守れたもの
「…」
あ、明るい…。
「ううっ、頭が痛い…」
僕はそっと目を開けた。
けどまだぼんやりとしか周りを見れていない…、ここはどこなんだ?
僕は目が慣れるのを待った。
そしてすぐに視界のぼやけは薄まり、そこは見覚えのある部屋だった。
そうそこは紛れもない僕の部屋だった。
部屋にはこれといったものは何もなく、強いて言うならシングルベッドがあるくらいだ。
なので別に散らかっていることもなく、散らかるものすらない。
こんなにも生活感がない部屋も珍しいだろう。
というか初めてだな…、自分の部屋についてなにかを思ったのは。
毎日起きては朝食を済ませてアイリのところへ向かって修行をしていたものだから、
そのようなことを考えている暇はなかったな。
てかこんなどうでもいいことを考えているなんてどうしたんだろ…。
僕は不思議に思いながらもベッドから降りようと足をベッドの横に移動させようとした。
そこで初めて自分の隣を見て僕はやっと言葉を発した。
「だれ…?」
僕の隣に誰かがいたのだ。
正確には誰かが僕の隣で寝ていたのだ。
しかもこのシングルベッドで。
もう一度言おう、ここは僕の部屋だ。
こんなにも質素な部屋なんて自慢ではないがそうそう無い。
まあつまりだ、僕が忍び込んだわけではないということだ。
ふう、僕は加害者側ではなく、被害者なのだ。
そう思えば何ら焦ることはない。
気楽に行こう。
「ん~…」
「え、」
否、気楽に行けるわけがなかった。
僕の隣で寝ていた誰かは女性であった。
しかも間違いなく母さんではない。
よし、まず状況を整理しよう、今女性のような甘い声をしていた。
しかも結構若い人の声な気がする。
そして顔には絶妙に誰が寝ているかわからないように布団がかぶせられている。
さらにさらに、このシングルベッドに僕とこの誰かが丁度入るということは、
僕のようにまだ子供な可能性が高い。
これらの情報から推察できるこの人の特徴は…
「僕と同じくらいの年齢の女性であるということ…」
こ、これは布団をどかせて顔を見るべきか?
いやここは僕の部屋なんだ!
何を迷う必要がある!この女性はまだおそらく寝ている…。
少し顔を見ようとしてもまだ起きないはずだ。
よし、見る。見るからな!
恐る恐る頭の方にある布団へ触れようとする。
「オー…デン、ス…」
「な!?」
ぼ、僕の名前を知っている。
ということは僕の知り合いなのか。
それはまずい、知らない人がベッドの隣で寝ているよりも、
知っている人の方が気まずい…。
なぜなら、知らない人なら関わることが少ないからベッドの隣で寝てた
ということがあってもそもそも会わないから恥ずかしくなることも無い。
だがしかし!これが知り合いならば…、会う回数も必然的に多いため、
今後の付き合いは相当気まずくなるだろう。
まあ知らない人の方がホラーではあるんだけどね。
「どうすれば…」
見ないなら見ないで気になるし、見たら後悔するかもしれない。
そうだ!このことを父さん母さんに!
いや待てよ…、こんな状況見られたら、僕もさすがに言い逃れできないんじゃないか?
だって二人で寝ていたってことはあれをしていたって勘違いされてもおかしくは…。
あれ、え?僕たちしてないよね?
なんか不安になってきた。
だって昨日の記憶がまだ思い出せない。
まだ頭が少し痛いからだろうか…?
「思い出せ!僕はまだ未経験だったんだぞ?
