救世主
―――オーデンス視点―――
ふと背中に寒気がした。
そして気づけば背中だけでなく、足も手もすべてが冷気に包み込まれた。
さ、寒い…、急に周辺の温度が下がったきがする。
まさか…この寒さはもしかして…。
俺はここでやっと後ろを振り向いた。
「アイリ…、完成させたんだな」
アイリは上級魔術を習得したのだ。
そして…
「泣いてる…?」
その目には確かに涙がこぼれていた。
「上級魔術「絶対零度」」
そう発した瞬間、先ほどの温度よりも一気に急降下するのがわかり、
凍えそうな体を震わせながら僕は大きな衝撃を受けていた。
「こ、これが上級魔術…」
アイリが作り出した魔力があいつに向かって放出された。
とんでもない魔力の量の塊が冷気の塊に変化するのが見え、
その凝縮された冷気が地面を伝い、地面には次々と大きな氷塊が出来上がり、
その大量の氷塊が僕の目の前を通過してあいつを氷塊で覆った。
これほどのすさまじい冷気を作り出すのが上級魔術で、
そしてそれを操る上級魔術士がアイリ=ノイルロット。
僕はアイリとの差がまた大きく開いたのを感じて悔しいという気持ちを抱きつつも、
やっぱりすごいという気持ちの方が強かった。
「アイリ、おめでとう…」
「はあはあ、あ…りがとう」
アイリはものすごく疲れているようだった。
それもそうか、あれほどの魔術…。
疲弊しない方がおかしい話だ。
「それよりあいつは?」
どうやらアイリは立っているのがやっとであり、
まだあいつが今どうなっているのかが見えていなかったらしい。
「大丈夫、あいつは今氷漬けにされているよ」
氷塊に覆われていて、固まったままだ。
さっきまであんなにも恐ろしかった男が今ではピクリともしていない。
上級魔術恐るべしだな。
「そう…、じゃあ今上級魔術を、習得した甲斐が…あったわ」
それにしてもきつそうだな。
僕が回復魔術を使えれば、この状態を回復させることができるのに。
魔力は余っているのにもったいない。
「ありがとう、僕の無茶な頼みに応えてくれて」
ほんとうに凄い人だよアイリは…。
こんなすごい人をこの村に置いていくわけにはいかないって
言う人の気持ちもわかる気がする。
「ほ…本当よ、バカッ 」
「ああ、好きなだけ言ってくれ…」
僕は晴れ晴れとした気持だった。
僕があいつを倒したわけではないけど、アイリを守ったのはこの僕だ。
たまたまだったとしても僕は、やっと目の前でアイリを守ることができたんだ。
それだけでも今まで修行をしてきた甲斐があった。
これで心置きなくアイリを送れる…。
「ねえ、オーデンス…」
「ん?どうし…!?」
アイリがやけに弱々しい声で僕の名前を呼んだと思ったら、
アイリはこっちに飛びついて抱き着いてきたのだ…。
「あ、あ…え?え?」
「(えええええええええ!?)」
どどどどどど、どういう状況だこれ!
アイリは一体何のつもりなんだ!
僕はアイリに抱き着かれて固まったままだ。
「あ、あの…」
「オーデンス…」
僕はアイリが体を震わしているのがわかった。
泣いてる…?
いや、疲れすぎて僕にもたれかかっているだけか…。
「オーデンス…生きててよかったあああぁぁ…」
いややっぱり泣いていた。
泣き虫なところはほんと変わんないな…。
もうすでに2回くらい死んでるわけだけどそんなことは言わなくていいか。
けどほんと、生きている実感が湧かないな…。
「僕もアイリが連れていかれなくてよかった…」
僕はアイリに応えるように、そう言った。
本当に良かった…、目のあたりに少しじんわりとくるものがあったが僕は泣かない。
なぜなら泣き虫じゃないからね!
まあそんなことはさておき、これからどうしよう。
誰もここに駆け付ける気配はないし、もしかして僕たち以外全員眠らされてしまったのか…?
ということは父さんも母さんも…。
もしそうなら今から起こしに行った方がいいな。
後始末は大人にやってもらうに限るな。
「アイリ、とりあえず他の人を起こしに行こう」
アイリの頭を撫でながらそう言った。
アイリは言葉で返事せずに、小さく頷いただけだった。
しかし一向に離れてくれはしなかった。
これは…まだしばらく時間がかかるか?
まあ、別にこの状態も嫌じゃないしまだこのままでいるか。
そんな時に心地よい時間を壊すような、なにかの軋む音がした。
「な、なんだこの音…」
軋む音はどんどん大きくなっていく。
音がどんどん大きくなっていくことでその音の正体に気づいた。
それは僕の後ろ側にあった。
「ま、まさか…」
まさかまさかまさか、まさか…。
嘘だと言ってくれよ!
