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出来損ないの妹よ、オレについて来い  作者: 河島アドミ


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第二十六話:実は酒好き

テーブルの上に並べられた女の写真を眺める。

数は多くないのですぐ終える。


六枚ほどで、最後の女性を眺めた時、男はふう、とため息を吐いた。



「風俗の写真指名というのはこういう形式か?」

「ふざけてんならぶっ飛ばすぞ」


おどけて見せるが、金髪は不機嫌そうだった。

軽口を叩いてやった、という気遣いが通じないようなので、こちらもそのつもりで挑む。



「――それはオレの台詞だ」


目元が鋭くなるのを感じた。

久しぶりに、感情の制御が効かない。


態度でも示すように、用意された写真を雑にテーブルに撒いた。

杏子(きょうこ)は目線だけで写真を追い、表情を変えなかった。



「決裂だな。オレが探している女がいない」

当然、対する金髪はその程度で威圧される相手ではない。



「あたしの要求を飲まないために、リンがウソついてるんだろ?」

「逆だろう? オレのターゲットを合わさないように隠しているんだろ?」


双方苛立ちが隠せない中、やがて折り合いをつけるように凛太郎(りんたろう)はため息を吐いた。



「チッ……連続出勤記録が途絶えたかと思えば、成果もなしか」


タバコを取り出す。

今の時代、室内で喫煙しながら対談できる環境だけで、有り難いものではある。



「調査依頼したフェリーの方は?」

「地元民以外で、そもそも若い女はここ数年乗ってねーってさ」

「……」


返事をせず、凛太郎の思考は巡る。



「こっちはちゃんと用意したんだ。最低限の情報は……」

「ああ――ちょっと待て。付き合ってやるから、一服だけさせろ」

「……ふん」


ヤニで黄色に変色する冷蔵庫を眺めながら、凛太郎はここまでの情報を整理する。




まあ整理もなにも無い。

一点だ。


『巫女がいない』


で、それは有り得るのか?


「……」

3人目だった場合、我々同様に資金がないとなる。


既に島外に出た可能性ももちろんあるが、その際にフェリー代は必要になる。


凛太郎とユキは運良く『大三元』で働けたが、巫女の場合はどうだろうか?



「杏子。この島で売春をするスポットはあるのか?」

「写真見てムラムラしてきたのか?」

「答えろ」

ふん、と鼻を鳴らすと、杏子もタバコに火を付けた。


「そんな場所、あると思うか?」


うんうん、と頷く。

やはりそれは想定通りだ。


だが、男さえ捕まえれば、家に匿ってもらうのは出来るはずだ。

少なくとも男の凛太郎や子供のユキよりは難易度は低いはず。



そもそも、我々の身体に持ち主が存在しないように、

逆説的に杏子の情報に照合されないというのは3人目の信憑性を増す情報とも言える。



凛太郎自身、初期装備としてライターを保持していたように、巫女が初めからある程度の紙幣を持っている可能性も考えられる。



――となれば、次に抑えるべきはフェリー乗り場の人間の誰かだろう。

こちらが出口を抑えれば、巫女が島内に居るのが確定する。



逆に巫女が先回りしていたとして……前職の関係者やカタリとやらの可能性は著しく低い。


であれば、別にこちらが探りを入れている意図がバレても何ら問題はない。




煙が天井に跳ね返り、薄く消えていく。


(なるほどな……)