もし初めてを取られているのだとしたら、ちゃんと思い出さないと。
僕の息子の勇姿を思い出さないと!」
僕は必死に思考を巡らした。
「そういえば昨日は…疲れすぎて外で寝ちゃっていたような…」
「ふあ~~~、良く寝たー」
もう少しで何か重大なことを思い出せそうな時にその女性は起きてしまった。
僕の布団を根こそぎ全部持って行って、布団で隠されたまま体を起こした。
女性は背中をこちらに向けたまま起き上がり、止まった。
こ、声をかけるべきなのだろうか…。
どうするか悩んでいるとその女性は自分の特徴を徐々に露わにしていった。
まず頭のてっぺんからアホ毛。
うん、見覚えがある。
そして黄色い髪色も見覚えがあった。
彼女の寝起き姿は初めて見たかもしれない。
さらに両腕を上にあげて背中を伸ばしたところで、布団がはけて彼女の姿がようやく見えた。
なんで…ここに。
「アイリ…なんで?」
「ふぇ?」
ふぇって…。
「オーデンスおはよう…」
「お、おはよう。いやじゃなくって!なんで僕のベッドで寝てるんだよ!」
僕はまだ寝ぼけているアイリに直球で質問を投げかけた。
「何言ってるの…?ここは私の…」
そう言ってアイリは部屋を隅々まで見渡した。
その顔はわかりやすく徐々に変化していった。
最初は寝ぼけ顔だったのが、徐々に "?" という顔に変わり、
最終的に青ざめていった。
そして気が付けばアイリは完全に硬直していた。
アイリの反応を見るに、アイリもどちらかというと被害者側なのだとわかった。
僕たちは誰かに連れられてここで眠らされていたらしい。
全く誰だこんなことを考えるバカは…。
「アイリ、目を覚ませ!」
「あー、あー…」
僕は動かないアイリの肩を掴んで左右に振った。
こうしていればいつか正気を取り戻すだろう。
今は聞いたことも無い奇声を上げているけど…。
そうだ、夢の可能性があるじゃないか!
僕は右手で思いっきり自分の顔を引っ叩いた。
「痛い…」
夢ではなかったらしい。
そこで僕は何気なく自分の右手を見た。
どうしても自分の右手に何か違和感がある。
どうしてだ?
いつも見ている変わらない僕のただの右手じゃないか…。
なのになんでこんなにも違和感を感じるのだろうか…。
「やっぱり何か重大なことを忘れているような…」
僕はもう一度思い出そうとした。
昨日何があったのかを。
そしてこんなにも自分の右手に違和感を感じている原因を突き止めようとした。
「あ、」
僕は記憶の中を探りやっと思い出した。
なんで忘れていたんだろう、あんなにも苦しかった一日を…。
いや、あるいは忘れていた方が幸せだったのかもしれない。
僕もあいつの顔は思い出したくなかった。
僕の右腕を切り落としたあいつを…。
「はあ、はあ…はぁ」
僕はどんどん呼吸が荒くなってきた。
昨日のことを鮮明に思い出せば思い出すほど自分がどんな目にあってきたのかを再認識した。
僕は呼吸を戻すために思い込んだ。
昨日はとても恐ろしい一日であったがもうあいつはいない。
もう会うことはないのだと思い込み、無理矢理安心させた。
だがあいつはまた来ると言った。
アイリを連れ去るために…、昨日よりも念入りに。
そのいつ来るかもわからない恐怖を鎮めるのはやはり難しかった。
「く、苦しい。なんで僕はあいつの前で平然としていられたんだ…」
昨日はアイリを守ることで精一杯だったためかもしれない。
あいつがもうこの村にいないとわかって安心したところで、
遠ざけていた恐怖が顔を出してきたのだろう。
それに…
「な、なんで僕の右腕が…」
僕がさっきから違和感を持っていたのはこのことだ。
確かに切られていたはずなのに。
こんなにも苦しくなってしまうなら思い出さなければ良かった…。
そして僕が苦しそうにしているのに気付いたのかアイリは目を覚ました。
「オーデンス?顔色悪そうだけど大丈夫?」
「ごめん、今は普通に話せないかも…」
僕はアイリから目をそらした。
アイリは心配してくれていたが、僕は自分の苦しそうな顔を
見せたくはなかったのだ。
もしかして、アイリはまだ昨日のことを思い出せていないのだろうか?
