第二十四話:道徳よりも復讐
「なるほどな」
ユキからの緊急を要請する散歩。
自室ではなく"散歩"に琴葉を交えた理由がわかった。
木々の間を抜ける海風が、葉を揺らしながら通り過ぎていく。
虫の音と波の音が重なり、この距離では会話が漏れる心配はない。
凛太郎の口元から煙が上がると、ふむふむと何度も頷く。
やがて琴葉を視界に捉えた。
「やはり琴葉はモテるらしいな」
「あの、今それ一番どうでもいい話ですよね……!」
「彼氏さん?」
「いえ、その……ちょっと、迫られていて……」
「まあ、ある程度の事情は把握した」
さて……といつもと変わらぬ動作でタバコに手を伸ばした。
初めて聞く天笠花の話でも、凛太郎の表情は変わらない。
五十メートルほど先の木の根元に、ビニール袋が置かれていた。
全員のスマートフォンを入れろという凛太郎の指示だ。
「オレと琴葉は他人だ。ユキも兄妹でもなんでもない。オレは何も聞いていない。いいか?」
「ダメに決まってるよね"リンお兄ちゃん"」
お兄ちゃんをいつも以上に強調される。
なるほど、と頷く。
当然この手は使えないか。
「あの……ユキちゃんと、リンさんは、何者なんですか?」
いつも以上におどおどする琴葉に、凛太郎は興味の無い流し目を向ける。
「オレが親身に説明したとして、理解できる国語力が備わっている様には思えないんだが」
「Fランいじりはやめてください!」
ユキはただ、じっと見守る。
「ユキ。話をまとめろ」
長髪の少女はコクリと頷いた。
「琴葉さんをなんとなく助けちゃった。へんな人食べちゃった。リン。どうしたらいい?」
琴葉はユキの顔を覗いた。
リンお兄ちゃんではなく、初めて耳にするリン呼びをするユキ。
それは冷徹で、琴葉の知る愛嬌のある妹の少女ではなく、ひどく無機質なものだった。
「ユキよ。推定身長130cm台・体重40kg未満と推定する子供が、成人男性一人を丸々食べるというのはあまりピンと来ないな。質量保存の法則はどうなっているんだ?」
「よくわからない」
ユキは、知らないユキだった。
だけど対話するリンは変わらない。
「――リンが琴葉さんも消せと言うなら従う」
消せと言うなら従う。
その言葉を二度頭で繰り返し、ようやく琴葉の頭の中で意味を理解した。
「え? ユキちゃん……?」
「ただ、あまり気乗りはしない。琴葉さんは好き」
ユキは続ける。
「だけど、リンお兄ちゃんが言うなら従う」
小さく、無機質な声で告げる宣告。
ユキに釣られてリンの表情を眺めるが、そちらは変わらずいつも通りの人を食った表情。
「琴葉を生かした場合、ユキの存在が知れ渡るリスクが増える。その場合、どういったリスクが想定できる?」
ユキは考える。
「カタリが逃げる」
「フッ」
自分の命が危なくなる、或いは都合が悪くなる、ではない。
標的が遠ざかるというのだから、天笠花の自信はかなりのものだ。
逆に言えば、前世でどう目の前の少女が殺されたのか、全く想像がつかない。
「何故琴葉は致命傷なのに生存している?」
「天笠の種を植えた」
「――あ、」
琴葉は尻もちをついた。
突然、足が言う事を聞かなくなった。
「え――あ、え……?」
「琴葉さんは、しばらくワタシの人形にできる」
「え……なに……これは……」
四肢の操作が、身体の持ち主である琴葉ではなく、ユキにあるのだろう。
その光景を見た凛太郎はふむ、と頷く。
「じゃあ琴葉の記憶を消せば話は終わりにならないか?」
「そんな都合の良い能力ないよ」
死者を生存させ、傀儡にできるのに記憶操作は無理だと。
よくわからない相場だ。
凛太郎は考える。
全く予想しない出来事に、露見された天笠花の能力の開示。
まずは事件現場も確認しなくてはならない。
目撃者がいるかいないか、万が一撮影された場合はどうするか、軽々な判断はできない。
「琴葉を厄介に感じるシチュエーションは限りなく少ない」
例えば、と口にする。
「承認欲求に負け、インプレッション稼ぎをする。ライブ配信でユキを包丁で刺すが生存し、ビックリ人間だとデジタルタトゥーに刻まれる可能性はあるが……」
「あの、それって私が一番化物じゃないですか」
そうだな、と頷く。
凛太郎からすれば、あまりこの件は興味がなかった。
「琴葉に興味はない。我々が大三元を出れば、話は終わりだろ?」
ユキは首を横に振る。
「琴葉さんは、ワタシから離れると生きていけない」
ん? と首を傾げる。
「天笠花の加護が届かないと、琴葉さんは死ぬ」
「え……」
初めて告げられる情報に対し、リアクションに天地の差があるのは当事者か否かだけではないだろう。
凛太郎はふむ……と考える。
「知っているぞ。オレも流石に学習した。ここで琴葉の生死はどうでもいいと言えば、二人は徒党を組みオレに道徳を問うのだろう」
「――そうでもない」
冗談半分でせせら笑ったが、それは長髪の少女が一蹴した。
「ワタシはリンが欲しい。リンの言うことは全部従う」
「ぃ――」
琴葉は地面に伏せられた。
地面に倒れるようにうつ伏せにさせられ、まるで身体の上に大男がのしかかったかのような、物凄い重力を感じて動けない。
「……」
少女の瞳は、無機質な復讐者だった。
「ただ、出来れば琴葉さんを殺したくない。琴葉さんは好き。だけどもしも消すなら、人目がないここが都合良い」
開いていた琴葉の口が強制的に閉ざされる。
「さっきの男と二人失踪したなら、犯人に疑われない。何より、琴葉はもともと死んでいた。ワタシが殺したわけじゃない」
「ぃ……が……」
地面に這いつくばる琴葉を虫のように眺め、正面の兄へ問う。
「答えて、リン」
天笠花は、問う。
「――リン。どうしたら良い?」




