第三十一話:背理の仮説
集落の外れにある丘がある。
この人目につかない一本道を登り切ると、山道へと続く道に繋がる。
その少し手前にある街外れの中華屋は大盛況。
街の名物『大三元』である。
夜。
金髪の小さな女性は一人でその丘を登ると、突然上空が光った。
見上げると、新しく防犯用のライトがこちらを照らしていた。
(……リンだな)
いや、もはや田中リンという名すら偽名かもしれない。
もちろん本名は如月健太というのも真っ赤なウソだろう。
田中リンと名乗る男に関して、考えれば考えるほど謎は深まるばかりだ。
「……」
島外の人間だ。
それでいて、アンダーグラウンドの世界にも精通している。
普通に考えれば、金を借りて逃げたとか、何か重要な物を盗んで飛んだとか。
そういう人間は見たことあるが、誰もが刹那的な人種だった。
田中リンは違う。
あの男は、どこまで何を考えているか、少なくとも杏子には全く目測もつかない。
容姿からして同世代。
20代前半……どんなに若く見えたとしても、25程度だろう。
それが、裏世界の人間と顔が利く。
意味深な事を口にして思わせぶりで自分を大きく見せる輩じゃない。
あれは、なんというか……言語化はできないが、確信はあった。
(アイツは真実を知っている)
だからこそ、余計にわからなくなる。
木々に装着されたライトは、次々に光ると足元を照らしてくれる。
大三元の人間が防犯対策をしたと言えばそれまでだが、そこにリンが介在すれば別の作為を感じざるを得ない。
アンダーグラウンド、と言えば響きこそかっこいいが、やっている事はと言えば少女のスカウトだろう。
斡旋先はキャバクラかソープか。
それかヤツの言う海外か。
だがどうにも……それもしっくり来ない。
人たらしとは真逆の人間が、そんな営業職をできるはずがない。
じゃあキャバクラかソープのボーイ……結局、そんなのも接客業の延長だ。
『企業斡旋ルートがある』
結局、このワードがわからないままでいた。
「……ん?」
見ると、坂道の途中。
茂みの奥に隠れるように白い貨物車が一台停まっていた。
「……」
なんとなく、嫌な予感がした。
そう思った時、自分の足元が照らされているのは心の安定に繋がった。
(なんで、あの車隠れてるんだ……?)
坂の途中だ。
そして、木々の中、車一台分差し込めるスペースにわざわざ停められている。
周囲には何もない。
意図がわからない。
いや、意図がないんだ。
真っ当なことでは。
ではそれ以外にとなると……。
「……」
そういえば最近"神隠し"が起こったとか。
ただ、少女や子供じゃなくて男性の大学生らしい。
島外に失踪したか、釣り堀で落ちたか……現実は案外そんなもんだったりする。
少なくとも、女性でなければ杏子の探している案件とは関係がない。
それでも、なんとなくあの男が関わっているイメージが拭えない。
田中リン。
何かに追われている人物かもしれない。
リンはこの島に逃げ込んだんだ。
であればある程度の道筋は見えるはずなんだ。
「……」
ただ、そうは見えない。
裏社会の、暴力団やヤクザに追われている身だとして、彼の行動や言動にどうしても辻褄が合わない。
――逆に、だ。
もしくは、全く別の仮説もあるのか。
例えば――島の外から長髪の女性を追ってきた。
「……」
あの男が、女のケツを追っかけるタイプじゃない。
女どころか、人に対しての愛着も薄い方だろう。
長髪の女性が金を持って逃げた……だとして、住み込みでアルバイトをしながら探索するのか?
「……」
それはそれで、おかしい。
ナニカが、オカシイ。
どんな仮説でも辻褄が合わないんだ。
では金ではなく、長髪の女性が何かのとんでもない情報を知っていたとか、そういう場合はどうだろうか?
多分血眼になって探す。
長髪の女性の価値がわからないが、彼の性格からして徹底的に炙り出すはずだ。
だけどそれは、少なくともリンじゃない。
正確には、リン一人ではないはずだ。
そういう、なんというか……兵隊というか、実務部隊と言うか、少なくとも戦略家ポジションのリンが現場に動くのも違う。
それにじゃあなんで如月健太の身分証を作ったんだ?
妹の方の如月優衣はなんだ?
どの角度から見ても、田中リンの動機には辿り着けない。
加えて、新聞やトランシーバー、発振器など、密偵を臭わせる機器の要望も道筋が辿れるようでわからない。
「チッ……」
もしリンより先に、その長髪の女と接触ができれば、ヤツの尻尾が見えるかもしれない。




