幕引き
「えええええええ!?」
僕は人生で一番驚いたかもしれない。
なぜならこんな田舎の町に、人類最強の精鋭部隊である英雄騎士団の中の、
世界に一人しかいない英雄騎士団長様がいるからだ。
そりゃ驚くだろう、しかもこんな大ピンチの状況で。
庶民の僕がお目にかかれるなんて夢にも思わなかった、
きっとアイリが起きてたら失神してしまうのではないか?
なんせ英雄騎士団長は英雄に一番近い存在と言われているんだから。
でも本当になんでこんなところに…。
「ははは! 実におもしろい顔をしているな!」
お、おもしろい顔って…。
別に構わないけど、急に失礼な人だな。
英雄騎士団長はもっと高貴な人だと勝手に思っていたけど…、実は違うのか?
もしかして偽物っていう可能性もあるかも…。
「ふむふむ、俺が来るまで良く大切な人を守り抜いたな!」
そしてその英雄騎士団長を名乗っている人は僕の頭をくしゃくしゃと撫で始めた。
「や、やめ…!?」
僕は最初こそ拒絶しようとしたものの、僕の頭を撫でている手に違和感を感じ、
驚きを隠せなかった。なんて大きくて皮が分厚い手なんだ。
僕もこの人ほどではないがそれなりに分厚い手をしていると思う。
なんせ毎日修行で剣を振ってきて、技術の上達はあまりしなかったが、
何度も手のひらにマメができて、痛くても我慢して剣を振りマメをつぶし続けた。
その結果が今の僕の分厚い手だ。
いやこのひとに比べたら分厚い手なんてとても呼んではいけない。
この人の手からは計り知れないほどの努力がびしびしと伝わってきた。
英雄騎士団長なのかは定かではないが、ただならぬものだと僕は確信した。
「まだ子供か…、少年素質があるんじゃないか?」
しばらくして撫でるのを止めたと思ったら意味が分からないことを言ってきた。
素質だって?
そんなのあったらここまで苦労してないよ…。
「そ、そんなことないですよ…」
「そうか?俺は今まで少年ほどの胆力を持っているものを見たことはないぞ?」
「胆力って…」
胆力なんて…、そんなの大きな力の前では特に意味を成さない要素だ。
結局この世は強さなんだ…。
あれ、というかもしかしてこの人は僕らの戦いを見ていたってことか?
「も、もしかして少し前から見ていましたか?」
「ああ、少しだけな」
そんな…、じゃあ
「じゃあ、何でもっと早く…」
もっと早く助けに来てくれなかったのか。
僕はそう言いかけた。でも結局助けてくれたからいいじゃないかとも思った。
別に誰が死んだわけでもない、アイリも僕も無事だ。
まあ早く来ていればアイリは倒れることも無かったのかもしれない。
だけどピンチなところを助けてもらったのも事実。
だから言葉を切って、僕は口を閉じた。
まあ多分何が言いたいかは伝わってしまったかもしれないけど。
「少年たちならあるいは勝てると思ったからだ」
「え?僕たちがあいつに?」
僕は耳を疑った。
端から見たらそう見えるのか?
僕からしたらただ遊ばれているようにしか見えなかったよ…。
そういえばあいつは何もしかけてこない。
ずっと立ったままで、僕たちを見ている。
今はこの人が背を向けているからチャンスなはずなのに…。
けど、この人が本当に英雄騎士団長だからこそ仕掛けれないのかもしれない…。
僕はほぼこの人が英雄騎士団長だと信じてしまっていた。
「ああ、そこの少女は幼いながら上級魔術を扱えていて実に素晴らしい。千年に一度の逸材かもしれん」
「た、たしかにアイリがすごいのは確かですが…」
アイリはすごい、そんなことはわかっている。
けど、僕はきっと足を引っ張っていた。
ずっと魔力障壁を張ることしかできなかったんだから。
僕が魔術をもう少し扱えていればもっとマシな戦いになったかもしれないのに。
「そして少年の魔力障壁も素晴らしい。
カラクリはわからんが少年は初級魔術であの魔王護衛軍幹部の一人の攻撃を凌いでいたんだからな」
「え、ま、魔王護衛軍の幹部?」
な、なんでここで魔王っていう単語が出てくるんだ?
しかもその護衛軍の幹部なんて…、どう見ても人の形をしているじゃないか。
「一体何を…?」
話があまりにもぶっ飛びすぎている。
英雄騎士団長の名前が出てきたと思ったら、
次は魔王護衛軍幹部かよ。
何がどうなってんだよ!
