませておいたほうが効率がいい。
そう、若君の前で空腹のあまりの腹の音がなってしまったら、失礼である。
館の内部を探索した身としては、お腹がすいているのだ。
自業自得であると?違う、必要な探検であったのである。
探索に悔いはない。が、図書室にたどり着けなかったのは大いに悔いが残った。
くっ!あの貫禄メイドさんめ!!
「大海、たくさん食べてもいいけど、こぼさないようにね?」
父が、私があまりに、メイドさんに渡された皿を握りしめているからか、そう忠告してくる。
「はっ!そうだね!こぼさないようにするよ!父、ありがとう!」
おいしさに手元が狂って、服にこぼさないようにしなくてはならない。
テーブルに戻ってから、落ち着いて食べるがいいだろう。
まあ、多少こぼしたとしても、色目が灰色だから、それほど目立たないだろうが。
とはいっても、普段着ではなく、私の寸法に合わせたセミオーダーなのだ。
本家のお呼ばれである。着られているではなく、ちゃんと着ている感の服でなければならないと、母が奮発してくれたのだ。私にとっては一張羅。
大事に着なくてはならない。
ここまでお話したところで、優秀な皆様である、もうお気づきになったであろう。
そう、今回許嫁候補は、それぞれの家色を使った服を着ているのである。
指定されてはいない。
が、それが常識であるらしい。
ここでも上下関係の厳格さが現れている。
我が分家灰咲家の家色は、灰色。
オフホワイトのブラウスに、灰色のジャンパースカートが、私の本日の服装である。
どこぞの学校の制服かと思われるつくりである。
はっきり言おう。地味だ。
我ら灰咲家の家色は、なぜに灰色と、地味なのか。
分家序列第5位の家色も茶だが、服の色としては、品がよい。
我が分家の扱いが、わかろうものだな。
地味で雑な扱い。本来なら憤懣やるかたないが、今日に限ってはありがたい。
これは間違いなく、若君の許嫁に選ばれることはないだろう。
ダメ押しで、横で料理を選んでいる父に、尋ねてみる。
「父、今回招待状が届いて以降、本家より連絡などあった?」
「いや、ないよ?」
決定である。根回しがない。すなわち蚊帳の外ということであろう。
やはり我が家はかろうじて灰咲の分家であるが、末の末、もう一族の外と見なしてもかまわぬくらいの、極薄の縁なのである。
おそらく私が、本家や分家に関係ない家に嫁げば、本家はいうに及ばず、分家ともぶっつりと縁が切れるだろう。めでたきかな。
堅苦しいのは、前世で満腹である。
今世は自由に自分の好奇心の赴くままに、生きたいものである。
それの第一歩として、ここの料理を心ゆくまで堪能しよう。
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