第四話:リンお兄ちゃん
「合法と非合法。どちらがいい?」
「法律はなるべく守るもの」
ふむ、と頷く。
「二手に分かれよう。オレは住み込みバイトを探す。ユキは児童相談所に向かうんだ」
「ワタシはそこに行ったらどうするの?」
「立派に生きろ」
ぶっきらぼうに見捨てる大人の姿に、ユキはドン引きした。
「……ねえリン。道徳って言葉知ってる?」
やれやれと頭を抱える。
「わかった。これも何かの縁だ。面倒を見てやる。ドラッグストアで万引きしてこい。もし見つかったらオレが保護者として登場しよう」
「もう一度言うね。リンは道徳って言葉知ってる?」
提案を全て潰された凛太郎は顎に手を添えるいつものポーズで思考するが、ユキが望む方向がそもそも異なる。
ユキは小さな胸を張った。
「リン。ワタシも働く」
「あのなぁ……エプスタイン島というのはものの例えだ。子供がみだらに性を売るのは感心はしないな」
「リン。今度道徳教えるね」
凛太郎は、「はあ」とため息が自然に漏れた。
「法律を尊重すると言うのならば、この国では小学生に労働をさせることは法律で禁止している」
「今は人手不足」
「人手不足でも小学生の労働は法律違反だな」
「……ワタシ、20歳」
「身分証の提示をお願いします」
「……ッ!」
ピシャリと言い放つこちらの言い分に、頬を膨らませる。
と、閃いた! とこちらに向かって抱きついてきた。
「リンお兄ちゃん!」
「……は?」
「リンお兄ちゃん! ワタシ、妹のユキだよ」
(ああ……なるほど)
オレが住み込みバイトを確保したらそこに住まわせろと。
聡いガキだな。
湿ったアスファルトの冷気が、空腹で頼りない胃の腑をじりじりと削る。
「幾つか確認したいが、いいか?」
「うん」
「お前はカタリという組織……或いは個人名か? それに復讐するんだな」
幼子の丸い目付きが、"カタリ"の名が出るだけで恐ろしく鋭くなる。
「――うん」
「お前こそ道徳はどうなんだとは思うが……まあいい。オレに関係はない」
何を最優先で話すべきか、考える。
子ども相手なので多くは覚えられないだろうが。
「オレが良いと言うまで、絶対にそいつらの事。或いは過去の自分についてネットで調べるな。自分の過去についてもだ」
「え、なんで?」
「オレはカタリとは別の……ユキと似たような境遇だと考えてくれ」
うん。と少女は首全体でうなずいた。
「ITの知識もさしてないだろう。検索する場合はシークレットモードやVPNだけでは不十分だ。専用の端末を用意する」
「……?」
「要するに、オレ達が組織か事件を検索したら、逆探知で情報がバレる可能性がある」
「なるほど!」
ああ、逆探知は知っていたか。子供でも知っていそうな語彙を選んだつもりだったが、正解だったようだ。
「リンお兄ちゃん頭良い!」
「リンお兄ちゃんをやめろ」
抱きついてくるユキを剥がそうとするが、それでも諦めず足元にタックルしてくる。
「イヤだよリンお兄ちゃん!」
「……」
クソガキめ。
「あともう一つ」
『ユキの生前は何処に居た?』『何故その格好をしている?』『生前も髪が長いのか?』『カタリとはなんだ?』『どんな死に方をした?』『あの神社を知っているか?』『オレの姿に面識はあるか?』
聞きたい事は山のように積もるが、どれも緊急性はない。
緊急性はないのだが、
「――巫女に会ったか?」
「巫女……?」
ああ……なるほど。
そうなるとあの女は一足先に山を降りたのかもしれないな。
ただの町人。或いはただの巫女。
なんなら人体実験を行った観測者というウルトラQもある。
それらの可能性も十分あるが、もう一つの可能性。
あの女も、死後を経験した"3人目"では?
もしその可能性の場合、その女も何かしら因果を持って殺された可能性が高い。
性別も年齢も異なる我等唯一の共通点だ。
何もかもがわからない状況。
しかしどうもあの巫女が気になる。
『こんにちは。名は?』
あの時、巫女はそう言った。
ユキも巫女も名を伺ったものの、『誰』と『名を問う』事には何か大きな一線を画す気がしてならない。
もしも日之影凛太郎と答えていたならば、あの巫女はどう動いただろうか?
そもそも……"3人目"だった場合、何故名を問う?
今まで培った全ての常識が覆った今、他人の名を知る意味が何処にある?
思考型であると自認するオレでさえ、軽いパニック状態に陥った。
あの巫女がどれだけ早く覚醒していたかわからないが、多少時間を得た程度のアドバンテージであの現状の整理が出来るものか?
カラスの鋭い鳴き声が、張り詰めた思考の糸を無慈悲に断ち切った。
「リン。お腹空いた」
「チッ――まあいい。行くか」
「舌打ち良くないよリンお兄ちゃん」
右手をギュッと握られる。
あくまでお兄ちゃんに甘える妹というわけか……。
「もし今後、誰かに都合の悪い質問をされれば一切答えるな。オレが言うなと言っていたとパスを出せ」
「リンお兄ちゃんが言うなって言ってた」
もうそれでいい。
凛太郎の出来る仕事はそう多くないだろう。
運転はできるが免許はないんで配送は無理だ。
簿記や経理などの事務作業は求人倍率が高いらしく、時間の浪費が想定できる。
本職は論外。それこそ身元が割れる可能性がある。
それにユキも働ける場所……となると、業種はかなり限られる。
公園までの僅かな道のりだが、大規模な農場は見当たらない。
残る消去法は……。
視界に映るのは定食屋の看板。
「飲食業か」
「ワタシ、料理得意だよ」
それは頼もしいな。