厄介な点としては、もしもあの長髪を切られてショートカットにでもされれば外見的な特徴での追跡はかなり難しくなる。



だが、地元民以外で、と言い切れるほどのコミュニティの狭さだ。

それに関しては信憑性はある程度担保される。


この島の出入り口はフェリー乗り場だけと考えれば、結論は出た。


――巫女はまだこの島に居る。



「よし。まあディスカウントにも受けてくれたんだ。オレと杏子の仲だ。ある程度の情報を出そう」

「なあ、なんでリンはそんな偉そうなんだ?」

「グラスを2つ用意しろ」


凛太郎は手提げ袋から、目的の一つであったウイスキーと氷を取り出した。



「あ? 昼から飲むのかよ」

「オレは浅学非才の身。こんなところで談笑している暇はない――が、連続勤務の上限に達したら飲むと決めている」


言うまでもなく、この身体で飲むのは初めてだが。



「杏子としても情報を得るなら酔っぱらいの方がお喋りで都合がいいだろう。付き合え」

「へっ」



グラスにウイスキーを入れると、杏子は黄ばんだ冷蔵庫から炭酸水を取り出した。

炭酸水で割る杏子に対し、凛太郎はそれを拒否する。


「ロックかよ」

「飲み方ぐらい好きにさせろ」


今から飲めると思えば、少しだけ顔が綻んだ。



「ブッシュミルズだ。フルーティな味で、女性も楽しめると思うぞ?」

律儀にコップの中にかき混ぜるマドラーが突っ込まれる。

こんな小道具を持っているとなると、それだけで酒好きなのがわかる。



「何連勤だったんだ?」

「50」

「……マジかよ」

「フフッ。とは言え、過酷ではない。平日はディナーもない。早朝の掃除から含めても8時間も働いていない」

「土日は?」

「17時間」

「……」

半信半疑だったが、田中リンを名乗る男の性格からして、真実味を感じた。



「社会人ってみんなこうなのかよ」

「少なくとも研究職や立ち上げ当初の社長業などに比べれば少ない方だろうな」

「マジかよ……」



グラスを傾けると、身体の中に熱が通る。

ああ、今、自分はようやくこの時にたどり着けたのだと、褒美(ほうび)に歓喜するのが五臓六腑(ごぞうろっぷ)に染み渡る。



「じゃあ今度こそあたしの番だな」

彼女の目は緩むことを知らない。


どうぞ、と手で促すと、杏子は切り出した。



「リンが言っていた、六本木のシーシャバー三日月のオーナー。こいつを調べた」

「武田か?」

「……ああ」



凛太郎の解像度の高さに、思わず眼光が鋭くなった。


「実際、そこはビンゴだった。だけどこいつはホストからのソープへの斡旋事業者だった」

「――浅い」



世の中を知らない、見た目だけの金髪アウトローに凛太郎は微笑んだ。


「海外斡旋ルートと、企業斡旋ルートがある。こっちが本命だ。そこに出入りしている西野という男に探りを入れろ」

「……」


杏子は空になった凛太郎のグラスにウイスキーを注いだ。

気が利く女ではあるが、もっと喋ろという意思表示だろう。



「なあ、どういう風の吹き回しだ?」

「ん?」


「前回は盗聴を気にして外まで引っ張ったってのに、なんで今回は話してくれるんだ? 急にあたしを信用した根拠はなんだ?」

「おやおやおや、前回も口にしたが、どうも杏子を過大評価しすぎたらしい」



ウイスキーを一気に飲み干すと、空になったグラスを杏子に向ける。


酒というのは、女にお酌されるだけで上手くなるという科学的なエビデンスもあるのだが、それを語るのはまた今度にしよう。



「杏子が欲しがる程度の"一般常識"は、我々の世界で情報とは言わない」

「……」

下に見られた杏子は自分のグラスを飲み干すと、おかわりを注いだ。



「海外斡旋は……なんとなくイメージが湧くが、企業斡旋ってなんだ? 就活じゃねーだろ?」

「ふむ」


初めて凛太郎は返答に黙り、グラスを呷った。



「海外に送られた女は悲惨だぞ……? とんでもない悪党の元に送られているのだからな。何をやらされているのやら……若い女となれば、想像は難しくない。捜索もかなり難航するだろう」


思わせぶりな笑みを見せるが、杏子の目は鋭いままだ。



「だが――逆に言えば、突き止めさえすれば金で解決はできる」

「……あ?」


わからないか、と問う。


「夜職か人身売買か美人局か。どれも温いと言えば怒られるが、金で解決できる世界だ」


銀やすりが回る。


「言うまでもないがオレは杏子を気に入っている」

「そりゃ初耳だ」

「茶化すな。だから――」


カラン、と氷が鳴った。


「"よく言われる"アンダーグラウンドの世界までで止まれ。そこまでの情報なら協力してやろう」


もし、その先に踏み込めば、どうなるか?


グラスを置いた凛太郎の目は、笑っていなかった。

身をもって命を奪われた日之影(ひのかげ)凛太郎が言える、彼なりの気遣いだった。

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