第三十二話:1.9の母
「アナタがリン君ね。イケメーーーン! すごいすごい! あらヤダ、かっこいいじゃない。聞いてるわよ。滅茶苦茶働かされてるんだって? こいつ本当にもう、面倒事はすぐ人に押し付けてばっかりで……」
愛嬌のあるふくよかな女性の早口に、リンは笑顔で相槌を重ねる。
「店主は良い嫁を捕まえたらしい。こんなに若くて羨ましい」
「あーー、もう上手いねえ! 見え見えのお世辞! 下手くそ! でもうれしーー! 琴葉! おい、琴葉! リン君にちゃんと挨拶してるの? あんた陰キャ癖直った? ちょ、ちょっと琴葉、来なさい!」
大三元に奥様が登場するや否や、店主は喫煙所に避難。
琴葉は階段を登って部屋に退避した。
せっかく完治して家族が帰ったというのに、あまりにぞんざいな扱いじゃなかろうとも思うが、これだけ喋られると納得だ。
「琴葉。いい加減にしなさい。サン、ニ、イチ、はいゲンコツね」
「……母さん、ソレもうやめて」
(ふむ……琴葉は父親似か)
少しぐらいこういう元気さがあった方が……とも思ったが、多分その世界線でもあまり仲良くなれなかっただろう。
「ていうかコレ、あんたも。全部リン君にやらせたでしょ。何ココ。凄いわよ。リフォームしたの? リン君がやったって聞いたけど、こんなの本当に? 壁がヨーロッパの王室じゃない!」
「ふむ……中華料理なので大陸をイメージしたものを取り寄せたつもりだったが……」
「バカね、もう! 比喩よ比喩! あんたもおばさんの言うこと真に受けちゃダメ! やっぱ若い子ってね、もう真面目なの。もっと楽にいきなさい」
「琴葉ママさん、こんにちはー!」
「あらかわいーーーーー! かわいーーー! 髪長いのねー! すごっ! あ、本当に長い。これ全部上にしてスプレーで固めたら、身長二メートル超えるんじゃない?」
「やってみようかなー」
「バカ、やめなさい! もーーー、可愛い子だねえ。うちの琴葉もこうやって可愛い時期あったのよ。昔。1歳までは天使だったのよ」
「ほう。二歳からGPA1.9か」
「母さんいい加減にして……あ、リンさんもいい加減にしてください」
「あんたがその陰キャムーブをやめるの! もーーー! 彼氏の一人や二人連れてきた? 留年してないでしょうね。もう来年には就職よ。大丈夫なの?」
「あああああ、もう! 大丈夫だから!」
初めて怒る琴葉を見たが、まあ気持ちはわかる。
家族がいない凛太郎だったが、サブカルはある程度精通している。
親子というのはこういう図式だとドラマを見て知っていた。
(――さて)
田中リンは母と娘の間に立つと、見せつけるように娘である琴葉の腰を抱いて引き寄せた。
「実はオレ、田中リンは琴葉とお付き合いをさせてもらっています」
「え……?」
隣から困惑の声が漏れた。
「あらやだーーーー! 面食いじゃないうちの娘! やっぱパパみたいに働く男が好きなのね。ちょっとアイツ呼んできて。ねえーーーー! 知ってたーーーー! 琴葉彼氏出来たんですってーー!」
どすどすどす! と口から副流煙を残しながら店主が走ってきた!
「ほら、この子。付き合ってラブラブなんですって。毎晩琴葉の部屋が軋んでるらしいわよ。やだねーーーー! もう若い!」
「……」
店主は田中の顔を見ると、興味なさそうに喫煙所に戻っていこうとした。
「琴葉さんと付き合いをさせて頂いている田中リンです」
大きく、宣言した。
「八月より、本土で同棲を考えています」
「どうせい~~~~~~!? 聞きました? 聞きましたよ?? 最近の若い子ずいぶんと肉食じゃない!」
「おい、田中……正気か?」
「え、あの……リンさん? え、ええ……?」
「……ああ、はいはい」
物わかりが良いのは妹だけだった。
(というか……琴葉よ。お前は先日説明しただろうが)
目で合図すると、嫌そうに伏せた。
(うぅぅ、親公認でも見てくる……そうか、私身体の自由が利かないから、これから三年間……ううぅぅぅぅ……男の人って、結局……)
「しまった……コイツ1.9だ」
「うん……これは1.9だね」
盛り上がる稲村家に対し、田中兄妹の目は冷ややかだった。




