第六話:天笠花の力
「――我々の目標を整理しよう」
切り出したのは、買い物途中のリンだ。
手を繋いでいた妹が「どうした?」と見上げた。
大三元で働いて三日目。
この日、二度目の買い出しで二人きりになるのを凛太郎は待っていた。
「ユキ。お前は復讐をするんだな」
「うん」
この話題の時に限り、ユキは物凄い冷たい声を発する。
凛太郎は繋いだ小さな手を少しだけ強く握った。
「こんなガキに本音を吐露するのはいささか不満ではあるが……この境遇を分かち合えるのはユキだけだからな」
誰に向けたわけでもない、らしくない言い訳じみた前置きをした。
「ユキ。ここからの流れだ。まず情報を得る。次に金を貯める。最後に島を出る。そこから別行動だ。いいか?」
「うん――え、リン。一緒に来てくれないの?」
「オレもユキと同じと言ったはずだ。オレもオレでやりたい事がある」
「……」
どうしよう、と一気に不安になる姿を見せる。
「ワタシの復讐が終わったら、リンの復讐に付き合う」
「オレにメリットがない」
「……」
手をほどいて腕を振り上げると、ユキはお尻を叩いてきた。
それから何も言わずにしばらくして、また手を握ってきた。
「……わかった。リンの復讐が先でいい。ワタシはリンの後でいい」
「繰り返すが、小学生の子供を同行させるメリットがない」
「……」
ユキは立ち止まると、山道にある一本の大樹に手をかざした。
昔何かで見た猿の反省のようなポーズ。今の若い子もそれは知っているのだろうか?
「はあ」
拗ねた子供相手には、しばらく時間がかかるだろうと無駄な待ち時間にため息をついたが、
「――枯らせよ命」
小さな声でそう呟くと、じわりと茶色が何層も重なる表面に、
見て分かる黒の腐敗が広がっていく。
ティッシュに落とした汚水のように広がると、葉すら一枚も残らず腐り落ちた。
「……は?」
木の内部から溢れ出した不浄な黒が、一瞬にして生命の残滓を食いつぶす。
耳を澄ませば、細胞が崩壊する微かな悲鳴が聞こえてきそうなほどの、暴力的な腐敗だった。
大樹は跡形もなくなり、腐り果て土に還った。
少女の手は虚空を眺める。
風が止んでいた。
そこに居るのは髪の長い日本人形のようなナニカで、
ゆっくりとコチラを振り返る。
その一瞬、長い髪が一本一本ゆっくりと落ちていくような、永い時間を覚えた。
「ワタシは、リンのメリットになる」
「……ッ」
子供特有な得意気さもなく、少女は冷たい目で淡々と語った。
山道の西日が彼女の長い黒髪を、どろりとした深淵のような影へと変えていく。
「ワタシは"天笠花"。カタリを全部殺す。カタリの家族も全部殺す。カタリの知り合いも全部全部殺す。次は絶対皆殺しにするの」
「…………」
天笠花。
それがなんなのか皆目見当も付かないが、恐らく何かの派閥なんだろう。
「ワタシの中には悪魔がいるの。この身体でもそうみたい」
ゆっくりと、小さな身体に入ったソレは一歩こちらに近づいた。
「リン。もしアナタがワタシの敵だったら、もう殺してる」
冷たく言い放った言葉。
ふむ、と答える。
ユキの言葉に凛太郎は顎に手を当て、思考を巡らせる。
ある程度整理出来たところで凛太郎は小さな少女を視界で捉えた。
「ユキから見てその可能性は拭えないはずだ。オレがそのカタリの関係者である可能性もあるだろう」
「ない。信用しろと言う大人は危ない。アナタは人を遠ざける。それに、もうリンの事は知っている」
"もう"リンの事は知っている、とは?
