第三十話:相思相愛
「Fランの琴葉よ。大学は卒業したいか?」
「いきなり言葉で殴ってくるんですね」
大事な話があるとユキとリンに呼ばれた開口一番がコレだった。
「いきなり刃物で刺されるよりはマシではないか?」
「琴葉さん。ダメ。この人に屁理屈じゃ勝てない」
そのフォローに、ユキちゃんも苦労しているんだろうなあと何かを察した。
「琴葉よ。真面目な質問だ。答えろ。大学は卒業したいか?」
「そりゃそうですよ。私、今四年ですし」
チッ、と嫌悪感を含んだ返事が返ってきた。
なんだコイツ。
「思うんだが、オレは琴葉が嫌いだ。琴葉もオレが嫌いだ。相思相愛じゃないか?」
「うん。それって相思相愛なのかなあ?」
なんとなく、リンが琴葉に対して苛立っているのが伝わった。
凛太郎は琴葉を見据えると、次の問を投げかけた。
「次の質問だ。GPAはいくつだ?」
「1.9」
「――ッ!?」
その言葉に、凛太郎の瞳孔が開いた。
「……それって、凄いの?」
琴葉が刺された後、天笠花の種を植えたと伝えても「ふむ」で片付けた男が、これほどまでのリアクションをするとは思わなかった。
「いや、まあ……普通ですよ」
「…………」
凛太郎は何かを言おうとゆっくりと息を吸い込んだが、何も言葉は出ずにただの深呼吸に陥った。
「…………」
凛太郎は銀ヤスリを回してタバコに火を付けるが、次の言葉は生まれることはなかった。
「何か言ってください」
「……」
何かを言おうと口を開くと、そのまま閉じた。
「……待て、琴葉よ。今、オレは琴葉にどうすれば日本語が通じるのか必死に思考している」
「奇遇ですね。私もそれ考えたことあります」
「二人とも相思相愛だね」
その合間にユキはスマホでGPAという単語を検索した。
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AIによる概要
大学のGPA(4.0満点)の全体平均は、一般的に2.4~2.8程度が目安です。GPA 3.0以上は上位層(約3割)とされ、優秀な成績とみなされます。理系は平均が2.4~2.6と低く、文系はやや高くなる傾向があるものの、大学や学部、学年によって大きく異なります。
2.0未満は注意が必要(単位落としがある可能性)
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「……」
ユキも、状況を察した。
「就職は大三元の店を継ぐと考えていいんだな?」
「え、いえ。普通に秋から就活を始めようと思ってます」
ふむ、と凛太郎は頷いた。
「なるほどな。どこか当てはあるのか」
「はい。とりあえず色んな大企業に面接しようと思ってます」
「…………」
左を向いて、右を向いて、上を向いて。
凛太郎は言葉がどこかに落ちていないか探したが、結局何も発することは出来なかった。
「ん……すまないな、琴葉よ。聞き間違えた。今、大企業と言ったか?」
「え、はい……そうですけど……」
「……」
首を動かすが、どこにも言葉は落ちてなかった。
そんな様子を見て、ユキはスマホを操作した。
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AIによる概要
新卒採用の就職活動は、大学3年生の夏(6~8月)のインターンシップから実質スタートします。3年3月にエントリー解禁、4年6月に内定解禁が一般的なスケジュールですが、早期選考では3年秋~4年春に内定が出るケースも増えています。
大学4年の春から始めた場合、大手企業の一次募集はすでに締め切られていることがほとんどです。
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「琴葉さん、今四年生だよね?」
「え、はい」
「……」
ユキは、察した。
「あの、なんですか急に。そういう学歴マウント的なのは、あまり良くないと思います」
まあいい。琴葉には興味がない。
我々の本題に行こう――。
そう喋ったつもりが、声にならない。
学歴マウントはよくないと、FランGPA1.9の猿が何かを喋っているとしか思えなくなっていた。
モワッ、と煙が宙に舞った。
何を喋ればいいのかわからなくなった。
というか、そもそもこの猿に日本語はどこまで通じるのだろうか?
