第二十一話:残酷な真実
合コンの要望を受けてからなるべく顔を合わせないように振る舞っていたが、ついに捕まってしまった。
「琴葉よ。何か困りごとはないか?」
なんだこの下手くそなアイスブレイクは。
心の中でツッコミを入れた。
バッタリ玄関で会ってしまったため、急いでいるのを装いながら、作り笑顔で距離を取った。
「何か力になれることがあれば、なるべく早めに申し付けてくれ」
うんうんうん、と頷きながらハイヒールに足を通す。
田中リンは口達者な相手だ。
元々口論や答弁は苦手だが、仮に得意だったとしてもこの男性はそう上手くいなせないと思う。
「もうそろそろオレ達もここを出る予定だ」
「――え?」
思わず作り笑顔の仮面が外れた。
しまったと思ったが、田中リンの表情に変化はないことから駆け引きではないのも伺えた。
「出来れば居候中に合コンを組んでもらえると助かるが、まあ琴葉も面子があるのだろう。最終的な判断は任せる」
一方的に告げると、背を向けた。
「ちょ……ちょっと待ってください」
田中リンは振り返る。
琴葉の顔を見て、次の言葉が続かないのを確認すると推測を始めた。
「ふむ。あとは天井の掃除ぐらいか?」
「なんですかそれは」
そもそも天井というのは掃除するものなのだろうか?
「あの……え? 出て行く……んですか……?」
「……」
ああ、と合点が行った田中リンは頷くと、
胸ポケットからラッキーストライクの箱を取り出し中身を確認した。
「少し、話せるか?」
◇
綺麗になった裏庭は未だに慣れない。
前回からさらに変わっており、足元にはスノコがあり、灰皿も業務用で購入されているような、赤色の四角い箱に変わっていた。
今からタバコを吸うリンは、いつも以上に距離を取ると口元から銀鼠が浮かび上がった。
「……話、ってなんでしょうか?」
一向に始まらないリンに問うが、ふむ、と適当な相槌を打ちながら虚空を眺めていた。
「しばし待ってくれ。今、オレは言葉を探している」
「言葉……?」
コクリ、と頷くとそのまま空を眺めた。
「あまり単刀直入に口走るのは得意ではないんだ」
今のはもしかして笑うところなのだろうか?
それともツッコミが欲しいか?
彼は合コン作れだの人のメイド姿にはしたないだの言う男だ。
果ては垂れ目の女はダメだと本人に向かって容姿を口走る男だ。
少なくとも稲村琴葉の人生で彼ほど自分の欲求をストレートに伝える人物を見たことがない。
「ふむ……」
結局一本目のタバコを吸い終わり、二本目のタバコに火を付けても未だ会話は切り出されない。
この男に限って告白や色恋など有りえないが、
いや……しかし合コンを開けというぐらいだ。もう田中リンの全てがわからなくなってきた。
「店主に言われたんだ。ここで長期間働かないか、とな」
はあ、と頷く。
田中リンは、琴葉にとって人として少し苦手な相手ではあったが、彼の働きぶりを見て邪険にするオーナーはいないだろう。
実際、稲村家としても療養中の母の代わりに店を開けられているのは間違いなく彼らのおかげだ。
「そして店主は、琴葉が家を出たいと思っているらしい」
「――……ッ」
視線を合わせないまま、リンは続ける。
「夜な夜な聞こえてくる英語のリスニング動画だろう。うちの愚妹もそうだが、なぜ女はイヤホンをしないのか……」
「……ッ」
琴葉の顔が強張った。
確かに、少し配慮が足りなかったかもしれない。
父はがさつに見えて、それでいて確かに父であり細かい気付きには鋭い。
「大方、娘が安心して外に行けるようにオレ達が働いてくれればと、親心があるのだろう。泣かせる話だと思わないか?」
「そうかもしれません。ただ、真面目に取り組むリンさんは誰でも必要です」
フッ、と彼は鼻で笑った。
当事者が自分をさも三人称のように話せる図太さがリンには面白かった。
「海外か?」
「……はい」
その質問に吐露すると、自分の中のダムが決壊するような、そんな熱が滾った。
「だから、あまりここでもリンさんとも仲良くなりたくなかったんです」
初めて、人に感情をぶつけた。
「リンさんと、ユキちゃんも、仲良くなったら別れが――」
「I'm not interested in your sensibilities」
(お前の感性に興味はない)
「え……」
「First of all, how well can you speak English?」
(まず、どれくらい英語喋れる?)
「あ……!」
目を大きく見開いた。
間違いない。
琴葉には、それが理解できた。
今のは……!
「英語……!」
「……………………」
何かを、察した。
田中リンの悲しそうな表情を初めて見た。
「ふむ……」
リンは言葉を続けた。
「I only use middle school level grammar. Try saying something」
(オレは中学レベルの文法しか使わない。何か喋ってみろ)
「……ッ!」
うんうんと琴葉は頷く。
「知っています。今のは……!」
ぎゅううううぅ、と小さな拳を握った。
「英語……!」
「……………………」
悲しそうな表情を浮かべた凛太郎。
それはどこか、苦しそうだった。
「情が移らないように、という配慮は同意できる。オレもそうだ。だが、職場で毎日共にする店主に対し、仲間意識が芽生えつつある」
父をそういう形で評価する人は初めてだった。
この時、どういう感情か琴葉自身わからなかったが、少なくともその瞬間は嬉しく思ったのは確かだ。
「店主を騙し、大学に通うとウソを吐き……まあいい。稲村家の家庭内にオレが首を突っ込むのは野暮というものだ」
「え?」
何を言っているのかわからなかった。
騙す? 父を? 私が?
何故??
「店主は、自分の最愛の娘が大学に行っていると信じていた」
「え? あの、リンさん。私、普通に大学に通っていて、この前来たじゃないですか……」
「聞け。琴葉よ」
回れ右をするように、正面を向いた。
余命宣告をするような、悲しそうな表情で、タバコの煙が二人の間をゆっくりと流れた。
「Fランは大学ではない」
「……………………………………………………」
身体が白く干からびていく感覚があった。
ランクから外れた、ボーダーフリー。
いわゆるFランと揶揄されるソレは、名前を書けば誰でも入学できると言われるランク外。
「東大や京大以外は大学じゃないと言う人も居る。阪大や早稲田までか? MARCHまでか? 日東駒までか? 学歴論争をするつもりじゃない」
悲しそうな表情で、追撃を緩めない。
ここで何か言わなければいけない。
本能的に、細胞が叫んだ。
「リン……さん。あのですね、リンさんは私と同世代ですよね。あの、私はちゃんと一般入試で大学に合格して――」
「琴葉よ。受け止めろ。ボーダーフリーは大学じゃないんだ」
「……」
なんでこの男は、そんなひどい事を言えるのだろう?
「あの、なんで私いきなり言葉でレイプされてるんですか?」
「レイプされる暇があったら少しは勉強してはどうだ?」
「……」
なんでこの男は、道徳をわからないのだろう?
「私、リンさんが苦手です……」
はっきりと、勇気を出して人生で初めて拒絶のサインを送ったのに、
「国語と算数と英語も苦手ではないのか?」
私は今、初めて人を殴ろうかと葛藤しています――!