その疑問を問いかける前に、小さな左手をコチラに見せた。
「……」
なるほど。手を繋ぐ事がトリガーなのかはさておき、思考盗聴……とまでもぶっ飛ぶかは置いといて、カタリかどうかの識別はできるというわけか。
或いは能力者かどうか……とにかく、少女の中ではそれで十分だと。
「能力についての質問がある」
「リンお兄ちゃんが言うなって言ってた」
「クソガキが――」
なるほど。
カードを多めに持っておきたいと。
生意気ではあるが、それは戦略上正しい。
「リン。アナタは何をしていた人?」
「断る。答えるメリットがない」
ユキの目は細くなった。
右手をスッとこちらに向ける。
射程距離すら不明な、未知の指向性兵器。
「リン。勘違いしないで。これはお願いじゃなく命令」
対して、凛太郎はやれやれとため息をつく。
「子供に説明すると……そうだな。誰が生殺与奪を握っているか弁えろと言いたいわけだろうが、その主張は大きな誤りだ」
ユキは首を横に振る。
「リン。ハッタリは無駄。アナタが普通の人間なのは知っている」
店主から貰ったタバコを取り出すと、凛太郎は火をつけた。
「オレからすれば何も変わらない。考えてもみろ」
リラックスして白い煙を吐くが、ユキの目は冷たいまま。
「仮にユキがオレに殺意を向けたとしよう」
魔法を見せたお返しにと、タバコの煙で輪っかを作って見せたがお気に召さないらしい。
肺に流れ込む紫煙の熱だけが、この非現実的な光景の中で唯一のリアリティを保っていた。
「睡眠時に包丁で刺殺するチャンスはここ数日間無数にあった。食事に毒を盛ることもできる」
「毒なんてない」
「殺虫剤や洗剤でも食事に混ぜれば人はそれだけで絶命に至る」
「……」
「結局はオレとユキの信頼関係が一定値存在した。ユキがオレを排除する意思がないからこそ、オレは今日、ここに立っている。それを今更反故する必要がない」
それにユキは左右に首を振った。
「リン。アナタは今、"天笠花"の力を見た」
「偶発的なものではない。ユキが勝手にオレに見せたのだ。それは口実を作るだけだ。で、あるならば怪しいと一言添えて毒を盛ったり刺殺するのとなんら変わりはない。どの可能性でもオレはユキに殺される事になる」
「……」
そこで、表情が崩れた。悔しそうにぐっ、とこらえるように、
「~~~~~~~~~ッ!」
「痛いぞ」
振り上げた左手でまたお尻を叩かれた。
「わかった全部話す! だからリンも全部話して! 仲間になって!」
「断る。話すな。余計なものにこれ以上巻き込むな。オレも巻き込まれたくない」
「なんで!? さっき能力話せってリンが――」
「――ただし」
まだ喋るなと手で静止すると、ユキはわかったと小さく頷いた。
「この島を出るまでは仲間で良い」
「…………」
「不服そうだな」
「リン。この島を出るまでに、アナタを口説けばいいのね」
「口説くという表現はまあ引っ掛かるが、そういう解釈も有りではある。が、オレがカタリの情報を持っていないから価値がないようにユキも同様にオレの復讐の情報を持っていなければ価値はない」
「ワタシにリンの復讐を手伝う価値があればいいのね」
「……」
否定したかったが、そこは公平な目で見てユキの言い分が正しい。
「じゃあ自信あるよ。リンお兄ちゃん♪」
先程の冷たさは何処に行ったのか、掌を返したように抱きついて甘えてくる。
それほどまでに天笠花の力を自負しているのだろうが。
「そうか。では可愛い妹よ。しばらく給料は全額オレが使っていいか?」
「もちろん――え? なんで?」
「カメラを買う」
「……?」
少し考えた後、スッとピースサインを出した。
それに突っ込まず、タバコを吸って眺めていた。
「ユキを撮りたいんじゃないの?」
「頭大丈夫か?」
またまたお尻を叩かれる。三回目だ。
「山道に設置するに決まってるだろ」
「……ん? え? なんで? 貴重なバイト代で、動物撮るの?」
「オレもユキもわからないだろう。仮にオレが1人目。ユキが2人目。3人目の長髪の巫女がいるとしてだ」
一、二、三と続く次の言葉は、少しだけユキも予想できた。
「――4人目以降は現れるのか?」