「まだ生きてんのかよ!」
そうあいつはあの状況でもまだ生きていたのだ。
あれだけの氷塊に覆われながらも、
そしてアイリの上級魔術をくらっても尚立ち上がろうとしていた。
「アイリ起きろ!あいつまだ生きてた!」
けどアイリからの返事はなかった。
体を無理矢理離してみたらアイリは眠っていたのだ。
「まじかよ…」
たしかに見る限りアイリは立っているので精一杯な様子だったし、
上級魔術ともなれば消費魔力も今までの比じゃないはずだから眠ってしまうのも無理はない。
ということは…
「今はぼく一人か…」
僕は絶望感で心が埋め尽くされていた。
そしていつの間にか魔力障壁も解除されていた。
普通の魔力障壁は今すぐに展開することができるが、
ただの魔力障壁ではまた同じように魔力が底をつきて倒れてしまう。
そしてその間にアイリを連れ去られてしまう。
アイリは眠っているから連れ去られようとしても抵抗できずに連れていかれるだろう。
ミシャの盾ならアイリと僕を守れるだろうけど、
さっきミシャの盾を完成させることができたのはたまたまで…、
なにより集中力がいる。
僕がまたミシャの盾を発動させようとしている間に僕を攻撃してこない保証はない。
「どうすれば…」
そう悩んでいる間に氷塊はどんどん崩壊していった。
僕はなんの策も浮かばず、多々そのさまを傍観しているしかなかった。
そしてとうとう氷塊からあの男の腕が出てきた。
ああ、出てきてしまった…、
アイリがやっとの思いで習得した上級魔術でもあの男を殺すことはできなかった。
…あれだけの冷気と威力を誇る魔術、あの男以外なら間違いなく即死であっただろう。
これで死なないということがあの男の理不尽さを象徴していた。
「魔力障壁…」
僕は観念して魔力障壁を展開した。
そう、僕は観念したのだ。
この魔力障壁は逆転を狙う魔術ではなく、
負けを先延ばしにするだけの魔術であった。
もうあきらめないと宣言したオーデンスの最後の抵抗であった…。
「なかなか効いたぞ今のは…。その歳で上級魔術を習得するとは恐ろしいものだな」
あの男は氷塊を破って出てきた。
効いたと言っているが僕の目には無傷にしか見えなかった。
上級魔術であの男を殺せない以上、もはや勝ち目など最初から無かったのだ。
けど簡単にアイリを渡すものか!
簡単に渡したらここまで頑張ったアイリの努力が無駄になってしまう。
「絶対渡さないぞ…」
僕はあの男を睨んだ。
先ほどまで震えていたのが嘘みたいに…。
僕はあの男を克服したんだ、恐怖よりも僕の中の勇気が勝った。
けど勝ったところで結果は変わらないのだと思い知らされた。
睨んではいたが、それはただの虚勢だった。
「もう諦めろ。俺は避けることもできた。だが避けなかった、
理由は勝てないと思い知るには一番手っ取り早いと思ったからだ」
あの男はどこまでも冷静だった。
あの男の想定通り、僕は絶望してしまっていた。
結局手のひらで転がされていただけか…。
けど
「僕は最後まで足掻いて見せる…」
今僕にできることはこれしかなかった。
「そうか、無駄な足掻きだな…」
ああ無駄さ。
そんなの僕にもわかっている。
けどそれが無駄だとわかっていても、諦めることなんてできない。
アイリと過ごした数年間、アイリと笑い合ったり怒り合ったりした数年間。
その積み重ねが今のこの無駄な抵抗をさせている…。
今までのことをなかったことになんてできない…、
今さらアイリを僕から引き離そうなんてさせるもんか。
僕は今大切な人を取られたくないと駄々をこねているのかもしれない…。
もしかしたら僕は今とても情けないのかもしれない…。
けど、やっぱり諦めるなんてできないよ。
理屈じゃない、感情がそれを許さないんだよ!
「ああ人生なんて9割無駄なことだよ…。
けどその1割の何かに希望を抱いてるから人は無駄なことをし続けるんだろうな…」
ああ、何を言っているんだ僕は。
「それが人間か…」
「さあね…」
それはわからない…。
ただ今ふとそう思ったから言っただけなんだ。
なんせ僕はまだ12年しか生きていないからね。
「もう話は終わりさせてもらおう…。
俺は今からお前を殺す。先ほどの強力な魔力障壁でないなら死剣で十分だ」
ああ、確かにその剣でなら殺せるな。
ミシャの盾じゃないとそれは止められない。
「貴様は理から外れ人間だ。おそらく時間が経てばすぐに生きがえるのだろう。
だが、生きがえった時にはもうアイリ=ノイルロットは存在しない」
それもわかっていたことだ。
わかっていたことだけど、想像すると嫌だな。
結局最後は僕の力不足でアイリを守れないなんて。
起きたら大泣きして悔しがるんだろうな。
「では、さらばだ」
アイリ…。守れなくてごめん…
「ははは!安心したまえ」
え…?
「この俺が来たからにはもう怖いものはないぞ!」
「だ、誰…ですか?」
気づけば目の前に知らない大男が背中を見せて立っていた。
「貴様…、なぜここにいる?」
「ははは!たまたまここを通りかかったらこの村の異様な状況に気が付いてな。
来てみたらこのありさまよ」
あの男と目の前の大男はまるで知り合いのように話していた。
そしてあの男の目つきは僕たちを見ていた目と違う、はっきりとなにか嫌そうな顔をしていた。
「おお!少年よ、紹介し忘れたな。俺は英雄騎士団長ギルフォードだ!」
え、英雄騎士団長?
英雄騎士団ってあの魔族に対抗するために編成された人類最強の精鋭部隊で…、
その団長ってことはつまり…
「ええええええ!?」
めっちゃすごい人じゃんこのひと!