思い出せていないならその方が良い。
思い出してはいけない出来事なのだこれは。
「オーデンス、こっち向いて…」
アイリが優しく声をかけてくれた。
僕はさっき冷たい対応をしたのに…。
けどその優しさには甘えられない。
僕は顔こそアイリに向けていないが、体は震えていた。
僕はアイリから離れようと思い、ベッドから立ち上がろうとした時だった。
「え?」
僕の背中に暖かさがあった。
アイリは背を向けている僕に、腕を胸に回して顔を背中にうずめていたのだ。
「アイリ何を…?」
「オーデンス…、大丈夫。もう大丈夫だから」
大丈夫ってなんだよ…。
そんなこと言われても僕のこの苦しさは誰にも理解できない…。
「は、離してくれ…」
僕は弱い声で言った。
「オーデンス、昨日はありがとね…」
「!?」
僕は体を震わした。
なんとアイリは昨日の出来事を思い出していたのだ。
でも思い出したのならなんでこんなにも平然としていられるんだ。
僕がただ気弱な人間だからなのか…。
「アイリ思い出したの昨日のこと…」
「うん、ついさっきだけどね」
きっと僕の苦しそうな顔を見ていたときだろうか。
「アイリは強いね、昨日あんなことがあったのに。僕はまだ怖い、情けないよ…」
僕は思っていることを話した。
普段は見栄を張ってこんなことは言わない。
けどなぜか今は本音が言えた。
「オーデンス…、気づいていないだろうけど実は私結構怖がってるよ?」
「う、うそだ…。そんなわけ…」
そんなわけないと言いかけたところでアイリの回してきた腕の力が強まった。
そうして僕とアイリの体の距離はぐっと近くなった。
そこでようやく僕はアイリの気持ちに気が付いた。
さっきはわかんなかったけど、体をよりくっつけたことでわかった。
アイリの体の震えが自分の体に伝わってきたのだ。
「アイリ…震えているの?」
「だって怖かったもん…」
そうか。
僕はとんだ勘違いをしていた。
アイリは強い女の子に見えて、実は寂しがり屋さんで泣き虫なごく普通の女の子なのだ。
僕が真っ先に理解してあげなきゃいけないはずなのに…。
僕は勝手に勘違いして苦しいのは自分一人だと思い込んでしまった。
わかってあげてるつもりでも全くわかっていない。
僕は男としてもダメだな…。
そしてしばらく無言の時間が進んだ。
僕は時間がたっていくにつれて羞恥心にかられた。
居ても立ってもいられず僕が先に口を開いた。
「アイリさっきはごめん…」
「別に気にしてない…」
「いやいや気にしてるでしょ…」
「気にしてないもん」
僕はこんなやり取りをいつもしていたのに、なぜか懐かしくなって笑ってしまった。
「なんで笑っているのよ…?」
「いやなんか懐かしく感じちゃって…」
「ふーん、変なの…」
確かに変かもしれない。
そしていつの間にか僕は恐怖が無くなっていた。
アイリと一緒にいる時間がたまらく安心したせいだろうか。
それともいつもの日常が戻ってきたからだろうか。
まあ、どちらでもいいや。
こうして無くなりかけた日常が戻ってきたんだ。
それを喜ぼう。
「アイリ…」
「なに?」
「僕ちゃんとアイリを守れていたかな…」
「何よ急に。私がちゃんとここにいるってことはそうなんじゃない?」
「そっか…」
僕は今までアイリをいざというときに守れるようにするために修行をしてきた。
そしてアイリの目の前でアイリを守ることができた。
まあ、相手はアイリを傷つけるつもりはなかったから、
守ったって言っていいのかわからないけど。
「でも、アイリを連れて行かせなかったということは、守ったって言っていいよな…?」
「なんか言った~?」
「なんも言ってないよ…」
僕はようやく努力が報われた気がした。




