第二十八話:魔と語り部
「小説家さんは、結構儲かるんですか?」
「個人差が大きいですよ。だからこそ、次回作で良い物を作りたくて、ここに足を運んだんです」
作家、田中リン。
ここではそういう事になっていた。
年季の入った白い貨物車の助手席に乗り、山道を上がっていく。
舗装が途切れたあたりから道が細くなり、木の枝が窓を掠める音が続いた。
運転するのは街の語り部の孫らしいが、白髪で支配された40代か50代の見た目だ。
「リンお兄ちゃん、タバコ消してー。おじさんも」
「フフッ、ククク」
後部座席から副流煙を直で食らう妹は尤もな不満を垂れる。
(天笠花は副流煙に弱いのか?)
そんなわけがあるわけないだろう。
ただ、ミラー越しに見える長髪の妹役がどんどん妹になっているのがおかしかった。
運転手はペコペコと頭を下げると、急いで吸うペースを早める。
こういった配慮の無さ、もといやりたい放題というのが田舎の良いところとも言えるだろう。
「場末の神社というのは面白いですね。集落も高齢化ということでしょうか?」
「いやぁー……それもあるんだけど、今から行く神社はちょっと特殊なんだよ」
(――特殊?)
凛太郎の興味が注がれた。
「悪魔崇拝……ってのとはちょっと違うんだが、悪魔を祀ってるらしい」
「ほう……!」
凛太郎に対し、少女の方は鋭い目付きになった。
「浅学非才で申し訳ない。寺と神社の違いすらあまりわからないんだ。これは、神を祀るか否かの違いでいいのか?」
男性は首を横に振った。
「神社は神道。寺は仏教。別の宗教だよ」
ほう、と喉を鳴らす。
「ただ、神道と仏教は混ざりあった歴史もあるから、ややこしいんだ」
そうらしい。
仏教だけでも、浄土宗、浄土真宗、禅宗、真言宗、天台宗、日蓮宗など、派生があり、その全てを完璧に理解するとなると膨大な時間を費やされる。
ここまでは予習した知識でカバー出来た内容だった。
「田中君。神社は面白いんだよ。饅頭の祖を祀る神社もあれば、河童を祀る神社もある。果てはパソコンの神様を祀る神社なんてものあるんだよ」
「ほう、パソコン? おやおやおや、それはそれはユニークですね」
「へー。じゃあワタシも何か祀りたい!」
「白銀神社は鎮守だね」
「ちんじゅ?」
別世界の悪魔を、向こうの世界に繋ぎ止めるための鎮守らしい。
◇
「こんにちは。可愛いお客さんだねえ」
90歳は越えているだろう。
腰は曲がりに曲がり、シワで覆われた表情もせめてもの笑顔を見せてくれる相手にこちらも頭を下げる。
「本日はよろしくお願いします」
「お願いしますー」
深々と頭を下げると、釣られてユキもそれに倣う。
ここまで送ってくれた男性は車内で待つらしく、三人で茂みに入って行った。
「ここもねえ。昔はもっと歩きやすかったんだよ」
ぶつくさ言う老婆の後ろをゆっくりと二人は付いていく。
やがて木々が開けたと思えば、そこには寂れた文字で鳥居に刻まれたタイトル。
足元には苔が広がり、踏み込むたびに湿った土の音がした。
『白銀神社』
「きっと当時は立派な社だったんでしょうね」
「やしろだー!」
無言を嫌っての相槌に、老婆は頷いた。
「ここは昔から、ちっぽけな神社だよ。ああ、ついに天井も落ちたか……」
言うまでもないが、初日の焚き火は痕跡が残らないように片付けてある。
それ以外はそのまま放置しているが、凛太郎はこの老婆が何の変化があったか観察したかった。
「悪魔崇拝と聞きましたが、なんの悪魔を祀っているんですか?」
「貞治か。あいつ、また適当なこと言って……」
老婆の杖が、神社の看板に向く。
