上級魔術【絶対零度】
―――アイリ視点―――
上級魔術「絶対零度」。
魔術の本には最強の氷魔術と記されていた。
私は初級魔術をほとんど使えて、中級魔術も氷と水の系統なら習得していた。
そのこともあって村中で私は天才扱いをされていた。
将来の英雄候補だとか、村の誇りだとか散々言われてきたし、私はそれを苦には思わなかった。
そして周りに自分と同じことをできる人がいなかったため私は自分が特別だと思っていた。
だけど、そんな私を良く思わない人もいた。
私を蔑む人達は決まって私と同じくらいの年頃だった。
私に嫉妬をしているのもわかっていた。
最初は何を言われようともどうってこともなかったのだ。
努力をしてこなかった人たちの言うことにいちいち腹を立てても疲れるだけだから。
けれどもそれは序の口で、私とは関係ない事件を私のせいにしたり勝手な噂を流して私を追い込もうとした。
気にしないつもりだった私も、徐々に心が弱くなっていった。
周囲の大人の期待と同年代の嫉妬。
私はいつからか心から笑えなくなっていた。
私は誰にも心を開けなかった。
お父さんにもお母さんにも、弱い自分は見せれなかった。
私は孤独な人間であったのだ。
だけどそんな時、私に対する悪い噂や陰口はどんどん減っていった。
最初は理由がわからなかったけど、それはすぐにわかった。
オーデンスのおかげだった。
オーデンスは小さいころから私と一緒に居ようとした。
なんで一緒に居ようとするのかと聞くと、どうやらオーデンスの
お父さんに私を守ってほしいとお願いされたそうだ。
私は別に弱くなかったし、剣術と魔術もそのころは大人に負けないレベルであったと言えるだろう。
別に守られる必要はないし、守るだけの能力があるのかも疑問だった。
案の定オーデンスは弱かった。剣術もだめだめで、体力もなく魔術も初級ですら使えなかった。
私は唖然した。
こんなに弱いのになんで私を守ろうとするのか、はっきり言って才能がないのになんで私に付きまとうのか。
質問をすればお父さんからの使命だという。
あなたのお父さんは鬼か!と思った。
私の家族にはオーデンスと仲良くしてほしいとはお願いされていた。
私のお父さんとオーデンスのお父さんは友人だったそうで、私は付いてくるなとははっきり言えなかった。
私が家の外に出れば付いてきて、修行をしていれば一緒にしていた。
いずれ自分の才能のなさに気が付いて、私との差に絶望して勝手にいなくなるだろうと思い、そうすれば私から拒絶したわけでないのでお父さんからのお願いを破ったことにならないと思っていた。
けどオーデンスはずっと傍にいた。
夜になるとさすがに帰るが、基本的にはずっとそばにいた。
私が魔術を習得すれば自分も負けじとさらに修行をしていた。
努力の量ではもしかしたら私よりもすごいのではと思った。
努力に関しては感心することができた。
そしてある日私が村を歩いているときに、また私の陰口が聞こえた。
その時オーデンスはちょうど帰っていて一緒にはいなかった。
陰口を言っていた人たちはおそらく私が近くにいると気づいていなかったのだろう。
私は怒りを抑えつつもその場を後にしようとした。
だけど、そこで聞き覚えのある声が聞こえた。
「お前ら!アイリの悪口は許さないぞ!」
この声はオーデンスのだった。
「なんでここに…」
さっき帰ったはずなのに。
しかもオーデンスは陰口を言っていた少年のうち一人を殴っていたのだ。
「お、お前!普段あいつと一緒にいるやつだな!」
「そうだ!」
「お前ひとりか?よく一人で俺らに喧嘩吹っ掛けてきたな」
「相手が何人いようと関係ない!僕はお前らを許さない!それだけだ」
私は衝撃を受けていた。
絶対に勝てないとわかっていた、そもそも一人が相手でも勝てないのに複数人居たら勝てるわけないと思っていた。なのに立ち向かった。
「私のため…?」
お父さんに言われたことのためになんでそこまでするわけ?
絶対おかしいよその考え…。
「てめ、ただじゃ返さないぞ!」
「こっちのセリフだ!」
3対1が始まった。
そして瞬く間にオーデンスはボコボコにされていた。
「や、やめろ!いたい!」
「な、なんだこいつ?めっちゃ弱い…」
その弱さにさすがのこいつらも苦笑いをしていた。
弱すぎて苦笑いってどういう状況よ!
