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蜀漢滅亡の真因――諸葛瞻という「虚像」と、理念なき国家の末路  作者: えいの
第二章 「停滞」の系譜――費禕から始まる内向きの論理

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2-2. 益州派の台頭と譙周『仇国論』の毒

費禕による「討賊の事実上の放棄(北伐の極端な制限)」と「益州への引き籠もり」の正当化は、単なる軍事戦略の転換に留まらず、中央の朝廷内に極めて深刻な政治的パラダイムシフトを引き起こした。これまで「漢室復興」という巨大な大義名分の下で沈黙を強いられていた、「益州派(土着の豪族や知識人たち)」の台頭である。

彼らの視点に立てば、この戦争の景色は全く違って見える。もともと自分たちの土地である益州に、劉備ら「荊州派」がよそ者として入り込み、「天下を取る(中原を奪還する)」という彼らの勝手な夢のために、何十年にもわたって益州の民の血と税を絞り取ってきたのである。諸葛亮の圧倒的な権威とカリスマ、そして「正統なる帝国」という強烈なイデオロギーの縛りがあるうちは、彼らも表立って反論することはできなかった。

しかし、トップである費禕自らが「保国治民(もう天下を狙うのはやめて、益州の中だけで平和にやろう)」と言い出したのである。この路線は、益州派の積年の不満と見事に合致した。「我々は漢帝国などという幻想を捨てて、単なる益州の一地方政権として、魏を刺激せずに生きていけばいいではないか」という空気が、堰を切ったように宮廷を支配していく。

この内向きで敗北主義的な空気に、強固な「理論的武装」を施したのが、益州出身の大学者であり、後に劉禅に降伏を直接勧告することになる譙周しょうしゅうである。

景耀年間(258年〜)、前線で孤軍奮闘する姜維の軍事行動を徹底的に批判し、世論を反戦・現状維持へと誘導するために譙周が書き上げたのが、蜀漢の歴史における最悪のプロパガンダ文書『仇国論きゅうこくろん』である。

『蜀書』譙周伝にその全文が収録されているこの文章は、「高遠子」という人物と、「因餘(小さな国=蜀を暗示)」と「肇建(大きな国=魏を暗示)」の架空の問答という体裁をとっている。譙周はその中で、次のように主張する。

「處大無患者驕、處小有憂者善圖。(中略)苟意不至、黷武黷客、此夫差所以禽也」

(大国にあって患いのない者は驕り、小国にあって憂いを持つ者はよく国の存続を図るものだ。……もし条件が整っていないのに、みだりに武力を用い客〈民〉を疲弊させれば、これこそ呉の夫差が捕らえられたゆえんである)

譙周は、周の文王が殷の暴君・紂王に従属するフリをして時を待った故事などを引き合いに出し、「小国(蜀)は大国(魏)に対して無謀な戦争を仕掛けるべきではなく、民を休ませて自滅を待つべきだ。姜維のようにみだりに武力を用いる(黷武)のは国を滅ぼす行為である」と説いた。

これもまた、費禕の論理と同じく一見すると尤もらしい「正論」の衣を被っている。しかし、その本質は極めて悪質である。なぜならこの論文は、蜀漢の自己定義を「正統なる中華帝国」から「大国に怯える小国」へと完全に矮小化し、「何もしないこと(事実上の降伏待ち)」を思想的に正当化するものだからである。

「討賊」を放棄した益州政権など、魏から見れば単なる「地方の反乱分子」に過ぎず、いつでも巨大な軍事力で押し潰せる存在に成り下がる。大局的な防衛戦略(攻勢防御)を無視し、目の前の平穏だけを求める譙周の論理は、国家の土台を内側から腐らせる致死量の毒であった。

知識階級の頂点に立つ譙周がこのような論文を公然と発表し、それが宮廷内でもてはやされたという事実自体が、蜀漢の中央政権がいかに国是を見失い、精神的に腐敗しきっていたかを如実に物語っている。前線で魏の脅威を食い止めようとする姜維は、この『仇国論』によって政治的・経済的な後ろ盾を完全に失い、益州派からの激しい非難の的となっていく。

そして、この「理念なき益州派」の空気と、父から受け継いだ巨大なハロー効果(威光)を都合よく結びつけ、国家を完全な破滅へと導く「最悪のプレイヤー」が、いよいよ政治の表舞台にしゃしゃり出てくるのである。

それが、諸葛瞻である。

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