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出来損ないの妹よ、オレについて来い  作者: 河島アドミ


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第三十九話:ちょっきん

「はあ……」

国は高齢者の免許証を返納しろと言うが、それがまかり通るのはあくまで都会の話。

田舎ではどんなに高齢でも車は必須(ひっす)

もっと言えば1人1台も必須である。



この日、連絡が取れない孫の様子を案じて、老婆は山小屋に向かった。


(こういうのがなければ、アイツも結婚していたのかねえ……)


今の時代、人の趣味趣向にとやかく言うなと風習があるが、こればかりは苦言を呈したくもなる。



ただ、今回は実際に手を汚させてしまった。

門番のハズレの時期だ。


そう考えると、ある程度は多めに見るべきかも知れない。



車を停めると、老婆は深く息を吐いた。

腰を伸ばすだけで関節が鳴る。

杖代わりに壁を伝いながら、一歩ずつ小屋へ向かっていく。



「……?」


小屋の中に入ると"ナニカ"聞こえた。


規則的に、何かが動く摩擦まさつの音。

その後、声を押し殺すようなうめき声。


(かえる)のような、壁越しでは、人とは思えない別の生物の声に聞こえる。




「はあ……」


どうやら随分とお気に召したらしい。

あまり孫のそういうところに立ち会いたいとは思わないが、わざわざ時間を掛けて足を運んだんだ。


音のする部屋に向かう。


コンコン。


形だけのノックをする。

返事はない。


代わりに、何かが擦れる音が聞こえる。


「……」


コンコン。


返事は、ない。

どれだけ夢中になっているんだと、ため息を吐く。


老婆はドアノブに手を回すと、扉を開けた。



「――ッ」


瞬間、察した。

鼻に入ってくる鉄の匂い。


確認するまでもなく赤いプールが浮かぶ中、その震源地にソレは"居た"。


遠目からでも視認できる美しい髪の先端は赤色が付着している。

ハサミを突き刺し続けるその悪魔に表情はなかった。


白銀は、来訪者にゆっくりと視線を向ける。

老婆と目が合った時、もう何もかもが手遅れだと察した。


「…………」


一歩、後ろに下がると、


――"その足はなくなっていた"


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!」

ナニカが、その消えた足から入ってきた。


目で見えないナニカ。

だけどそれは、足先から腹部、胸部へと浸透していくのがわかった。


「ああ、ああああああ……!」


地面に崩れ落ちる。

書道の太筆で床を撫でるように、赤い軌跡(きせき)を残して"ソレ"は歩み寄ってきた


「あ、ああ――、――!」

口が、閉ざされる。

物理的に抑えられたわけではなく、まるで自分の上下の唇で握りこぶしを作るような、そんな感覚。


少女の姿をしたソレは、ゆっくりゆっくり歩み寄る。

「……ッ」


その恐怖する間を喜ぶように、裸足(はだし)が血の海をぴちゃり、ぴちゃりと踏む。

紅に染まったハサミの刃が、合図のように開いては閉じ、開いては閉じる。

合わせの音がする度、老婆の心臓が跳ねた。



――今から、何が起きるのかを。


べっとりと血の付いたハサミを、老婆の腹の中心に充てる。

シャツの繊維(せんい)に、まだ温度を持った血が染み込んでいく。

刃先が、皮膚の柔らかい部分をぐっと押し込んだ。


「――ッッッ!」

やめてくれ、そんな非難の声を上げることさえも許されない。

目の前の悪魔は無垢(むく)な表情で、


「ちょっきん」

「――、―――――!!!」

「ちょっきんちょっきんちょっきんちょっきん」



切られた。

焼肉を切るように、皮膚を切られた。

脂肪層が見えると、その下から赤い肉が露出した。


何度も、何度も、何度も。


裂けた皮膚は、すぐに元通りに塞がる。

塞がったと思った瞬間、また同じ場所が切られる。

塞がる――切られる――塞がる――切られる。


「――、――!!! ――、――!!! ――、――!!!」


肉体の修復速度が、苦痛の供給に追いつかない。



人を嬲る悪魔の顔は、怒りだった。

真っ赤に腫らした瞳で、何度も、何度も、何度も。



「楽に死ねると思わないでね」

その言葉通り、何故か、老婆は死ななかった。





どれぐらいの時が経っただろうか。

永遠に思われた永い永い時間の後、ようやくオモチャに飽きてくれたのか、少女は立ち上がった。


その後を付いていくように、老婆と男も立ち上がる。


(……え?)


足が、あった。

黒い闇に呑まれたと思った自分の足は、きちんと二本揃っていた。


「じゃあリンお兄ちゃんに報告するよ」



廊下を歩く感覚すら、もう自分のものではなかった。

膝を曲げ、足を出し、また膝を曲げる。

何十年も繰り返してきた歩行の動作が、今は他人の意志で行われていた。



向かった先は勝手口だった。

木造のテーブルと椅子が三脚。


一部腐って落ちた木製の柵に向かって少女は歩を進める。

意思を許されない傀儡(かいらい)は、雛鳥(ひなどり)のように悪魔に続く。


そこは一箇所だけ柵がない。


白銀は何の躊躇(ためら)いもなく、虚空に足を踏み出した。

重力に従い、小さな身体が森の中に消えていく。

その後を、糸で引かれるように貞治(さだはる)と老婆も落ちていった。



(あぁ――)


落下の終わりは、衝撃と痛みの始まりだった。

肩から地面に滑り込み、頭蓋骨が硬い土に弾む。

口の中に血の味が広がる。



再生するだけでなく、気が狂うことさえも許されない。

もしかしたら、これで終わりでようやく死ねると期待もあったが、そんな淡い希望すら()き消えた。



「あのね、リンお兄ちゃん。おばあさんも来たよ」

笑みを浮かべる先。



先日落下して命を落とした、白銀の姿があった……のだろう。


顔面は腐敗ガスで膨張し、皮膚は緑色に変色していた。

眼球は陥没し、口元から赤褐色(せっかっしょく)の体液が滴っている。

さわやかな青年の面影は、もうそこには残っていなかった。



老婆は立ち"上がらされた"。

自分の意思と関係なく床に落ちたハサミを拾い上げると、孫の元へ向かっていく。


涙も枯れたと表現するべきだろうが、涙が枯れることすら白銀は許さない。



「リンお兄ちゃんが居たら、怒られるだろうな……」

思い出に(ふけ)るように、少女は初めて笑みを浮かべた。



錆びて切れなくなったハサミを、自分の孫の鎖骨にくっつける。

力を抜こうとしても、自分の腕は、ハサミを絶対に離さない。


「――、――! ――、――!!! ――――!!!」


口が利けない男性は、ただイヤイヤと赤ん坊のように頭を左右に振るだけだった。

使い古された刃が皮膚をなぞると、この後に起こる地獄を想像した。



「生産性がないって怒られちゃうね」

復讐者は――絶対に許さない。

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