「今日はこのくらいにしてやるよ!次は歯向かうんじゃねーぞ」
良かった、終わった。
私のためなんかにたくさん傷つく必要ないのよ…。
陰口なんて黙って見過ごせばいいのに。
とにかくもう帰ろう。
そう思ったときだった。
「油断したなーー!」
「ぐへっ!」
なんとオーデンスは相手が背を向けた瞬間を見計らって再び拳をお見舞いしたのだ。
「ええ…」
そんな卑怯な…。
私も苦笑いを浮かべるしかなかった。
「お、おまえ戦いはさっき終わったろ!卑怯だぞ!」
「ふん、僕は負けを認めていない!勝手に終わらすな!」
「て、てめーー!」
そしてオーデンスは今度こそすぐに立ち上がれない程コテンパンにされた。
「はあはあ、やっと終わったか…」
3人組はオーデンスが観念したのを感じ取り、拳を止めた。
「じゃーな」
3人組は今度こそしっかり帰り、姿を消した。
「うう、あいつら…」
どうやらオーデンスはまだ懲りていないらしい。
「フッ」
私は自然と笑みを浮かべていた。
オーデンスがボコボコにされたのを笑っていたわけではない。
私は孤独ではないのだと思い知らされたから、そのことがどうしようもなく嬉しかった。
初めて心が開ける存在ができたと思った。
私はやっとオーデンスを認めることができたのかもしれない、
それが私とオーデンスが仲良くなれたきっかけだったのだ。
そして次第にオーデンスは私にとって大切な存在へとなっていった。
なのに、オーデンスは死んでしまったのだ…。
確かに生きがえりはしたが1回死んだことには変わりないのだ、生きがえってとてもホッとした。
生きがえったのはほんとに奇跡のような出来事であり、
もうこのようなことは2度と起きないかもしれない。
死なせないためにも上級魔術を完成させてあいつを倒すしかなかった。
けど、やっぱりどうやっても完成させることができない、
魔術のイメージができないと成功はしないとわかっている。
だけど、何をイメージすればいいのかわからない。
上級魔術は魔術の中で最高峰の威力を誇る魔術ランクである。
初級魔術と中級魔術にはない要素が、上級魔術にはあった。
その要素とは死である。
初級魔術は基本的にサポート系で、中級魔術から攻撃魔術に変わり、
威力は相手を軽傷~重症に追い込むと言われている。
上級魔術は中級魔術の上で、使えば相手を殺すことができるそんな恐ろしい魔術なのだ。
もしかしたら私は相手を殺そうとする覚悟がまだないのかもしれない。
「どうすれば…」
できないことは諦めて中級魔術を使う?
いや、オーデンスの前でそんな情けないことしたくない!
じゃあ…
「!」
私はイメージしやすいものを記憶の中で見つけた。
それはオーデンスの死だった。
まだあの時を思い出すだけで胸が張り裂けそうだ…。
「やだ、思い出したくない…」
私は苦しい気持ちでいっぱいだった。
そういえばこの胸が張り裂けそうな気持は前にもあった。
それはおじいちゃんが死んでしまったとき。
この前まで一緒にいて本を読んでいた優しいおじいちゃん。
次の日にはもう起きることはなかった。
死んだのだ。
私は悲しかった、人は簡単に死んでしまう生き物なのだと知ってしまった。
そして今度はオーデンスの死。
手がとても冷たかった、あの温かかったオーデンスの手が…。
私は初めて人の死の瞬間を目の当たりにして、大切な人の温もりも感じれなかった。
「もうあんなの見たくない!」
私はオーデンスの死を思い出す決心がついた。
もうオーデンスを死なせないために私はオーデンスが殺されるところ何回も頭の中で見るのだ。
つまり私がオーデンスを殺すということと同じ。そしてその死ぬ瞬間を目に焼きつける。
「ごめん…オーデンス、私やっぱり最低の女かも」
けどそれでオーデンスが助かるなら!
私は記憶の中を駆け巡る。
オーデンスの死を何度も体験する。
「あの苦しみ…、手の冷たさ、何かが壊れていく音…」
ああこれが大切な人の死の気持ちなのね…。
あの時は頭の中がめちゃくちゃでちゃんと感じ取れなかった。
けど今は繊細に感傷に浸ることができる…。
「上級魔術…」
手をあいつの方へかざす。
手の先に魔力が集まっているのがわかる。
ああ、これが…
「#絶対零度__アブソリュートゼロ__#」
発動と同時に私の目から一粒の涙が流れ落ち…、やがてそれは結晶となったのだ。




