第三十八話:お前か
家まで"飛んで"すぐカメラで確認しようとも思ったが、せっかく街に降りたのだ。
少しでも捜索しながら帰ろうと、結局少女の姿で街中を歩き回った。
成果は何もなく、気付けば足元の影が長く伸びていた。
(リン……)
途方に暮れながら、坂道を登る。
ちょうど琴葉が刺された地点を通過すると、防犯センサーに反応して上空のライトが灯った。
そこに、一人の男が雑木林からぬっと現れた。
「こんばんは、ユキちゃん」
「あ、こんばんは……」
何気なく返事をしたが、その顔は見覚えがあった。
そうなると多分、大三元のお客さんか……。
中年の男性は警戒心を解こうと、彼なりに微笑んで見せた。
「ちょっといいかな?」
「え、あの……」
何もない時ならまだしも、今は家でカメラを確認しないといけない。
どう断ろうかと思考するよりも早く、貞治は言った。
「お兄さんの件で、話したいことがあるんだ」
「――ッ!?」
次の瞬間、ユキは貞治の腕を掴んでいた。
「おじさん! リンお兄ちゃんどこにいるか知って……」
しぃーーーー、と、口元に指を添える。小さい声で喋ろというジェスチャーだ。
「ここじゃちょっと話せなくてね。もし今時間があるなら一緒に来てくれるかな?」
「うん!」
貞治は微笑むと、森の奥に案内した。
そこに停まっていたのは先日乗車した白い軽貨物だった。
車に乗り込むと、シートベルトをしてすぐに運転手に向く。
「リンお兄ちゃんは、どこにいるんですか?」
しぃーーーーーと、再び小さい声で、というジェスチャー。
「事情があって、ここじゃ話せないんだ。着いたら教えてあげるね」
「うん……!」
リンが居る。
それだけで安堵した。
ただ、それが山の方となると、どういうことだろうか?
トラブルがあった、というのは間違いないだろうが、それは3人目なのか?
ともかく――リンは居る。
「……ふう」
疲れという概念は天笠花にはないのだが、それでも今日までは疲れた。
「……」
そんないたいけな少女に対し、男は下衆な笑みを浮かべていた。
◇
「こっちだ」
車は街ではなく、山を登っていた。
てっきり神社に向かうものだと思っていたが、森の中、小屋に案内された。
手ぐすねを引いて待つ先は、4畳程度の小さな部屋だった。
壁には登山者向けの古い地図と、申し訳程度の救急箱が掛けられている。
ただし布団が一枚敷かれており、酒の空き缶やカップ麺のゴミが転がっているのが生活感を漂わせた。
カーテンで隠れている窓は半分開けられており、換気しているのもその要素の一つだろう。
「あの……」
「こっちこっち」
よくわからないまま窓際に座らされた。
すると貞治はユキの左手を掴む。
「はい、捕獲」
カチリ、と乾いた金属音。
細い手首に冷たい鉄の輪が回された。
鎖は重く、引っ張ると窓の面格子がガタリと鳴った。
「……え?」
「はい、じゃあ次は、お洋服切るよー」
「え――」
何が起こっているのかわからない。
そんな反応を見せるユキに、貞治は鼻で笑った。
その目は、ユキの首から胸元へと舐めるように動いた。
「ユキちゃんはね。"白銀"なんだよ」
「しろがね……?」
その言葉の意味を考えるよりも先に、
「生まれてきたらいけない子なんだよ」
「……ッ!」
天笠花。
生まれてきてはいけない存在。
前世で散々言われ続けてきた、死しても尚胸の奥に残る表現。
「だけどな、このまま男を知らないで死ぬのは可哀想だろ?」
「は? え……え?」
「あはは、頭の悪い――子だなあぁ!」
「きゃあああ!」
張り手をされると、壁に頭を打ち付けた。
「わかってんのかお前は!!! これからどうなるのか!!! 頭を働かせろ!!!」
「やああああああ! 痛い痛い痛い、やめて!!!」
二度、三度、四度と、何度も何度も張り手で少女を叩く。
ユキは身をかがめ、両手で顔を庇う。
小さな身体が壁に押し付けられ、長い髪が床に流れる。
何が起こっているのか理解できないまま、ユキはただ叫び続けた。
「痛いやめて、お兄ちゃん! リンお兄ちゃん! どこ!?」
「頭悪い子だなあ。会ったらダメだろ? なんで俺の優しさがわからないんだ!?」
「わかんないわかんない! なんで!? なんでこんなことするの!? リンお兄ちゃんどこ!?」
ふう、とニヤニヤしながら男はジーパンのボタンを外した。
緩んだ腰回りから、染みのついた下着がはみ出る。
弛んだ腹が、呼吸に合わせて上下していた。
「もう"死んだ"よ」
ユキは、固まった。
「白銀は全部駆除するんだ。それが俺達の門番の役割ってわけだ」
「……」
何を言っているんだ、この男は?
何を言って、
「何を、言って……」
スッ、と貞治は手を振り上げる。
今から叩くぞ、という意思表示のつもりが、少女には届かずただ呆然と立っている。
「おらあ!」
パァン、と叩く音が鳴ると、少女は壁にぶつかって跳ね返った。
「やっぱり始めは服があった方が雰囲気出るか……」
少女の倍以上の体重の男は、馬乗りになると身体をまさぐるようにTシャツに手をかけた。
「……リンは?」
少女の声音が変わったのを、貞治は気付かなかった。
「さっき言っただろ。もうお前の兄ちゃん死んじゃったんだよ」
「――ッ」
Tシャツをまくり、手を忍ばせる。
生娘の肌に手を伸ばした時、その柔らかい感触がやけに硬くなったような錯覚を覚えた。
ガチャリ。
金属の音が室内に響く。
男の顔は強張り、恐る恐る振り返るが、誰も居ない。
胸を撫で下ろすと、少女に繋がれた鎖が、腐って落ちたのが目に飛び込んできた。
「あ? なんだこりゃ?」
「――お前か」




