第八話:わっかんねえや
「おいしーーーーーーー!」
客席からの甲高い子供の声が洗い場まで届く。
「ワタシね! お土産作ったの! よかったら買っていってほしいな!」
営業活動も上手く行っているようだ。
適材適所。
業務の生産性は低い子供でも、老人に対しての営業では一流らしい。
凛太郎は皿洗いを終えると中華鍋を振るう店主に寄る。
「夜の仕込みを手伝いたい」
「……初日から思ったが、田中。お前将来自分で店持つのか?」
「オレ程度に飲食店のオーナーが務まるわけがないだろう」
わっかんねえなあ、と呟くと店主は大量の玉ねぎを出した。
これを包丁で剥けと。無理なら手で剥けと。
玉ねぎの皮は、誰がどう見ても手で剥いた方が早い。
それなのに、料理人という人種は包丁の方が薄く、手際よく早い作業が出来るというのだから驚きだ。
玉ねぎを目の前に置いた。どこから切ればいいのかわからず、とりあえず半分に割り、包丁を引いていく。
「……ぐ、」
目元に痛みが走る。
酵素とアミノ酸。もとい玉ねぎの細胞破壊によりこれらが交わり、催涙成分を引き起こす。
角膜の三叉神経が刺激を感知する以上、玉ねぎの催涙成分に対して免疫を獲得するなどという進化は、生物学的にありえないはずだ。
それなのに店主を始めプロの料理人で涙を流す者は聞いたことがない。
もしかしたら天笠花しかり、オレの知らない人間がこの世界には多く存在するかもしれない。
「リンお兄ちゃん! 鶴ばあちゃんからお小遣いもらったよ!」
「そうか。ちゃんとお礼を言うんだぞ」
凛太郎も赤い目をしながらも、慣れない営業スマイルを見せる。
限界を迎えた凛太郎も厨房からホールに行くと、老婆に深々と頭を下げてお礼を言う。
その様子を店主も微笑みながら見届けている。
それに気付いた凛太郎は店主の元に歩み寄り小声で囁く。
「ご心配なく。受け取ったチップの半分はこちらの店に入れます。我々としては、バック率は半分の50%ほど頂きたいです」
「田中。俺はお前の事が一ミリもわかんねえや」
「……なるほど。申し訳ない。この分野においてオレは浅学非才の身。せめて40%は……いや、重ねて済まない。店主の言い分の配当にオレは異論はない」
「俺は田中の事がわっかんねえや」
「……なるほど」
確かにその通りだ。
眼の前の仕事を疎かにし、ただでさえ生産性が低い人間が浅ましいボーナスを強請るのは理解に苦しむ。
自分の仕事を完璧にこなした上でのボーナス請求。
ビジネスにおける一丁目一番地が疎かになるとは、これは恥ずべき事だ。
包丁を握ると玉ねぎの皮剥きに取り掛かる。
何事も経験を重ねることが出来なければ向上はない。
「リンお兄ちゃーーーん! ユキの作ったお土産の餃子3つ余っちゃったーーーー!」
「やめろみっともない!」
エプロン姿の子供はゆっさゆっさと長い髪を揺らし厨房に入ると、そのまま体当たりするように抱きついてきた。
(それで、この後どうするんだっけ?)
(オレが今から頭を叩く。怒られて泣きそうな顔をしながらホールを歩け。在庫を買ってくれた客に笑顔でお礼を言え。その時、一生懸命作ったアピールをしたい。お酢を入れると美味しいと言ってストーリー性を膨らませろ)
(買ってくれなかったら?)
ふむ、と小休憩して考えるが、簡単な答えだ。
(余っちゃったよぉ、と子供らしく呟きながら徘徊しろ。一周、二周と続けろ。……そうだな。五周目ぐらいで撤収にしよう。オレが止めて、またユキを叱る。そして悲しそうな顔をしながらも笑顔を作れ)
(わかった)
お客様に迷惑をかけるなと頭を叩くと、言われた通りにユキは悲しい顔で歩いていった。
「……田中、俺、お前がやっぱりわかんねえや」
「心配無用だ。小さな事ではあるが、まずは玉ねぎ剥きで証明しよう」
「いや、全くわからん……」
この日、お土産は全て完売した。




