第五話:ワーカホリック
寂れた田舎の町中華にも関わらず、そこはランチになると多くの客で賑わっていた。
春を待つ寒い季節でも店主は額に汗を浮かべて中華鍋を振るう。
「回鍋肉お待ち」
50歳にしては若く見える店主がカウンターに完成した料理をどさりと置く。
客席からはーい、と元気な子どもの声が聞こえると、食べ終えた食器を抱えて厨房に下げ、料理を運んでいく。
「Cセットと海老餃子。海老天津飯とかた焼きそば入ります」
自慢の看板娘がオーダーを伝えると、店主はあいよとオーダーを受ける。
厨房にいるもう一人。
大学生ぐらいの若者はひたすら海老を剥いていた。
「洗い物手伝います」
「――いい。それなら仕込みを変わってくれ。オレより経験値が高い琴葉の方が早いだろう」
返事を待たず男は洗い物を始めようと水を出した。
「新人、追加だ」
「クソガキ……ッ!」
べーっと舌を出すと、ベルの音に振り向き、
引きずりそうな長い髪を揺らしながら小学生はレジまで走って行った。
「仲が良いんですね」
「どうだか」
女はすぐ仲が良いとことにしたがるものだと冷笑したいが、すぐに目の前の食器の山が現実に引き寄せる。
琴葉はその背中を少しだけ眺めてから、オーダーを取りに向かった。
中華料理屋だけあり、油を使う料理ばかり。
厨房はまだしも、客席もギトギトの油がずっと気になっていた。
換気扇の唸りさえ重たく感じるほど、空気そのものが酸化したラードに支配されている。
(今夜、フロアの掃除でもするか……)
中華料理店『大三元』で働き、二日目。
ちょうど店主の妻が腰を痛め店を閉めようか迷っていたタイミングで二名のアルバイトがやってきた。
「新人、これ終わったらまかないやるから頑張れ」
「オレは言われなくても仕事をする」
「新人、ちゃんと働けよー」
嫌味と同時に流し場に皿が追加される。
(クソガキが……)
◆
昼のピークタイムも終わり、店主が一服終えると休憩を公言する。
「端材で作ろうと思ったが、今日は案外多いな……新人達も今日は頑張ったし、リクエスト、いいぞ」
「いや、オレが受けよう。むしろ店主が休むといい。年長者こそ身体を労るべきだ」
「新人……いや、田中。お前今どきの冷笑系のくせにやけにこう……真面目だな。野球部か?」
「わーーーい、やっと休憩だー!」
日之影凛太郎は田中リン。
妹である? まあ妹の小さいのは必然的に田中ユキとなった。
「リンさん。少しは父に甘えてください」
整った綺麗な顔で上品に微笑む看板娘。もとい稲村琴葉。
おしとやかな女性の第一印象を受けた凛太郎だったが、職場での機敏な動きに一目置いていた。
「賃金が低いとは言え、一番生産性が低い我々がそれに甘んじては退化する。今後賃上げ交渉を考える以上、ここで経験値を積んでおきたい」
「リンお兄ちゃん、一緒に食べよう!」
甲高い声に嫌悪したように舌打ちを鳴らした。
それに店主は微笑む。
「だ、そうだ。そっちに座ってろ田中」
「断る」
「……おいおい、頑固だな」
表情一つ変えず涼しげにリンは言った。
「それならオレは床の掃除がしたい。備品のタッパーも不足していた。買い出しも必要だ。店ののぼりも古くなっているから発注も必要だ。休んでいる暇などない」
そう言って凛太郎は棚から割れてる食器を取り出し、ゴミ袋に仕舞っていく。
「リンさん。私もリンさんとお昼一緒に食べたいです」
甘えるように、そのしなやかな身体を斜めにしてお願いをする琴葉。
リンはチラリと一瞥すると、ゴミの分別作業に戻る。
「琴葉。お前は顔も良いし愛嬌も良い。背も高いし胸もある。何より知性がある。まさに男性が描く理想の女性像だろう。しかしそれが世の中全ての男性に通ずると思わない事だな」
「親父の前で娘にそれ言えるのすげーなお前……」
言われた張本人も困った顔を向けている。
人間が出来ているのだろう。
琴葉という女性が老若男女問わず慕われる理由が垣間見える。
二十歳ぐらいだと言うのに立派なものだ。
「リンお兄ちゃん! ワタシのピーマン誰が食べるの?」
しかしこのクソガキは本当に……。
女というのは図々しさが増長する生き物なのか、日に日にこちらに対しての敬意が薄れていくのを感じる。
結局この日、夜営業の間にフロア掃除も終えた凛太郎が食事に有りつけたのは24時を回った後だった。