「少年は知らないだろうが、魔族というのは魔剣を1つもつのだ。
人間のように魔術は扱えない代わりに奴らは魔剣を1つもっている。
だが、魔王護衛軍幹部クラスとなると魔剣を2つ以上持つのだ」
「は?え?」
この人は遠慮なくずらずらと説明し始めた。
もちろん僕はバカだから理解が追いつけるはずもない。
だけどわかるのはあいつは確かに剣を扱っていた。
そして人間離れした強さ。
もしあれが魔術によるものではないのなら…。
「それとな、魔族というのは人型もいるのだ」
「…」
どんどんと新しい情報が流れ込んでいく。
うん、難しい話はもういい。
あいつが人間じゃないのならあの異次元な強さや耐久力は納得がいくじゃないか、
うんうん納得。
「理解できました。そして遅れましたがピンチのところ助けに来てもらいありがとうございます」
僕は助けてもらった感謝をここで言った。
まずなにはともあれ、この人に感謝をするのが先じゃないか、
突拍子もない話ばかりされていて完全に忘れてた。
「いいってことよ!それが仕事でもあるしな!」
そう言ってこの人はやっと前を向いた。
そしてあいつと対面する。
「待たせて悪かったな!」
「平気だ、待たされるのには慣れている…」
そしてあの男は僕を一瞬見た。
まるでお前らのことだと言わんばかりの顔で。
ぼ、僕待たせることなんてしたかな?
気のせいさ、僕は記憶にないよ!
「そうかそうか!感謝する!」
気づけば二人の距離は1メートルもなかった。
き、きっととんでもない戦いが始まろうとしてるんだ!
離れた方がいいかな?
いやけどその戦いを目に焼き付けたいとも思っている。
だけどやっぱりアイリが優先だから、
できるだけ離れよう!
そう思い、アイリをおんぶしてできるだけ遠くに行こうとした。
「おう少年、どこへ行くんだ?」
僕は数メートル離れたところで呼び止められた。
「いや、どこって…、アイリを安全なところに…」
「もう安全だ。戻ってこい」
「んん?」
え、安全ってどこが?
まだあいつは目の前にいるじゃないか。
まだピンピンしてるぞ?
「なにが安全なんですか?」
僕はたまらず聞いた。
「もうおとなしく帰ってくれるそうだ」
「は!?」
そ、そんなわけないだろ!
さっきまであんな殺意をむき出しでアイリを連れ去ろうとしたんだぞ?
どんなことを言ったらあいつがおとなしく帰ってくれるというんだ?
是非僕にも聞かしてほしいよ。
「ほ、ほんとなんですか?」
僕は恐る恐るあいつに聞いてみた。
こんな戦いがあっさり終わってたまるか!
「ああ、連れて帰るのが難しいと判断した」
「あ、なるほど…」
確かに、かの英雄騎士団長様がいるのだ、
そう簡単に連れていけるはずがない。
まあ英雄騎士団長様がいるなんて、
全然実感が湧かないけど…。
でもこの状況ならアイリを連れて帰るのは難しいと判断して一時撤退という考えも納得できる!
「ほ、ほんとうにもう終わりなんですか?」
「ああ、代わりに持ち帰るものはできたしな…」
代わりに持ち帰るもの?
なんだそれ。
なになに、まさか僕の心臓とかいつの間にか取られたりしていないよね?
まさかアイリの魂?
…いや、何をバカなことを考えているんだ。
どうやら僕の頭はパンク寸前らしい。
「そ、そうですか。大切に持ち帰ってくださいね…あはは」
「ああ…」
てか本当に帰ってくれるのか…。
あとで何を話したか聞かないと。
「だが、いずれまた来る。その時は絶対に連れていくぞ…」
そう言って歩き始め、僕らの目の前を静かに通過したのだ。
「はあ、はあ…」
どうやら僕は息を止めていたらしい。
帰るとはいっても体はそのことを信じていなかったらしい。
けど、ちゃんと帰ってくれた…。
魔王護衛軍幹部なのに歩きで帰るんだな…。
そしてやっと姿が見えなくなった。
「終わった。今度こそ本当に終わった…」
僕は急速に体から力が抜けていくのを感じた。
あ、やばい、倒れる…。
アイリをおんぶしたままの状態で倒れてしまいそうになった時、
英雄騎士団長様が咄嗟に支えてくれた。
「おっと、大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます…。すいません、少しの間休みます…」
そう言い、僕は目を閉じた。
「ああ、疲れを癒せ少年よ」