「この世界を白銀に染めるほどの悪魔が現れないように、ここの神様にお願いしている」
(ほうほうほうほうほう)
なるほどなるほど。
そういう事ならある程度の道筋は理解できる。
三人は参拝をする。
鐘も無ければ手水もない。
ただ、神棚に向け手を合わせるのみだ。
「せっかくなんで掃除でもしようか?」
「いいよ。どうせ誰も来ない」
老婆は祭壇に向かっていく。
階段をゆっくり上がる時、ユキは後ろから、落ちないようにと小走りで待機する。
扉を開ける。
ユキが初めに現れたと思われる場所。
「……」
凛太郎は携帯を取り出すと、ボイスメモを起動させ胸ポケットにしまった。
祭壇の壁には大きな文字が書かれている。
『宿執至極の者、其の本懐を遂げし時、死出の寂光に照らされん』
ふんふんと頷いて見る。
当然、何も変わらない様子だ。
「これなんて読むのー」
老婆は小さく頷いた。
「しゅくしゅうしごくのもの、そのほんかいをとげしとき、しでのじゃっこうにてらされん」
「ほう……」
音を聞いて頷いてみせる。
(で、どういう意味だ?)
人は誰かに何かを語る時、優越感に浸る。
承認欲求の最も安価な充足だ。
語り部と呼ばれている以上、こちらが関心を見せれば勝手に喋るだろう。
「こういった昔の表現ってワクワクしますね。どういう意味でしょうか?」
老婆は口を開け――閉じた。
そして、もう一度、開いた。
「深い執念を持つ者が、その本懐(成し遂げたいこと)を果たした時、死出の旅路で浄土の光に照らされる」
(ふむ……)
考えるが、あまり頭に入ってこない。
「ようするに。強い怨念や執念を持ったまま死んだ者は、その目的を達成して初めて成仏できるってわけさ」
老婆がこちらの名を呼ぶ。
「この掛け軸、少し外してくれ」
「はい」
平均身長が低かった時代に建てられたのだろう。
日本の古い家屋というのはどれも天井が低く、凛太郎の身長でも簡単に天井に届くほどの圧迫された作りである。
草ぐらいは刈らないとねえ、と呑気に微笑んで見せた。
「邪がこの世界に入らないように、白銀の鏡が守ってくれているんだよ」
そう言って、外された掛け軸の後ろにあった鏡は、
「――あ」
割れていた。
ホワイトボードぐらいの横長なサイズの鏡は、
誰かが割ったのか、破片がむき出しになってコチラ側に刃が向けられていた。
「これは……!」
中央を何度かハンマーで殴りつけたような、そんな様子だった。
よく見ると、亀裂の中心点は三箇所あった。
「……ナニか、魔が入ったかもねえ」
魔。
世界を白銀へと変えるほどの魔が、この世界に入ってきた。
(邪だったり、魔だったり、主語は安定しないな。別物か……?)
まあそれは些事だろう。
本命はコチラだ。
亀裂の箇所は、三つ。
"三つ"だ。
「……………………」
――ぼちぼちこの島を出るつもりだった。
充分に探した。
自分の入れ物はなく、巫女を探す労力もかなりの時間を割いた。
同時に、自分の過去へと足を伸ばす準備も順調で、そのつもりだったが――
(チッ……)
これは無視できない。
「おお……おお……これは……」
嘆く老婆に、凛太郎は既に興味を失っていた。
理解をした。
天笠花と同等の災厄が、この世界に舞い降りたと。
(それが、あの巫女――3人目か)
「……」
長髪の少女は、全く別のことを考えていた。
この伝承の通り、世界を更地にする悪魔が舞い降りたとして、その一人が自分。
そして同様の危険が考えられる巫女の存在はやはり注視するもの。
そこまでは理解できるが、ここで生まれる疑惑。
(――リンは一体、何者なの?)
横目で表情を伺うが、兄はただ巫女の所在を考えるだけだった。