「土日のバイト以外だが、サークルはどこに入っている?」
「え、私サークルなんかに入ってませんよ」
……いよいよ始まったか。
(これはアレだな……なんだ……その……)
言語化できない。
まさに浅学非才の身。
天笠花も琴葉も初めて見る生き物だ。
スマホを置いたユキが戻ってきた。
早く本題の込み入った話をしろとの意思表示だろうが、凛太郎は混乱したままだった。
「確認だが、琴葉はユキから離れると生きられないらしいな」
「うん。でも一生じゃないよ」
その言葉に、二人は反応した。
「ほう――期間は?」
「刺された臓器が治れば……三年ぐらいかな? 一生治らなかったら一生一緒だけど……」
「え?」
それは琴葉からすれば思わぬ知らせだった。
「じゃあ、ユキちゃんと三年暮らせば、私は元通りに――」
「オレは八月にここを出る」
ピシャリと宣告する。
「……」
この男が、相手の気持ちを汲み取るとはもはや思っていない。
そんな田中リンに段々慣れてきた自分がイヤだった。
「ユキよ。三ヶ月で治せるか?」
「無理だよ。今種取ったら、琴葉さん死んじゃうよ」
ふむ、と喉を鳴らす。
「サブカル的な展開としてだ。一つだけ方法はある、と代案を持ってくるのがスジだろう?」
「無理だよ」
チッと舌打ち。女性陣は冷めた目で見るものの、凛太郎を含む全員がこのやりとりに慣れていた。
「琴葉よ。八月までに単位を全て取れ」
「え、無理です」
「…………」
これで琴葉を諦めようと言えば道徳を問われるのだろう?
それはあまりにも理不尽ではないのか?
腹いせに吸い殻を携帯灰皿に押し込んでイジめてやる。
「わかった……譲歩しよう。とにかく、八月から年内は本土に行く。その後年明け一月からは大学に通って良い」
「え……あの……私も行くんですか?」
「チッ……おい、ユキよ。何故こんな猿を助けた?」
ユキは難しい顔をしていた。
「でもリン。なんで八月なの?」
「……ふむ」
復讐をすると意気込む割に、ユキには焦りは見られない。
それはそれで気になる要素ではあるが、ここを踏み込めばヤブヘビだとも理解している。
「当初の予定ではもう本土に移動しているつもりだった。巫女の詮索や資金面など、色々手間取ったのが現状だ」
琴葉がこうなった以上、ある程度の情報は伝えている。
凛太郎としても、巫女の捜索に一役買ってくれればとの期待は少しは含んでもいた。
「巫女はこの島に居る。必ずオレとユキで見つけ出す。期限は八月中旬まで。これは必達だ」
ユキは頷く。
「同時に資金が必要だ。ユキよ。これからは稼ぐぞ。我々は労働時間を増やして給与を得る体制はできない。高単価商品を売りつけろ。いいな。もちろん協力は惜しまない」
もう一度ユキは頷く。
「あ、じゃあ私もこれからは――」
「おい、勝手に喋るな。琴葉よ。まずは大学だ。一つでも多くの単位を取れ」
「……はい」
せっかく本土に行くんだ。
琴葉としても何らかのメリットを享受するべきだろう。
同時に、向こうで生活する際に琴葉が四六時中一緒に居ても目障りだ。
双方の利益のためにも、こいつのインターンシップ先まで面倒見ることになりそうだな……。
(チッ……くだらん仕事が増える……)
出来れば寮があるところに押し付けたいが、文系となるとそんな企業もほとんど期待出来ない。
そもそも、大企業への就職の道が閉ざされたら、寮付きというのも難しいかもしれない。
(頭が痛くなってきた……)
凛太郎は次のタバコに火を付けた。
「ユキよ。天笠花の力でこう……琴葉の単位を取れるようなアイディアなどないか?」
「あの……琴葉さん。なんで単位取ってないんですか?」
「あ、ごめんねユキちゃん。今のが一番傷ついた」
なるほど、と頷く。
「欠損した部位を修復できるのが天笠花の種だったな。琴葉の脳に種を入れたら、修復するのか?」
「リンってそういうひどいこと、よく言えるよね」
「ひどいのはコイツのGPAだろ」
「…………」
ニコーーー、と、もはや感情の入っていない愛想笑いしかできない。
「あの……リンさんに心とかないんですか?」
「琴葉は単位あるのか?」
「…………」
(うーん、相思相愛だねえ)
妹は持ってきたせんべいを開けると、くだらないやりとりを眺めながらおやつを食べた。




