第三十七話:酒ヤケの声
約束の時間をすっぽかされた4日後。
金髪の女性は二日酔いに頭を抱えながら漁港に向かった。
浜風の塩気が鼻につく中、目的の男性に声を掛けた。
「観光客は結構居たが、それ以外はねえな」
「そうか」
一言だけ添えると、船に乗り込む。
部外者が乗れば注意をされる、どころか乗ることなど出来ないが、これが田舎特有と言うべきか。
周囲に人が居ても誰も彼女を咎める者は居なかった。
"ヤツ"の手法に倣い、カメラを回収する。
へんてこな探偵道具一式購入しろと要望があった際、ついでに自分用として購入したものだ。
「……」
小型の隠しカメラ。
船の出入り口に二つ取り付けられたソレは、顔認証はバッチリだろう。
問題は、
(これ、どうやって繋ぐんだ……?)
というか間抜けな話、録画出来てないとか、そういうチョンボはないだろうか……?
不安を抱きながらも、戦利品をポケットに入れて踵を返す。
船は本土へのアクセスとして地元民や観光客も使う。
だが本来は物資の運搬と漁港としての活用がほとんどだ。
週に二度、本土から物資を積んだ船がやって来て、空になった船には港で水揚げされた魚を満載して帰っていく。
朝の漁を終えた漁船が並ぶ岸壁では、男たちが網を畳んだり、氷を運んだりする声が響いているが、昼前にはもう人はまばらだ。
「……ん?」
倉庫の脇に、何かが見えた。
建物の影に紛れて、最初は古い網か何かかと思った。
だが目を凝らすと、それは細く流れる黒い線――いや、髪だった。
まばらな漁港では、誰かが居るだけで目立つ。
近づくと、小さな少女。
普段は気にも留めないが、今は前提が異なる。
「――ッ」
その外見。
探し続けた長髪の少女の姿だった。
「なあ嬢ちゃん、どうした?」
笑顔を作って微笑む。
長髪の女、と言うと幅広い女性を指すように聞こえるが、これはまさに特徴の塊だった。
腰どころか、まるで地面にも届くようなスレスレまで伸びた綺麗な長髪を垂らした少女は、コチラを恐る恐る覗き込んだ。
「え、あ……」
「ああ、大丈夫だ。怖くねーよ。取って食おうってわけじゃねえんだ。見ない顔だし、ちょっと世間話でもどうだ?」
長髪の女性。
これが田中リンと名乗る男が探していた女かはわからないが、少なくとも地元民の杏子が知らない少女であるのは確かだった。
「声……大丈夫ですか?」
「うるせえよ……あー、いや、なんだ。こういう声なんだ」
最近酒ヤケ声に突っ込まれるのはリンしか居なかったが、普通に喋ると結構違うらしい。気をつけなければ。
「……ん?」
少女の顔に見覚えがあった。
確か、これは――。
「――如月優衣」
例の名前を呟くが、少女はよくわからないように首を傾げた。
その反応に杏子は怪しげに微笑んだ。
(はいはいはいはい――やっぱあのクソ野郎、背乗りじゃねーか)
となるとこの子はアイツの娘……はないか。
妹か?
それならそれで、また辻褄が合わなくなる要素が増えるが……。
少女は無言で、ただ杏子を見上げる。
瞳は警戒の色を残しながらも、こちらを観察しているのが伝わる。
小柄な杏子よりもさらに小さな少女。
地面に届きそうな黒髪が潮風で微かに揺れていた。
杏子は前かがみになると、少女と目線を合わせる。
「なあ嬢ちゃん。田中リンって知ってるか?」
「……ッ!?」
生気を灯してなかった少女は、弾かれたように顔を上げた。
「リンお兄ちゃん! えっと、私の、兄、その……」
「ああ、大丈夫大丈夫。ゆっくりでいいぞ」
「あ、はい……あ、えと、兄を、ご存知なんですか?」
(――なるほどな)
-----------------------------
『言うまでもないがオレは杏子を気に入っている』
『そりゃ初耳だ』
-----------------------------
あながち、取って付けたウソってわけでもねえってわけか。
杏子としては直接妹が居ると口にしていないが……白河明里と口にした以上、あの男はそれぐらい推察するだろう。
「兄が、帰って来なくて、その、お姉さん、何か知ってますか?」
「帰って来ない?」
杏子としても、約束の日にすっぽかされた。
もしや本土に戻ったのかと……最悪の想定はしていた。
ヤツに倣い、出入り口の監視を行ったが当ては外れたと思っていた。
単純にすっぽかされただけ。
良い性格しているクソ野郎だなと思ったが――どうも、そうではないらしい。
「アイツ……! 早速カメラで確認してみるか……」
「カメラ……?」
「あ……!」
余計な事を口走ったと思ったが、少女の反応は全く違っていた。
「そうだ!!!」
(カメラ……カメラだ! リンが何処に行ったのか、なんで気付かなかったんだ……!)
街の全てを網羅しているわけはないだろう。
それでも、何処に行ったのか方角まではわかるはずだ。
「お姉さん、ありがとう!」
再び弾かれたように、少女は駆けた。
「あ、おい、待てよ。つーかそっち行き止まりだぞ」
全速力で細い路地に走っていく。
やれやれ、とため息を吐きながらその足取りを追う。
「嬢ちゃん。ちょっと落ち着けよ。お姉さんと少し話ししねーか?」
路地に差し掛かったところで――少女の姿は消えていた。
「あん……?」
目の前には行き止まり。何処から出たのか?
路地は古い倉庫の壁で塞がれており、両側はトタンの建物が密集している。
人一人すり抜ける隙間もない、ただの袋小路。
たった数秒前、確かにここを走っていったはずの少女が、もうどこにもいなかった。
「……?」
(あれ、道曲がるところ見間違えたか……?)
「チッ」
昨日飲んだ酒でまだ酔ってるのかと自己嫌悪した金髪は、ラッキーストライクに火を点けた。




