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出来損ないの妹よ、オレについて来い  作者: 河島アドミ


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第二十三話:日常の終焉

この日、凄惨な事件が起きた。


山道入口にある中華料理屋大三元。

そこに続く一本道は、人通りもなく、車しか走らない。


唯一そこを歩行する人はと言えば、その大三元に住む身内の人間だけである。



「もうちょっとだから頑張ってね」

「うん。今日はワタシがリンお兄ちゃんにカレー作る。琴葉(ことは)さんも手伝ってね」

「もちろんだよ」


買い物袋をぶら下げて歩く女の姉妹に見える。


ビニール袋を片方ずつで持ち合う微笑ましい二人の前に、突如森の中から一人の男が姿を現した。



年齢は二十代前半か。

色落ちしたスウェットに、首元まで刺青がどういう種類の人物かを表す。


男の目は充血していた。


「――なんで無視するんだよ、稲村(いなむら)

琴葉はその顔を一瞬見ると、何も答えず顔を下に伏せた。



「誰?」

「稲村……おい稲村! 聞こえてるんだろ!」


(うつむ)きながら、小声で、

(ユキちゃん、行こう)


買い物袋を琴葉は自分で握ると、そのまま男性の脇を通り抜けようとした時、



――視界に銀色に光る人工物が一瞬だけ映った。

「……ッ!?」


包丁だ、と認識した時には遅かった。


「あ……ッ!」

琴葉が驚いて顔を上げた時には、


「いなむらあああああああああああ!!!」

その時、全てが終わった。



「――あ」

(ほお)を切られた。

ビニールの中身が地面をバウンドすると、次の瞬間、体重をかけられて地面に押し倒される。


アスファルトの冷たさが背中に広がると、男は馬乗りになって次は肩を突き刺した。


「お前が! お前が! お前が!!!」


何度も何度も突き刺す。



よくわからない興奮状態。

それでも琴葉は悲鳴をあげず、男と視線を交えずにいた。


「ぅ……!」


一方的に傷つけられている最中さなか、琴葉は首だけをギギギ、と小さな少女に向ける。



「逃げて……」

息を吸い込んで、


「ユキちゃん、逃げて!」


「ふん!!!」

「あ……」


脇腹を刺した。

それでも、琴葉は悲鳴を殺して、決して男と視線を合わせなかった。


唇から流れた血は、彼女が自分で噛みちぎったことを男は知らない。



二度、三度、刺す。

買い物袋が道に転がり、中身が散らばっていた。


もう決して助からない。



少し気が済んだのか、やがて男は見る。

彼女が守りたかった――小さな少女を。



「や……て……」

その声を、初めて自分に向けられた声を聞いて、男は微笑んだ。


同時に――駆けた。


もう声も出ないはずだった。


それでも、最期の力を振り絞る。

「やめて!!!」



長髪の少女はと言うと、ただぼーーっと目の前の惨劇を眺めていた。

現実感がなかったのかもしれない。


それでも、現実は非情で、



「おっらああああああああ!!!」

「あ――」


少女の細い喉を、刃物が抉った。



「ん?」

喉を切られて、初めて少女は声を漏らした。


「あああああ! ワタシのマフラーが!?」

この時――興奮状態で男はわからなかった。


赤いマフラー越しに刺された人の喉が、強固な植物ぐらい硬いことを。



「この……!」

次に男が刃物を振り上げた、その時、




――男の上半身は、消えていた。




音もなく。悲鳴もなく。

空間ごと抉り取られたように、そこだけが消滅した。



「あ、ヤバ。食べちゃった……」

「……?」


琴葉は、自分が何を見ているのかわからなかった。


襲ってきた男だったものの下半身だけがゆっくりと倒れ、バケツを倒したような鮮血(せんけつ)が広がる。


山道に静寂が戻った時、全てが終わっていた。



(ぁ――)

琴葉は、最期に思った。


もう自分は助からない。

だが、守りたいと思った少女は……化物だったのか。



それでも、それでも彼女が生きていてくれているだけで、琴葉としては幸せで――。



「もう起きれると思うよ琴葉さん」

「……え?」


そう言われると、本当に上半身を起こすことができた。


それどころか、肩も腹部も、痛みはない。

出血多量で搬送前に死ぬと思った箇所も、キレイに塞がっていた。


「……」

さっきまで刺されていた肩に手を当てる。

痛みはない。


服に穴はあいているのに、その下の皮膚は滑らかだった。

血が止まるどころか、皮膚もくっついていた。



「……え?」

その元凶であろう少女を眺めるが、少女は難しそうな顔をしていた。



「どうしよう……」

倒れていたビニール袋を集めると、ティッシュで拭き始めた。


血痕が(おびただ)しく付着したジーンズに少女は手を伸ばした。


「掃除だけはしないと……」


そう言うと、音もなく男の痕跡(こんせき)がこの世界から完全に消えた。



「え――?」

自分は今、何を見ているのだろう?


「ごめんね琴葉さん。日が暮れるまでそこの茂みに隠れていてほしい」

ユキはスマホを広げると、端末に入力していく。


「リンお兄ちゃんに着替え持ってきてもらうね」


それはそうだろう。

きっとこんな血まみれな姿を誰かに見られれば大事になる。


それはそうだろうが……そんな些細なことより、



「ユキちゃんは――ナニ?」

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